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056 【豹変】


 あいつ……。

 あんなにスゴい忍術持ってる忍びが、街道に出てまで確認を取るんだな。


 そりゃ、そうだろうな。


 自分の手で確実に葬った祠が、目の前に再び登場したわけだから。

 街道の脇道から入ってきて、祠を破壊した後、西へ歩いていたら、また祠だ。

 見覚えのある、例の祠だ。

 近づいて隈なく見定めると、その驚きもさることながら、まさかと振り返れば街道への細道が視界に飛びこんで来るのだから。


 同一の場所のものであるかは、その時、背後を見て疑いを強くしたのなら。

 確認すれば良いだけのことだ。

 俺の時も背後には、ツナセ街道への細道があったのだから。

 駒次郎も同じ手順を踏む様だ。


 俺の思考は正しい行動をもたらしていたな。

 確認が大事だ。


 俺もここまで来て、まさかと思いながらも驚きはあった。

 ますます謎が深まるばかりだ。

 この場所は何かがおかしい。


 でも、その謎解きがいま重要かは判断できない。

 考えられることがあるとすれば、べつの忍者が結界でも張っているのかも!?

 幻術みたいなものを見ているのかと思っている。


 女神の力で再生された可能性が一番有力だろうけど。

 元の位置に戻される意味がわからん。位置が戻らない方が女神にとって好都合のはずでしょ。ここに誰かが近づけば近づくほど異界の扉を開きづらくなるし、人目を遠ざけた場所から出て来る甲斐がない。


 それはそうと、

 駒次郎が戻って来るまえに、今度こそ確認を怠らないようにしたい。


 身を屈めながら、細心の注意を払って祠に近づく。

 この祠の下の木組みの台座の隙間に目をやった。


 あれを確認しなくちゃいけない。

 さっき駒次郎が破壊したものが元通りの姿を取り戻しているのなら。


 ならば、あるのかもしれない。


 時間がないので身を屈めてのぞき込むだけにする。


 

「……ッ!」



 あ、あった!


 マジかよ。しかし……ここで取り戻しておくのはマズいかもな。

 この先であいつと会わなければいけないから。

 任命書はこのまま此処において置くことにする。


 だけど、また「流し素麺」喰らわせられたら厄介だから。

 俺はここで登場しとかなければいけない気がする。


 彼の帰りを祠のまえで待つ事にした。

 

 駒次郎がすぐにも折り返して来るだろう。

 あいつも街道の出入り口に何か目印でも付けているだろうか。

 

 忍びは、曲がり角や入り口の手前に目印を置くクセがあるはず。

 必ずしもではないか。

 仲間がいる時の繋ぎとかに使うんだったな。

 俺は、成り切るために真似事をしていてクセになっただけだが。


 前方に意識を集中した。


 うん、駒次郎の足音が聞こえてくる。


 俺はふと思った、駒次郎はどんな目印を置くんだろうな……。

 そうじゃない、俺……置石を回収していないよ。

 そこの出口にまだあるのなら、駒次郎が気づかないワケないよな。


 あわわわ、わっ!

 目の前に駒次郎が現れた!



「葵の御紋にちなんで、石を三つ巴に置いたんだ。

 それが、置いてあるってことは……」



 やばいっ!!


 まずい、まずいっ!


 いますぐ引き返して、回収しなきゃ!

 いやもう遅いわ、駒次郎が正面に来てるし。



「あの方だよ、あの方が傍にいるんだよ。こんなところによ。

 参拝客なんて一人もすれ違った覚えはないぞ、だから絶対にあの方に違いない」


 

 駒次郎がまたぶつくさ言いながらこっちへ来る。



「くっそー!」



 なんで俺はこんなに抜けてんだよ。


 俺は顔をすかさず腕で覆って、身をひるがえした。

 木の陰に隠れた。

 焦るあまり、思わず逃げてしまった。


 そんなもの見つかったって、白を切れば良いものを。



「──誰だッッ!?」



 駒次郎に見つかった!

