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072


 役人が俺の首根っこを捕まえて牢屋まで足を運ぶ。

 牢の詰所から大柄な男が一人出て来て、役人に首を垂れる。

 男は牢番のようだ。

 牢番に俺を引き渡すと、「上官たちが戻るまで」暫く留置せよと命じた。


 役人は膝を落とし、俺の口に嵌められていた布を取り外しながら。



「おとなしくしていろ。お前を放免してやるのは簡単だが、それではまた別の子供が連行される可能性がある」


「……いつまでですか? お大名様の要求は本当に盤次郎なのですか?」


「大人の事情に首を突っ込まずに、暫くの間ここに隠れているんだ」


 

 俺を連れてきた役人は口元に人差し指を立てて、声を和らげた。

 涼やかな瞳をして。

 表情に悪意はなかったが苦言を呈する、といった感じだ。


 金持ちどもに魂を売ったわけではないのかも。

 役人もババアどもに圧力をかけられていたからな。

 奉行所役人としての正義を貫きたい気持ちの表れか。


 俺をあのババアどもから隠してくれようとしているのか。

 たしかに長屋の子らも心配だ。

 そちらにも魔の手が伸びない保証はない。

 俺がおとなしく捕まっていた方が無難だと言っているのだな。


 役人がちらりと牢番の男を見る。



「鬼平、あとはお前に任せる。しっかりとお守をせよ」



 牢番の男は鬼平(おにへい)

 鬼平はコクンと頷いた。

 大きな体とは裏腹に円らな瞳をしていた。


 黒く輝く瞳は、二つに割った饅頭のような甘さを見せている。


 腰元には鍵束をぶら下げていた。

 役人が遠ざかると、俺を牢の中に連れて入り、低い姿勢で鬼平が口を開いた。



「おまえ、名前はあるのか?」



 そう言いながら、俺の頭を撫でてきた。

 牢は小部屋で、敷き藁が置いてあるだけの簡素なもの。

 彼は子供の扱いに慣れているのか。

 その指使いは髪をとかすように繊細な手付きだった。



「駒次郎です…」


「駒次郎か、よい名だ。歳は幾つだ?」


「7歳です…」


「7歳か、よい年だ。父親は何をしている?」



 え、よい歳とは何だ? 子供は褒めたら何でも喜ぶ生き物だったか。

 戸惑うが父親は海の漁で行方不明と答えた。

 


「そうか…亡くしていたか。悪いことを聞いたな」


「いいよ。慣れたから」


「……駒次郎…」



 は?

 

 突然、男の方へと抱き寄せられた。

 まるで吸い付くように。

 鬼平の太い腕の中へ。

 分厚い胸板に全身を押し付けられるように。


 苦しい。



「おじちゃん…苦しいよ」


「辛いだろう……早く母の元へ帰りたかろう」



 髭面ではないが、頬擦りはやめて。


 母親も仕事で居ないけど、そんなに深刻ではないから放してくれ。

 さみしさや辛さを労わるための抱擁だったのか。

 牢番なのに、こんな優男も居るんだな。

 

 苦しがったせいか、すんなりと力を抜き、敷き藁の上に解放してくれた。


 急に抱きしめられビックリしたあと、解放されたので溜め息を吐く。

 溜め息は血行を促進させ、身体をほんのりと温めてくれた。


 暑い夏だからもあり、俺は自分の胸元に手をかけ衣服を少し脱いだ。

 すると傍で鬼平の鼻息が荒くなるのを感じた。



「えっ…!?」


「こんな昼間っから子供だてらに色気づきおって、誘ってくれてるのか」



 はあ?


 ちょ、ちょっと待ってください。

 いま何て言いましたか?


 鬼平は敷き藁に添い寝をしてきた。

 再び鬼平の手に掴まれ、意味不明な身の拘束を受けた。


 

「う、嘘でしょ!? お、鬼ィさんっ!!」


「嘘なもんか。()い奴じゃ、(ちこ)う寄れ。こまじろう──っ!」


 ぎゃあああああ。


 牢ってこういうお仕置きがあったっけ?

 お役人さま、説明プリ──────ズッ!!!





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