086
勉強会の方で盤次郎が呼ばれた。
部屋の隅に紛れる様にいた二人が引き離されるように。
まだ居たければ居てもいいよ、と言ってくれた。
俺は首を横に振る。
早く師匠に会って相談したいからと遠慮したのだ。
「駒次郎…腹は減って無いか? そろそろ昼時だぞ」
「どうぞご心配なく。俺の飯の準備は自分でするから。バンさんが頂きなよ」
「そうか。なら、菓子を包んで持たせてやるから待ってな。ほら遠慮するな、お里にもよろしくな」
何かと俺に礼がしたいようだ。
甘い菓子なら喜んで頂くよ、と両手を差し出した。
ほかの子と先生も割と談笑をしていた。
この光景は、いわゆる課外授業ってやつだな。
懐かしい匂いが漂ってきた。
もっともっと聞きたいことがあるけども邪魔しちゃいけないから。
また夕方になれば会えるから。
俺はすぐにでもカミセ街道へ向かいたい意向を伝えた。
盤次郎にそっと見送られながら退室し、料亭を出た。
「さて、ここからは全力で飛ばすぞ」
忍びの俊足で一気に駆け抜けてきた。
ほらもうすぐだ。
寺のお堂が見えてきた。
街道はその後方にあったっけ。
現場にたどり着いた。
辺りを注意深く見まわした。
手のひらサイズの小枝を探したのだ。
道の端に見つけることができた。
確かに三本、斜めに置いてある。意味深なまでに。
これをどけて良いのか。
「では遠慮なく」
俺の印は三つ巴のアレだから、こうしてと。
小石を三つ拾って来たので、よしこれで完了だ。
待って居ても仕方ないから長屋へ帰るとしよう。
だけど次の日というのはじれったいな。
悠長に相談してもらっている暇がないような気もする。
人助けのポイントも稼ぎたいので、行方不明者の捜索にでも行くとしよう。
街道を脱しようとしたその時だった!
ゴロゴロと空が鳴った。
なんだ雷か?
空なら視界に入っているから見上げるまでもない。
それに気を取られてしまった。
背後から唐突に声がした。
「やあ坊や。こんな所で奇遇だねぇ。なにしてるんだい?」
その声に振り返るとあの旅芸人の座長がいた。
「え、さっきのおじさん! っていうか、弥彦さんですよね?」
「うむ? どうしたのだ、そんな改まって。いつものように遠慮なく師匠と呼べばいいものを」
やっぱりこの人が駒次郎の師匠なんだな。
俺の滞在時間がないことだから都合よかった。
早く俺の現状を伝えて助けてもらおう。
「ごめんなさい、なんというか……」
「なんじゃ、へんな話し方をしおって」
「いえ、あなたに会いにここまで来たのです。バンさんには打ち明けたのですが忍者の事は忍者の師匠に聞いてくれっていわれて……」
「おいおいコマ。マテやマテや。喋り方もそうだがもっと落ち着いて順序良く話をしなさい」
ああ悪いくせがでた。
案外、口下手なんだよな俺。
焦りがあるといつもこうなる。
落ち着け、ふうう。
「あの、落ち着いてきいてください。俺、じつは記憶を失くしてしまったんです」
「ほーう。記憶をのう。どれくらいだ? わしのことは全くわからないのか?」
「はい。だから、ごめんなさいなのです。俺は忍びだという自覚があります。七歳だから、忍者の師匠がいるのではないかとは思います。でもそれをバンさんに尋ねてしまいました」
「はあはあ。なるほど。ほかに思い出せることはあるか」
「自分の住んでいた長屋の場所すらしりません。お里が迎えに来てくれてなんとか」
「うむ。なぜ記憶を失くしたのかは覚えているか? 何があったのだ」
「最近、強い忍びに襲われました。殺されかけたのです」
「はあ? どこで? どんな風に殺されかけたのだ?」
「記憶では、ツナセ街道の脇の神社の境内で、歳の瀬十六の男でいきなり襲い掛かってきました。足で勝てず背後から捕まって首筋を掴まれ、胸を叩かれ……」
「おい待ちなさい! その状況からどうやって抜けて来たのじゃい」
「でも嘘じゃないんです! 相手はその少し前に水の忍術を放ってきましたし」
「なんだと? どのようなものだった?」
「たしか、開錠忍法、流しゴマ素麺! って言ってました。指で風を読むしぐさのあと、宙から水分をかき集めて水流を作り出したのです。びっくりしました」
「う、嘘だろ! それは近年わしが会得した奥義に近い、水遁の術だぞ。だ、誰にも語ったことはない……のに」
「ええ! 師匠の技だったのか! あいつまじでヤバイなぁ。あ、俺か!」
「いったいどうしたのだ! いやしかし。忍術を見たと言うのが気になるし。まさにその説明の通りの技だし。誰だ、その者は?」
「そのあと、意識を失くしまして。気付けばそこの寺のお堂の前にいました」
「はあ? なんでこんな所まで運ばれてきたんだ? というより、コマはいつツナセなどに行ったのだ?」
「この際、師匠のことは置いといてほしい。記憶ないので色々とフォロ……あいえ、助言を頂けたら助かります」
「フォっ!? そうとうヤバイ状況みたいだの。ならばツナセには近づかぬことだ。よいな。しかしあの近辺に何があるのだ?」
「忍びの里じゃないですか?」
「どこのだ?」
「え、綱隠れの里……ですけど」
酷いブス面を晒して来るのだが。
なんだ、この時代でも変顔が流行っているのか?
なぜそんな顔をするのだ。
この人。忍者だろ。
まさか綱隠れを知らないとか言わないよな。




