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075 【寺子屋の武士】


 鬼平から鍵を受け取ると牢の外に出て鍵を掛ける。

 ここには流れで行き着いたけど。

 藤吉郎が入牢させられているかもしれないと思い返して。



「おじさん、藤吉郎先生はどの牢にいますか?」



 声を掛けても起き上がる様子はない。

 だが、スゥーっと人差し指で牢の奥手を差し示してくれた。



「その者まで見逃したら儂の首が飛ぶ。手短に話して来い」


「ありがとう!」



 俺は藤吉郎が捕らえられている牢へ足を運んだ。

 今、奉行所の牢も手薄になっていた。

 忍び足で用心をしながら近づいた。

 

 俺が入れられていた牢から三つ隣の部屋だった。

 三十半ばの青年があぐらをかき、座していた。

 なにも言わず目を閉じており、黙とうをしている様だった。


 彼の耳がピクリと反応した。

 忍び足で気配も消していたのに、匂いでも察知したのか。



「誰か()るのか?」



 たしか武家だったな。

 だが逸脱した武芸の心得でもない限り、俺の【ステルス】の効果を凡人が無視できる訳がない。つまり今、気配消しが100%成功しているという事実をこの者はスルーしたということなのだ。

 

 用心しなければ。



「おじさんが藤吉郎先生ですか?」


「いかにも。お前さんは? このような所になぜ(わらべ)()るのだ?」



 俺が問いかけると彼は目を見開いた。

 藤吉郎は返事をして俺の方をしっかりと見た。


 俺はここに来た経緯を話して聞かせた。



「俺は、駒次郎です。盤次郎の弟分になります。長屋から居なくなった盤次郎が心配で寺子屋まで様子を見に行きましたら……」



 俺がそこまで言うと。



「事件のことを聞いたのだな?」


「はい。小夜子さんに誘われて教室でバンさんを待っている時でした」

 


 投獄されて間もない藤吉郎は無精ひげを生やしていたが。

 やつれているわけではなかった。

 精悍な顔立ちで涼しい目をしていた。

 

 

「して、小夜子はどうしておるのだ?」


「と言いますと、こちらにはまだ来てないのですね」


「ここに来たりすれば身内ということで何を言われるか分からないからな」


「俺は盤次郎の身内ということで連行されてきましたが」


「なんという酷いことをする連中なのだ!」


「酷いのは奥方様たちですけど…」



 俺が牢内に存在する理由を詳しく聞かせた。

 藤吉郎は目をパチクリとさせ、悲し気な表情を見せた。



「──というわけで。俺をお大名に差し出せば、先生もバンさんもお咎めはなくなるのではないですか?」


「そのような馬鹿な真似はさせぬ。きみを差し出した所で何もならぬ。奥方たちの愚行は私が詫びさせてもらおう、この通りだ!」



 藤吉郎は正座に座り直して、深くお辞儀をした。

 そして牢の格子の隙間から手を伸ばして俺の身を抱き寄せた。

 彼の顔は俺の耳元でくしゃりと砕けた。

 

 教え子の身内にこのような仕打ちをさせてしまった罪を詫びたのだ。

 それはそれは申し訳なさそうに。

 その行動で瞬く間に彼の誠実さが伝わってきた。



「バンさんが先生のような方に引き取られて良かったです」



 藤吉郎は俺から距離を置くと、静かに首を横に振りながら、



「盤次郎を少しでも遠ざけてやろうと行事を遂行するように命じたのだ」


「でも先生が身代わりになっても解決できることではない様に思いますが」



 藤吉郎が俺を見て驚いたように言うのだ。

「盤次郎にそっくりだ」と。

 

 え、そうなんだ。



「状況を飲み込むのが早いな。盤次郎に似て敏いのだな。彼は利口なだけでなく正義感が強くてな、無償で誰かの身代わりに平気でなろうとするのだ。そこが何とも尊くて可愛いのだ」


「あ、相変わらずだな…あいつ。だけど今回ばかりは無鉄砲だよ。相手はお大名なのだから斬って捨てられるのが落ちだ……あれ? どうして斬られてないの? ごめんなさい! 何か要求があったから命を取られなかったんじゃないかと思ったものですから、つい…」


「やはり君は敏いな! そうなのだ。大名の家来たちからは相応の貢物を要求されていてな……それが結構な大金になるので奉行が交渉に出かけられたのだが」

 


 藤吉郎が再び目を見開き、感嘆の声を俺に向ける。

 そういう筋書きもよくドラマで見て来たから分かるだけだよ。


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