 反射的に木の陰を転々とした。

 なぜ俺は隠れてしまったんだ。

 身体をひねり、また飛びのく所だった。


 なんでだ。

 

 なんでこの身体はこんなに俊敏なんだよ。

 ヤバいと思った瞬間、無意識に隠れようと身体が勝手に動くみたいだ。

 忍びの身体に染みついた業のようなものか。

 駒次郎もいつか思わず隠れたと言っていたな。

 元の忍者も隠れて生きて来たんだろうな。


 いけない、駒次郎はすでにこちらを不審者扱いしている。


 この場所はたしか、駒次郎の敵対者が潜む所だったっけ。



 ちがう、ちがうんだ!



 ズドドドドド──ドーンッ!!!


 やめてくれっ! その流し素麺だけは!!



 この心の叫びは彼には届かず。


 条件反射という奴で、身を隠すために飛んだことが仇になった。

 祠をぶっこわした忍術を木々の隙間に放って来た!


 敵対者に対する攻撃の手に容赦がなかった。


 会うためにステルスも解いたものだから、技をまともに喰らった。

 今のダメージは少なくはない。

 俺の所在地を今さら隠せない。


 お互い、忍具を持ち合わせていない。

 だから忍術を打ち込んでくるのか。


 

「待って……コマさん……」



 お願い、話を聞いて……コマさん……。

 言いながらも身体は恐怖で背を向けてしまう。

 振り向いて顔を見せたいけど、もう一度喰らったら相当やばいっ!!



 ズザザザザザ──ザーンッ!!!


 

 地を駆ける速度が砂煙をあげて音となる。

 右へ左へと木々の合間を縫うように。

 俺の進行方向に先回りして逃げ道を塞ぐのだ。

 戦いの立ち回り。

 

 彼の方が圧倒的に上手だ。

 俺は徐々に戦う意思を奪われつつあった。

 イシツブテとステルスしかない俺。


 負傷したため、足も取られている!


 目にも止まらぬ速さで俺に到達した彼の手が、俺の首を背後から締め付けるのだ。

 ついに捕まってしまった。


 首筋に激痛が走る!

 喉がまるごと潰れそうだ。

 心拍数が乱れ、胸のドクドクが鳴りやまない。

 一瞬、呼吸が止まった。

 喉は渇きというより絞られた雑巾のように水分が奪われた。

 口の中も焼け付くように痺れる。


 その指先はかぎ爪のようにがっつり首に喰い込む。

 そこから吸血されるように体液を放出しているのだな。

 このままでは首が千切られる。

 なにも戦いの思考が回らなくなってきた。

 その矢先、



「おい、お前っ! 一体どこから湧いて来やがった!?」



 敵を()ルと決めたら一気に間合いを詰める。

 一気に致死を連想させる。何一つ手抜きはしない。

 まるで、敵に施すものは殺意だけだと言わんばかりだ。

 逃げたからには、追われる。非情な世界。


 相手が誰かも確認しないで、こんな……。

 加減を知らないのか? 

 敵じゃなかったらどうするんだ。

 敵でなくても息の根を止めるのか。

 これが闇に生きる者達なのか。

 

 どこから湧いた?

 そうか……忍者の身でも惑わされた場所だ。

 街道以外の出入り口がないということか。


 ここはいま、袋小路みたいになっているから。

 どうやって存在しているのか、と。

 ずっと潜伏し、様子をうかがい、後をつけていたと言う事を悟り、訊いているんだな。



「…その身のこなし、どこの忍びだ!?」



 この屈強の彼をこれまで無条件で監視下に置いていたということになる。


 その本性を隠していた彼の憤りは半端ない。


 返事をしたくても息が苦しくて、とても声が出せる状況ではない。

 頼む、駒次郎……その手を弛めてくれないか。

 誤解なんだよ。


 誤解なんだよ……。


 意識が……遠のいていく。

 駄目だ。

 このままでは……俺は。


 



 まったく間の悪いやつだな俺は。


 置石のことを忘れていて、こんな時に思い出してしまうとは……な。


 彼の右手が俺の首根っこを背後から絞め、その左手は前方に。

 俺の胸元に絡みついている。

 途轍もなく強い力で。


 目に映っていた青い空に墨汁でもこぼしたように、視界が塞がれていった。


 無念だ。


 

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