078
囚われの藤吉郎を救い出す力も、方法もないまま奉行所の牢を後にする。
後ろ髪を引かれるが、振り返っても仕方がない。
色々と好意的に接してもらって悦びのあまりに忘れていたが。
俺は忍びスキルのステルスを使い、気配を完全に消して近づいたんだ。
ここの建物は頑丈に造られていて、床がきしむと言う事もなかった。
足音など立ててもいないし、なぜ悟られたんだろう。
あれだけ強敵だった駒次郎でさえ気づけなかったスキルだ。
あの時はステルス率50%だったのに、だが今回は100%のはずだし。
100%なら完全に誰の前でも、じゃないのか。
非常に不思議ではあるが、武士とは人知を超える存在なのかもしれない。
「えっと、鬼平さんへの挨拶は不要かな…」
受け取った牢の鍵を彼と入れ替わった牢の前にそっと置いた。
声を掛けずにここを去りたい。
もう手すら握られたくないし。
格子越しに様子を見た。
敷き藁の上で、まだ狸寝入りをしていた。
いや本当に眠って居るのかもしれない。
俺にとって江戸時代は憧れの世界なのだ。
神聖なのだ。
こんな、おじさんとえちえちな関係を建設的に築いてなるものか。
◇
2人の居残り役人に見つからないように、奉行所の門前まで出て来た。
「さてと…」
為吉に書いてもらった地図を懐から取り出し広げた。
藤吉郎の書いてくれた証文を見ると、料亭の名があった。
「饅頭寺通り六角上ガル。「料亭、唐変木」……え、トウヘン…ボクだって? どんな店だよw」
早速、もらった地図に饅頭寺を見つけたので適当に印をつけた。
カミセ宿場街の地域の中にある、ひとつの通りの名のようだ。
なんか美味そうな名前だな。
急に小腹が空いて来た。
そろそろ昼前でもあったのか。
言いつつ、その料亭に足を向けた。
現場につくと、もらった証文を見せた。
俺は藤吉郎の生徒として料亭を自由に歩くことを許された。
生徒同士が集っているお座敷を教えてもらった。
しかし、そこへ堂々と割り込んでいくと全く関係ないことがバレてしまう。
ここは慎重に行動をしなければ。
そっと覗いて盤次郎がどの生徒かを確認しよう。
向こうは俺が誰だか知っているわけで。
隠れて、その催しに紛れ込むのだ。
「たしか、知恵比べと言っていたっけ」
様子を窺っていると見えて来た背景がある。
様々な寺子屋の生徒が集っている。
そこには主催者がいて、東町の奉行がそれに当たる。
奉行はお忍びという訳ではなく、覆面もしていない。
恒例の行事ということだから。
東町というのはカミセ宿場のここだ。
俺が駒次郎と出会ったのは西町で宿場はツナセだったが。
要は、カミセ界隈で起きた難解な事件の真相に迫るために学問が優秀な子供たちが集められたのだ。
「なるほどね。知恵比べというのは集めるための名分か」
大人は多忙という理由もあるが、どうにも頭が固いようで使えなかったらしい。
いつか子供の名推理により、事件解決が成就した。
それが寺子屋通いの生徒だったというわけだ。
以来、頭の柔らかい子らを指揮して推理、推察をさせていたのだ。
無論ただ働きじゃ誰も嫌がるのは目に見えている。
褒めて遣わせたり、お菓子でもてなしてみたり。
興味を持ってもらうため寺子屋への寄付も募ってくれるらしいのだ。
経営者にとっては有難い計らいということだ。
盤次郎が藤吉郎のお眼鏡にかなうだけの存在だったようだ。
ここで活躍できれば先生の株もあがるというわけだ。
つまりは少年探偵を育てようという試みなのだ。
そこに盤次郎が、藤吉郎の推薦で浮上したのだ。
そりゃ盤次郎を大事にしたいわけだ。
生徒の頭の器用さが、寺子屋の財政を潤してくれるのなら。
盤次郎は身寄りがないから衣食住を与えてやるだけでも充分だし。
そんなに勘のいい奴なら、俺も一度話をしてみたいものだ。




