091
「どのように信用をしろというのか俺にも見当がつかないよ。だけどコマさんの将来が心配なんだ。この子は一体どこからさらってきたのです?」
いまの俺には弥彦が素直に応じてくれるなんて思っていないけど。
追及をするだけしてみようか。
この場から逃げられたとしても、俺の行き先は決まっている。
盤次郎の所だ。
それから長屋に帰って、お里の母親にも会いたい。
お里の親父は期待できない。酒と博打にしか興味を示さない馬鹿だから。
元の時間軸に戻ったとき、この馬鹿親父のこしらえた借金の形にお里が遊郭に売り飛ばされるわけだ。
長期滞在が不可能な俺には、阻止できない。
馬鹿親父を暗殺するという手立ては、さすがに選べないや。
ぐうたらで、お馬鹿でもお里の父親だからな。
それは人助けと呼べないやつだ。
そして弥彦にこれ以上、問いかける話題がない。
同じことを問うしかない。
会話の間が持たない。
話の潮流を切り替えたい。
でなければ俺が誰なのかを明かさなければ、殺す、になる。
「おい、おまえ! 急に黙り込んでどうした?」
弥彦の問う声で我に返る。
はっ!
つい色々と考え込んでしまう所だった。
いまボーっとしていたのに弥彦は何もしてこなかった。
話し合いの姿勢に持って行けるのだろうか。
話題、話題。
いま女神エンジンを起動すると視界を塞がれてしまう。
この状況下で探し出さねばならない。
何もない木々に囲まれただけの街道。
あちこちに目配せをして焦る自分が居る。
ふと地面を見つめる自分がわれに立ち返った。
そうだ!
石だ、石の話があった。
ええい、こうなればこの話題で切り込んで行くしかない。
「なあ弥彦さん、あなた先ほど俺の置いた石のシルシを見たのでしょう?」
「……はっ! そう言えばそうだった。……おぬし、なぜ三つ巴を!?」
良かった。
見ていてくれたんだ。
「あれは俺のシルシだ。家紋なら大体は三つ巴だけど、なんの三つ巴かお解りになりますか?」
「まさか、葵の紋だというのか?」
家紋の三つ巴など他にも沢山あるだろうに。
弥彦も気に掛ける紋があるということだ。
それが葵の御紋ということで運が良かった。
くう。
なんで今回に限って持ってきてないんだよ。
まったく使いどころに困る印籠だぜ。
「その、まさかです。もっとも俺のものではありませんよ。俺がお仕えしている方のものです」
こうなりゃ、一か八かだ。
「なに!? ……ならば、こちらも聞きたいことがある。答えられるか?」
「限度はあるが、言ってみてください」
そう答えてみたけど。
なにが来るんだ、なにが来るんだよ。
答えを持っていなければ俺は……2度死ぬのか?
007じゃないんだから。
うあ、雑念しか湧いてこない。
「本当に、おぬしは「コマジロウ」ではないのか?」
「はへ? なにがぁ? コマジロウはこの子でしょう? それに……俺はいま、事故に遭って記憶が曖昧だと説明したばかりですよ。あなたが師匠だと聞いて頼ってきたのに」
堂々巡りは勘弁してくれな。
この説明を一度してしまった以上はし続けなければならないのだが。
おや、弥彦があごの下を手でさすり、思案している。
「ならば、記憶がないのは事実……というのか。で、あるなら──あなた様が真のコマジロウ殿なのですか? いや覚えがなかったんだな。これは、なんとしたことか……」
ほへ?
どゆこと??
俺の記憶がないことを前提に考えると、俺が真実の駒次郎に、なるの?
それ、どゆこと??
葵の御紋が関係しているのかな。
そこから態度が一変しているわけだから。
さっき俺を全力で滅ぼそうとした男が、俺に向かってあなた様?
チャンスかもだが、恐る恐る訪ね返す。
「話が見えません。真のコマジロウって、じゃあこの子は誰なの? この子に実名でもあるのですか? もちろん、あなた達の忍びの掟に口を挟む気はない。ただこの子の将来を案じているのです」
弥彦、あんたがどこかから、かっさらって来たんじゃないのかよ。
これは……もしかすると。
「真のコマジロウとやらとあなたは面識がなさそうですけど。まぁ俺がこんな姿だし。でもその情報の出所はどこなのです? その方って有名人?」
だってそうだろ。
有名人でもなければ無名の人をご指名されても誰に通用するのだ。
「このままでは話が堂々巡りじゃな。こちらからもひとつ明かさねばならないかの。ただ、もうウソはないので、信じてもらった上で、もうひとつ聞きたいのじゃ」
話を進めるために腹を割ってくれるのだな。
なんか突拍子もない話する気でないかい? 弥彦さん。
その上であなたの聞きたいことが、俺の答えられないことだったら。
俺、詰むのよね。
きっとさっき思いっ切り叫んじゃったから。
なんとかエンジンってさ。
江戸時代ってなんて怖い所なんざましょ。




