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081 【あり得ない】


「では坊や、わたしたちはこれで旅立ちますからね。それにしても坊やは身軽だね。じつに見事な軽業だったよ。思わず自分たちの芸を忘れて見惚れてしまう程に。こんな優秀な団員がこの先もずっといてくれたらなって。どうだい?おじさんたちと一緒に旅に出てみないか?」



 え、スカウト?


 太鼓を叩いていた一座の座長さんだ。

 芸の報酬が届くのを待ちながら、旅の荷物をまとめている。

 出会ったばかりだが袖振り合うも他生の縁というし、雑談ぐらいはいいかな。

 嬉しい誘いの言葉だけど、今は取り込んでいるから無理かな。



「うれしいお言葉をかけて頂き有難いです。冒険には興味があるからわくわくします。でもまだ七つだし親が帰りを待っていますから。たびの無事を祈っています」



 丁重にお断りの挨拶をして、深々とお辞儀をした。



「あらまあ、しっかりと挨拶も出来るのね。ますますうちの座員に欲しいわね」



 ピーヒャラとフルートのような細い笛の奏者だったお姉さんだ。

 俺、こんな所でモテ期が来ちゃっても困るんだよな。

 まんざらでもないけど。



「だって襖の向こうには寺子屋通いのお兄ちゃんがいるから。頭の優秀さを見込まれてお奉行さまと同じ卓を囲ませて頂けるなんて奇跡のような出来事ですから」



 すこしドヤ顔をかもしながら、デレデレの顔で自慢すると、

 うんうん、と旅芸人たちは満面の笑みで頷いてくれて。

 そんな子供を産める親が羨ましいと素直に褒め称えてくれるのだ。


 やがて座敷の外から声が掛かり、報酬が届くと一座は足早に部屋を出て行く。



「それじゃまたな。いつか旅の空で出会えたなら、今度はお芝居でも仕込んであげよう」



 座長はまた会えることを願いながら、にこやかに俺の前から去っていった。

 多くの旅をして、旅人との出会いと別れを繰り返して来たんだろうな。

 誘いは、お愛想ではなく本気だったのかもしれない。

 そうやって脈ありな者をスカウトし、人員を補給してきたのだろう。



「さて賑やかだった部屋が一気に静かになったな。隣からは勉強会の息遣いが漏れてきている。なんの勉強なんだ? 事件の資料にでも目を通しているのかな」



 聞き耳を立てた。

 無論忍びの聴力のことだ。

 

 そしていつでも天井裏に登れるように姿勢を準備して、気配を消す。

 ステルスも発動しておくのだ。

 相手が盤次郎だけなら問題はなく、隠れる必要もない。

 だがどこの生徒であろうと寺子屋通いの学生に気を許してはならない。

 嫌な体験しかしてこなかったからな。


 教師も役人も、そして奉行も。

 粗相などしなくても何を吹っ掛けられるかわからない。


 盤次郎が今まさにそれじゃないか。

 大名にとんでもない罪を吹っ掛けられて大金の工面に困り、藤吉郎が見せしめに獄に繋がれているではないか。

 

 

「……えっと。ちょっと待って?」



 大名のこと忘れるわけじゃないけど。

 奉行は確か……大名の所に掛け合いに行っているはずだが。

 なぜこんな所に同席しているのだ?


 東町の奉行だったよな。

 まさか少年探偵たちにそのことすら解決させるつもりなどないよな。

 そこまで(なまく)らな役人たちならこの町の行く末が流石にやばいぞ。


 

「しかし、肝心の大名の話題が上がっている様子はない…」



 屋根裏を伝って盤次郎のいる隣室の真上から覗き視る手もあるが。

 侍がいるからそれはまずいだろう。


 もっとも、探偵ごっこの様子見をずっとしているわけには行かない。

 俺に残された時間はもう三日もない。


 積極的に詰め寄って行くしかないようだな。

 男は度胸だ。

 素直に盤次郎を訪ねようと思うが。


 盤次郎に迷惑が及ばないかが心配なのだ。

 奉行に余計なことを聞かなければ大丈夫だ。

 余計なことなんか聞かないよ。

 大名の方はどうなったのか、なんて絶対聞かないよ。


 俺にはそれとは別に確かめたいことがあるんだ。

 用があるのは盤次郎だけだからな。


 どうする俺?

 いま行くの、行かないの?

 どっちだ。


 迷っていると、ふと名を呼ぶ声が耳をかすめるのだ。



「駒次郎…」



 え?

 バンさん……?


 

「オレに会いに来てくれたのか? まだそこに居るんだろ?」



 あり得ないっ!?


 な、なんで???



「バンさん……どうして? どうして…」



 どうして、そんなにも声が小さいの?

 あり得ないよ。

 まるで独り言のように小さな声だ。

 

 でもいま、確かに俺に問いかけたよね。


 本当の声を出してはいない。

 息だけで話す様に口元に絞り出した吐息のような話し方だった。


 ──ということは。

 盤次郎は間違いなく、俺の忍びの聴力に話しかけているのだ。

 本来の駒次郎はもうそこまでの忍びなのか!?


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