068
盤次郎の行方も気になるが、ここは冷静に事情を掌握しておきたい。
俺は残された生徒に聞き込みをしてみた。
もちろん、先程の意地悪な生徒たちではあるが。
学問を学び、規律を多少なりとも弁えているのであれば、話せば解ると信じたい。
畳の部屋に背の低い机が人数分、並べてある。
そこに生徒が正座をして勉学に努めている。
筆記用具は半紙と筆が右手に置かれているのが見えた。
為吉の机に駆け寄って声を掛ける。
「ねえ、為吉さん。勉強会というのはどのようなものですか?」
「おまえ、まだ居たのかよ。勉強の邪魔になるから、もう帰れ…」
俺の方には目もくれず、教科書を熱心にのぞき込んでいる。
盤次郎がここに居ないのが明白になった今、生徒でもない者の相手はできない。
それが正論であろうと。
今がチャンスなのだ。このままただ帰っても俺にできることがない。
この勉学好きの兄ちゃんたちから、色々と聞き出して置きたいのだ。
「そうおっしゃらずに、どうしてバンさんが選ばれたんですか?」
「ああもう、こうるせぇな! 部外者に出せる情報はないんだ」
確かに俺は部外者になるかな。
だがお嬢さんも出て行ったことだし、先生が困難に直面して留守であるなら。
彼らを監督する立場の人がいない今が最高のチャンスでもあるんだ。
自習なんて教科書に目を通して、字を書くだけだろうし。
先生がいなければ、そこから学び取れるものなどそう多くはないはず。
そんな飛び抜けた人がいれば先生が放っておくはずがないのだから。
おっと余計なことを言って怒らせないようにしなくちゃな。
差し出すものがあれば、耳を貸してくれるかな。
俺は、例のモノをエンジンから入手した。
「あの…これ、つまらないものですが」
「うん? なんだこの旨そうな匂いは?」
「シソの香りだ! よだれが出て来そうだ」
「いや焼き魚の香ばしい香りが漂っているぞ」
数人が一度に俺の手元に振り向いた。
うほ。おむすび作戦大成功。
「チビ次郎、おまえか! 旨そうなモン持ってんじゃねぇか。それを俺たちにくれるって言うのか?」
「どこに隠してやがったんだよ」
「お外だよ」
情報交換だと言うと、このことは絶対誰にも内緒だと念を押してきた。
もちろん内緒がこちらも好都合なので首を縦に振り、交渉成立だ。
「うんめえ。なんだこの芳醇で贅沢な具沢山の握り飯は!」
「俺にも食わせろ」
食べ終わると出てきます。
抹茶もどうぞ召し上がれ。
「なんという珍しい茶だ、美味である」
虜にしてしまったようだ。
寺子屋の兄さんたちをおむすびで手なづけてしまった。
よし、洗いざらい話して聞かせろや。
「カミノセ? さっきも聞いていたな。そんな場所は近所にはないぞ」
「交流会はな、毎月あるんだ。先生が推薦して一人連れて行くんだよ」
「よその寺子屋では将棋打ちなんかも育てられていて、いろんな特技をもった子供たちが集められるのさ」
「なにが貰えるってわけでもないから俺達は遠慮したのさ」
「お茶やお菓子がたまに出ると聞いたが、参加すればそれだけ勉学に遅れが生じるからな」
なるほどね。花より団子がここには居ないのね。
生徒を選出できないと先生が困ると言う訳か。
盤次郎が先生に気に入られて引き取られた理由はそこにあるのか。
出席することに生徒側は収穫を感じてはいなさそうだが。
先生はなぜこだわっているのか。
「よその先生の中には代官や与力の子息もいてな。子供に教養を授ける人徳も兼ね備えていると随分と評判が高いのだ」
評判を上げたいのか。
藤吉郎先生は武家の出身かな。
「先生は幕下藤吉郎といって、この家の婿だよ」
名前がなんとも残念だな。
そして婿養子、なんとも肩身の狭いお立場ですこと。
結局、大人の都合ってわけね。
「バンさんはいつ帰ってくるの?」
「まあ夕暮れだな。場所を知りたいと顔に書いてあるな」
「説明しても分かんないだろうから特別に地図を描いてやろう」
気を利かせてそんなことまでしてくれる。
おむすびがきび団子と化している。
もはや飼い犬だ。うしし。




