092 【二人のサスケ】
弥彦がすこし険しい表情をしていて、下あごに蓄えた白い髭を撫でている。
息を吸い込んで、はあ、と吐くと。
「まず、ワシがいま話をしているお前さんは、ワシが思うに真のコマジロウさんなのだ。
だがお前さんにはその記憶がないのだ。そして忍びが石のシルシに葵の紋など使用せぬ。それも記憶なきゆえだ。お前さんも仕えている主のものだと言うた」
ゆっくりと丁寧な口調だ。
ひとつひとつ運命の赤い糸を手繰り寄せるように弥彦が語る。
たしかにそう言ったよ。
言っちゃったんだよ。
命懸けの駆け引きに出たからだ。
俺の目線は一瞬、宙をさまよう。
弥彦は自分の手を俺の視界に入るようにかざして見せた。
こっちを向いて話を聞けと言わんばかりに。
言いたいことには、まだ続きがあると言うように。
「ワシのいう真のコマジロウとは、ワシの知る七つのコマのことではない。実の名はあるのか? と聞いておったがの……その子の名は、サスケなのだ」
あぴゃ?
このコマさんが、じつは『サスケ』だっていうのか?
もちろん俺だって、それをデマだとは言わないさ。
聞いて見なきゃな。
「コマさんが、サスケ……。どうして駒次郎と呼んでいたのですか?」
「そこなのだ。じつに不可解であろうが。ワシの知る『サスケ』というのは元々は2人おるのだからな……さっきはそこまで語る必要性を感じなかった。だから言わなかった」
「ふ、2人って! 『忍びのサスケ』が……ですか?!」
「そうだ、一人は先程話したワシら親子の危機を救ってくれた伊賀の『サスケ』なのだが……」
なのだが、と言葉を溜める。
けどそうなると俺はサスケの中に居るってことだよな。
しかし──。
たかが実名か否かのことをだ……女神が見抜けなかったのが不思議だ。
同名の人名ぐらい幾らでもあるだろうけど。
俺が一度転身しているサスケは、女神が準備してくれたものだ。
女神も首を傾げていた。
知りたい真相がそのあたりにあればいいのだが。
だけど2人いる忍びのサスケのもう一人が七つのコマさんで良かった!
安堵していると、不意に弥彦の口が開く。
「そして『もう一人のサスケ』というのが、このワシだ!」
「はあぁぁぁぁぁ!!?」
なんでそうなるの?
どうして、そう来るのですか?
おちょくっとるのですか。
あんたは弥彦さんだろ。
俺が怪訝な顔を見せたからか。
弥彦が言い直した。
「はじめに申し渡したぞ。お前さんが信じた上での、話であると……」
「あ、いやその。ご説明の意味を考えると、3人になってますけど?」
ほら言わんこっちゃない。
突拍子もないことを言い出しおったぞ。
いや、どういうことなのかを知るのも任務だった。
意味が分かるまで聞かせてもらおう。
「ここでひとつ、お前さんからも答えて欲しいことがあるのだが」
「はぁ。なんでしょうか?」
「お前さんは、ワシのいうコマジロウなのだとすれば。その方はお侍さんだからの、ひとの中に入り込むなどという芸当はできぬのだ……」
「あ……」
あら……そっちですか。
やっぱりそこ気になりますよね?
そりゃそうですよね。
というより、真のコマジロウは侍だったのか。
忍者のコマさんは何処へ行ったのだろう。
うわぁ。
いまはそれよりも、この回答をどうすれば良いんだよ。
言うのか、俺?
相手もウソは言ってなくて、信じた上での話だといったな。
よしっ!
こっちも腹をくくろうではないか。
「弥彦さん、でいいの? サスケさんでしたか?」
「弥彦でかまわんよ」
「あなたも言われましたね、信じた上での話だと。こちらもウソのような真の話になりますが怒らないでくださいね?」
「ああ、いいとも。どうやって入ったのか、またどうやって出るのかを」
出るほうもですよね。
そりゃ興味湧きますよね。
「記憶が戻れば、俺はあなたのいうコマジロウかもしれないけど。いまは別の名があります」
「ほう。聞かせてくれ」
「俺は自分のことを忍びだと記憶していて、普段は『グン』と名乗って生きて来ました……」
「なるほどの、忍びには世を忍ぶ仮の姿と名があるからの」
「えっ! そ、それじゃあ。弥彦って……仮の姿のほうなんですね?」
あ、つい。
俺が話す番だったのに。
弥彦はニコリと笑みを浮かべて軽く頷いてくれた。




