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 鬼平につい適当なことを言ってしまった。

 少々気が引ける。

 そう思いつつも、その言動に至らざるを得ない。

 

 利用できるものは何でも利用する。

 そのハングリー精神がなければとても窮地は脱せないのだから。


 その約束を果たすのは十年後の大人に成った駒次郎だ。

 それを受けるか受けないかは本人次第だ。

 基本、俺には関係のないことだ。

 それに駒次郎はとても強い奴だし。

 このような男がいくら言い寄ろうとも、自力で跳ねのけるだろうと。


 しつこく言い寄れば、死の淵を拝まされることになる。

 そうなれば男も諦めざるを得ないだろう、と。

 だから忍者になっていることは伝えておいたのだ。


 そういう算段でもある。


 俺が酷い人間なのではない。

 駒次郎にはそれぐらいの仕返しをしてやっても良いはずだ。

 何せ、俺は奴に殺害されているのだから。

 


「お大名様は行列の進行を少し止められたぐらいで子供に手を掛けようとしたのですか?」


「少しであっても大変なことだ。だが理由はそれではないさ。手毬を追いかけていた子供が横切ったので止まったらしい」


 

 鬼平と約束を交わしたあとは敷き藁に腰を落とし、壁にもたれて話をする。

 肩に手をまわして来るのが気になりはするが。



「そこまでは聞いているよ…」


「籠から大名が出て来て、寛容にも手毬を手にして微笑まれたのだ。そして優しく手招きをした。それに子供が悦び、駆け足で寄って来た。昨夜はあいにくの雨だっただろ? 水溜まりの泥混じりの汚物をお召し物に跳ねてしまったそうだよ…」



 昨日のことは知らないが。


 街道沿いは馬もよく通る路だから、デコボコに雨水が溜まりやすい。

 道も長くぬかるんでいるようだ。

 その状況であるなら相手は子供だし、想定内の出来事だろう。


 寛容な微笑みで迎えたのなら、最後まで寛容でいろよ。



「そうなるのが嫌なら、籠をおりて余計なことをしなければ良いのに……」


「それを口にしてはならん。問題はお大名ではなく……」


「うん?」


「側近の従者たちの着物にも汚物が跳ねたことだ。お大名は寛容な心でいたが、側近達の心は(きょう)量であったのだ」


「それを許さなかったのは家来たちってこと?」



 鬼平は悲しい顔を見せて静かに頷いた。


 俺は拳を強く握った。

 牢越しに見える小窓の外を見ると、

 家来たちの意地悪な物言いが目に浮かぶようだった。


 いつの世も主席ってお飾りなんだよな。

 家来たちが政治を動かし、束ねているようなものだからか。


 お家の大事だとか、沽券にかかわるとか言って責めを負う者をでっちあげる。

 子供なら誰かしら大人が庇う。

 庇い立てをした者からの貢物を命と引き換えに、暗に要求する。


 俺の肩を抱く鬼平の指先に力が籠った。

 俺は鬼平に振り向いた。



「おまえの知り合いか?」



 鬼平は引き絞るような声で問いかける。

 俺は素直に頷いた。


 鬼平は言葉を続けた。



「なあ、ここを出たらそいつの所に行くのか? もしも同罪だと吹っ掛けられたら帰って来れる保証はないだろ」


「俺は強い男に成りたいんだ。友を見捨てる奴なんか俺は認められないよ」

 


 俺はこの時はじめて鬼平の眼を見返して言った。

 この想いは決して曲げられないと強く強く意をあらわにした。



「おじさんは、その場の愛に生きるだけですか?」


「……世の中、綺麗ごとだけじゃ通り抜けられないことが山ほどあるものだ。おまえをこのまま行かせたくはないが…」


「べつに死ぬとは限らないじゃない? 大名の家来もおじさんみたいに小姓好きかも知れないし……」


「バカ野郎……」



 抱き寄せられ耳元で、「おまえがそんな生き方を選べるのなら、儂の元から離れる訳はないだろ」。


 からかったような言い方をたしなめられた。

 鬼平は真剣に身の上を案じてくれたのだった。



「ごめんなさい。……強がりを言ってみただけだよ」



 鬼平は俺の頭を数回撫でてから、牢の鍵を鍵束から外し手渡してきた。

 そして敷き藁にそっと横たわった。


 えっ、外から鍵を掛けて出て行けということか。


 そうだな、見逃しがバレたら彼も困るもんな。

 子供だと油断をしたら、このザマだと演出するために。


 ありがとう。

 これでサヨナラだ。



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