097 【恐怖の日常】
長年に渡り、住所を転々としてきた。
そんなある日。
それは七年前のこと。
分身の身にある変化が起きたのだ。
「分身の身体が縮み出したのだ。ワシは術の効果が弱まったのだと解釈をした」
「なるほどね……」
「その間も戦いは続くのだが、一年も過ぎた頃、今の大きさにとどまった。ワシは幻術に近いものでコマを眠らせてきた。完全には眠っておらぬ」
「そうして内なる魔物を鎮めてきたのですね?」
幻術をもって敵ではないことを諭しつつ、手懐けてきたのか。
コマさんはトランス状態となったのだな。
弥彦は軽くうなずく。
「だがサスケと呼ぶうちは目覚めようとするので。駒次郎と呼ぶことにした」
「その名の由来は、あたなが言った真のコマジロウさんから付けたんですか?」
弥彦は肯いた。
「伊賀のサスケに会った折り、サスケが葵の紋の主君に仕えているのを聞いたのだ。コマジロウ殿はその方に仕えるお侍の名だ」
「伊賀のサスケの主はどのような方かご存知なのですか?」
「伊賀のサスケの主の名は、ミツクニ様という。ただ詳しくは知らないのだ」
ミツクニ……まさか、水戸光圀のことなのだろうか。
あの方が旅をして歩くのはドラマの中のことだ。
全国を屈強の家臣を引き連れて漫遊しながら、行く先々で勧善懲悪する。
そんな史実は存在しない。
ミツクニとコマジロウの話はあくまでも伊賀のサスケが語ったことだ。
そのとき、こぼれ話のように聞かされただけで。
それ以来一度も会うことはなかったから詳細は知らないのだと。
「それからコマを制御しつつ、このカミセ界隈へ流れてきたのだ」
「それじゃ、長屋に一緒に住んでいる母親はどなたですか?」
「その者は旅の途中で知り合った伊賀者でやはり抜け忍だ」
「事情を共有して、コマさんを別人格の子供として見張っているとかですか?」
「お! 察しがいいの、だいたいそんなところだ」
ではこの時代にいる駒次郎は架空の人物ということになるな。
架空の人物というより、弥彦の影分身が形状を変えた産物という結論になるが。
弥彦が恐怖の日常を過ごして来た原因の、分身の中に蠢く意思ある者については何もつかめていないのか。
これは全くもって不可思議な現象だ。
だが分身の術が暴走をした原因がどこかにあるはずだろうが弥彦には不明。
だから苦闘の日々からの脱却を天に、神に、祈る他はなかったのだな。
そこへもって、俺がインしたから今この状況に至ったと言う訳か。
ということは、九年後の駒次郎が健在なのは俺が体験済みだ。
しかも体は今よりも成長していて十六歳相応になっていた。
さらに凶暴な面を持ち合わせていて「流しゴマ素麺」を体得済みだった。
「彼は、2発も連発していたことからさらに強くなっていると考えます」
「なるほどの。九年後も健在でなおも屈強であるのか……」
そういうと弥彦は俺をじっと見つめる。
いやその気持ちは分かるのだけど、俺は三日でここを去る身だし。
このまま俺が成長していくわけではないから。
弥彦が大泣きして神様の遣いだとか願いが届いただとか、その件については俺も死にたくない一心で半分デマで半分本当だけど。
今さら全容を明かせるはずもない。
ネタバレは禁物だ。
このまま通していくしかない。
だがちょっと待てよ!
俺が三日後にコマさんから抜けたらまた弥彦には恐怖の日常が戻ることになる。
そして弥彦は戦いを余儀なくされる。
だから十六歳のコマさんはあんなに強くなったのか。
三日のうちに良い案が浮かばねば、弥彦が死ぬかもしれない。
いやむしろ弥彦が死すればこの分身も消えるのではないか。
そうなれば未来にコマさんは存在しない。
ツナセ街道のツナノセ神社から出て来ても俺はコマさんとは出会えない。
これは元よりの現象なのか、それとも──。
「弥彦さん、俺に分身の術を見せてもらえないですか?」
「な、なんだと。見てどうするのだ?」
「俺は術を見るだけで体得できるのです!」
「なんだって!? そんな馬鹿な話があるんか?」
「それがあるのです! さきほどの「流しゴマ素麵」も見ただけですから。馬鹿な話だと思われるでしょうが、女神さまの助力だと考えてください」
俺ももっと強く成りたい。
ここにとどまって居られる間に習得しておきたいのだ。
「おお! そうだったの。……しかし今は無理だ。その分身が消えなければ二体も同時には出せない。これまでにも試みたができなかったのだ。すまぬな」
なんだと!?
くっ、残念だ。
それ以上は無理なのか。
こいつを消さなければ出来たとしても術の発動が不完全なものになる。
完璧なものでなければ使い物にならないしな。
せっかく「女神エンジン」で技の完コピができると解ったのに。
このコマさんを消せれば分身の術が入手できるが未来のコマさんが、消えてしまう。
しかもその場合はタイムパラドックスによって様々に支障が出て、恐らく、さらにおかしなことになるに違いない。
俺の知る世界に戻れなければ過去に情報を入手しにきた甲斐がなくなってしまう。
そうなれば俺にとっても再び恐怖の日常がやって来てしまう。
なにかよい手立てはないものか。




