084 【ごめん】
また神隠しの話題に触れることになるとは思わなかった。
その手の事件はどの時代でも絶えることがないのだな。
そして大名の件は盤次郎さえ無事ならそれで結構だ。
そうだよ、盤次郎にもしものことがあれば、未来が変わってしまう。
この人は守らなければならない。
まあ、それよりも。
駒次郎がすでに忍者なら、誘拐はいつ起こるのだ?
ただの大人やゴロツキじゃ俺をさらったりはできないぞ。
忍びの聴力さえあれば、近づく者から遠ざかれるし。
だがそれだとやはり忍び以外に考えられない。
この際だ、盤次郎に尋ねておくか。
確認しておきたかったことでもあるし。
「ねえ、バンさん…」
「どうした?」
「俺って、もっと幼いころに誘拐されたりしなかったか?」
「藪から棒になんだ? オレが知る限りはそんな話は聞いてないが」
「俺さ、実を言うと強い忍びに命を狙われたことがあってさ…」
盤次郎は目を見開いた。
驚かせてごめん。
「それはいつのことだ?」
聞いてくれるんだ。
大切にされているんだな、駒次郎は。
「つい先日のことなんだけど…」
「先日? それで、そいつになにか心当たりはないのか?」
「なんにもしてないよ。ついこの前、殺されかけたんだ。このあたりの忍びってどんな集団なのかわかる?」
「ふむ。何もした覚えがないなら、偶然に相手にとって不都合な何かを目にしてしまったとかが考えられるな」
「俺が、なにかを目撃した可能性…か」
俺は盤次郎に問う。
盤次郎も俺の話に耳をかたむけ、可能性を説く。
西町のツナセ界隈のことを持ち出した。
ツナノセ神社でのこと。
相手が未来の駒次郎であることは伏せて。
全容ではなく、一部分だけ持ち出した。
あのとき、あそこで見たものは壊れた祠がまた現れたことだけだ。
その説明は寝言にしかならないから詳細は省いた。
聞きたいことがある。誘拐のタイミングはいつなのか。
今よりも過去なら、過ぎたことだから一安心だが。
聞かなければ、ずっと分からないままの気がしたから。今聞くんだ。
それに神社でのことを持ち出すのにも考えがあってのことだ。
「ツナセ界隈か。オレは忍びじゃないから良くわからないけど、その神社にはもう近づくな。それと忍びの世界のことは弥彦おじさんに相談するべきじゃないかな」
「え、だれそれ?」
思わず漏らしてしまった。
俺は照れ笑いでごまかした。
「まったく今日のお前、どうかしているぞ。お前の師匠だろ」
「師匠っ! さ、最近、会えてないから、す、すっかり忘れてたよ。あはは」
痛テテテ!
声を殺しながら、突如現れた痛みに耐えた。
盤次郎が拳を握り、俺の頭部にグリグリと力強く押し付けてきたのだ。
すぐに解放してくれたが。
脳天にすこしの鈍痛を覚えた。
べつに怖い顔を見せて来たわけじゃないけど、冗談も大概にしろと苦笑する。
本来忘れるわけはないけど、俺は元から知らねえから仕方がない。
「何言ってるんだよ、今さっき会っていただろ……そのために旅芸人でもてなしをすることを提案しておいたってのにさ」
はっ!?
あの人だったのか。
名は弥彦。
旅芸人一座の座長。
それが師匠の世を忍ぶ仮の姿か。
すると何かを疑われないようにする為の演技だったのかな。
お誘いは何かの合図だったのかもしれない。
けど、あの人たちがとても自然体で接してくれたから全く気づけなかった。
そうなると、そもそも俺の持ち掛けた話も芝居なのだと知っていたことになる。
うわぁ。
こうなってくると、その師匠に会えたとしても解らないことが多すぎてきっと今、盤次郎とおバカなやり取りを繰り広げているように相手にも迷惑をかけてしまうな。
どうする俺?
いつもなら、そう自分に問いかけて無い勇気を振り絞り、無茶な選択をするだろう。
ここは、なんでもかんでも自分一人でしょい込もうとしなくて良いはずだ。
盤次郎とその弥彦は少なくとも味方のようだから。
だから、ツナノセ神社で強い忍びに半殺しに遭った話を打ち明けたのだ。
「ごめん…ごめんなさい」
「なに謝ってんだよ、冗談だよ。お前にはいつも無理を言って調べものを頼んでいるから、オレは感謝しているんだぞ」
そうなのか。こき使われてんだな、俺。
「ちがうんだ、聞いてよバンさん…」
ふたたび彼が目を見開く。
いったいどうしたのだと。
ここからは一世一代の演技にはいる。
優しく接してくれる盤次郎の眼を見て、涙目を作っていく。
俺って罪深いよな。ごめん。
「俺、襲われてからうまく思い出せないことがあるんだよ。バンさんと会わなければいけない、それが分かるのと、長屋に住んでいたことと、お里が幼馴染だと言うことぐらいしか思い出せないんだ。母の名も思い出せなかった。その夜、裏手の寺のお堂の前まで死に物狂いで逃げて来た…」
「な、なんだって……落ち着け駒次郎…」
落ち着かなきゃいけないのは盤次郎の方みたいだが。
「そこに、お里が迎えに来てくれて何とか家路について、夜を明かした。その足で先生の所へ行くと生徒さんが血相変えて大名の一件を伝えに来たんだ。それで……それで…」
盤次郎はたびたび「落ち着け、駒次郎」といってくれ、休憩しながら言葉を続けたのだ。
ここへたどり着くまでの苦労話を聞いてくれた。
要は俺がいま、「記憶喪失」状態であるということを伝えたかったのだ。
彼は真剣に受け止めるように耳を貸してくれた。
なんとか伝わりはしたようだが、彼の方が混乱しているかもしれない。
本当にごめん、盤次郎。
俺には、こうするより他に良い手立てが見つからなくてな。
盤次郎は迷子の幼子を抱き寄せるように俺を腕の中へ引き寄せてくれた。
それで合点がいった、と。
俺の異変に気づいてやれなくて「オレのほうこそ、ごめん」と泣くような声でいった。




