093 【実の名は】
良かった。
笑みで応えてくれて。
でも俺がこれから打ち明けることで弥彦も驚くのかな。
信じてくれるかわからないけど。
「薬箱を背負って『グン』として生きていますが、実の名は『サスケ』なのです」
「なんと! お前さん……も? サスケとな!」
「そして俺の記憶上の現在の歳は、十四になります。先程手渡した任命書なのですが、拾ったものではなく俺の荷物の中に紛れていたものでした。……ですが、それが自分の所持品か否か、その時点でも覚えがないのです」
「ふむふむ」
「十四のサスケの俺は、あの任命書を見つけたとき、ツナセの旅籠に泊まっていました。任命書の内容を見れば、自分のことなのかもしれないと思い、その任務を遂行しようとしたのです」
「ほほう。おのれが真実のサスケかも分からなくなっておったようじゃな……」
すこし弥彦の投げかけた質問から遠ざかってしまっているが。
聞き手になってくれている。
「そうして、あちらこちら情報を得るために飛び回りました。ツナセ街道の脇道から入れるツナノセ神社へ立ち寄った折に、なんとですね、同じ年の頃の『駒次郎』と名乗る忍者に出会ったのです」
「今度は駒次郎とな! それでどうなったのだ?」
「はじめはコマさんも世を忍ぶ仮の姿でした。それで任務内容にあった『綱隠れの里』の場所を尋ねたら鉱山の脇から伸びている山の奥、という話が聞けました」
「うん……どう考えてもあの辺には、その名の里もなければ集落自体もないのだが」
再び里の名と集落の存在には心当たりがないという弥彦。
それは一旦置いといてもらって。
「はい。それは任務内容にあった、『伝家の宝刀』というものにコマさんの目が眩んでしまい、その任命書になにかの細工があってそれを紐解けば、特別な力が手に入るという話の流れに行き着いたのです……」
それに執着しすぎる駒次郎がその力を自分に譲れと言い出した。
実質的に用心をしていたので相手に任命書を見せてはいない。
コマさんは任命書を見せろと、せがみ出した。
と伝えて。
「俺とコマさんは任命書を取り合う形になった。そのとき、神社の境内で不思議な声が聴こえました。その直後、コマさんの様子がおかしくなったのです」
俺は神社の不思議な現象をよその忍びの術による結界等ではないかと伝えた。
「俺はその隙に木陰に身を隠した。任命書は俺の記憶を辿れるかもしれない大事なもの。盗られたくなかった。でも彼は忍びの本性を表し、俺の気配を探知し居場所を特定した。彼は俺よりも何倍も上手でとても敵う相手ではなかった。つまり……俺はそこで殺されかけたのです」
「……お前さんを襲った相手が駒次郎と名乗る忍びだったのだな? お前さんがコマに執着する理由がそこに在る様だの」
俺は深刻な顔つきで頷いた。
あの時の脅威はいまでもまぶたの裏に焼き付いていたからだった。
「コマさんは別人のように豹変してしまい、何かに怯えているようでした。俺の顔もまともに見てくれずにまるで仇のように追い回された挙句、
『お前はだれだ? 何者だ!』と。それはもう病的に迫ってきました。首を絞められた俺はそこで意識を奪われたのです」
一部省略して。
すべて真実の物語だ。
俺の身に起こった衝撃的な史実なのだ。
だから『綱隠れの里』の所在地の確認は出来ずじまいだったと。
こちらも信じてもらえなければ、この先の話も無駄に終わると付け加えると。
「ワシは、おぬしの話をウソだとは一言もいうとらんよ」
「あ、ごめんなさい。……それで気づいたとき神社内にあった小さな祠の中へと意識が吸い込まれていくのを体感しました。そこに一人の女人が立っていて……」
「……それは夢を見ているような状態かの?」
おぼろげな意識のまま垣間見た状況を弥彦はそう表現する。
「ええ、まさにそんな感覚でした。
あなたは誰? 俺が問うと女人はこう言いました。
わたしは『太陽の女神』だ。
神々の世界からやってきた女神であると。
そして。──グンよお前は死んだ。だがわたしは死神が大嫌いだ。死神にいじわるをしてやりたいので、お前を生き返らせは出来ないが、『転生』を受けさせてやろう!」
おとぎ話のような体験を弥彦は黙って聞いてくれている。
そこで告げられた内容を続けて聞かせた。
ここで生き返えしても、また今の奴に消されるだけだ。
だから『輪廻転生』を体験させてやろう。
お前がもともと失っていた記憶には関与しない。
施してやるのは、『転生』だけだ。
生きていた時代から「年齢の半分」の7年前の時代を生きる子供の身にお前の魂だけを移してやろう。輪廻転生とは今の記憶を持ったまま別人になり、別の人生を生きること。
深く考えずに、そのように受け止めよ。
転生には代償として生きた寿命の半分が必要なのだと。
その説明を女神様から受けると辺りが暗転した。
気づくとすぐそこの、カミセ街道脇のお堂の前にポツンと立っていた──。
「──この駒次郎と呼ばれている、東の長屋暮らしの七つの男の子の姿で……」
「り、輪廻転生……。そのようなことでしか目の前の現実は説明できないのう。お前さんの体験は7年後の未来に起きた出来事……だというのだな……」
話を信じた前提でまとめると、こういうのだなと弥彦が同調してくれる。
「しかもです! 俺に手を掛けた駒次郎の幼少時代の、この子に移したということになります。多分ですが、女神様のご判断で襲った相手の幼少期に入れて置けば、すぐ殺される心配はない……」
弥彦はじっと俺の目を見据えてくる。
息を飲みながらも、割と前向きに飲み込んでくれるようだ。
真実と嘘が混じり合ってはいるが、俺だって瞬時にこんな作り話はできないよ。
でも生前は超常現象番組や霊界通信的なものも見ていたからな。
うまく繋げられたかな。
「ただ俺はそこで出会った駒次郎の周囲に幼馴染のお里と盤次郎の二人がいることを知っていました。バンさんにはその旅籠で会ったことがあり、お里は親父さんの作った借金の形に取られ、遊郭に売られていました。幼馴染のコマさんは金の工面で悩んでいましたから、俺の任務報酬の百両に目が眩んだのでしょう」
今でも、あちこちで神隠しなんて呼ばれる事件が起きています。
俺はまさに神隠しに遭って来たようなものです。
そう促すと弥彦は益々、「なるほどの…」「神隠しとはの…」と。
どんどんと信じ込んでいくようなのだ。
マジかっ!
信じてくれているなら助かるけど。




