054 【流しゴマ素麺!】
コマさん……。
声を漏らすことができないほど至近距離にいる。
声どころか吐息すら聞かせられない。
ステルスのお陰か。
幸いなことに呼吸音程度はこの能力に含まれていて助けられている。
俺はいま、木々の合間をただよう風のような存在でいる。
しかし、駒次郎のやつ。
てっきり神社の境内に行くものとばかり思っていたが。
行かなかった。
それどころか俺の身体の真下にある、例の祠の扉を開こうと必死である。
ガタガタと音が聞こえる。
その音は俺の忍びの聴力が耳の奥に収音しているだけだが。
障子を張った木製の扉だが、すこし叩いたって破けたりはしないほど頑丈だ。
駒次郎がなんとかこじ開けようと力んでいるのが伝わって来る。
祠の観音開きの戸の取っ手をつかんで揺らしているが、ビクともしない。
彼は、苛立ちを抑えきれずに何度も声を上げる。
「くっそー!」
彼がそこに手を掛けるとは思っておらず、初めはビビった。
だけどその声を聞けて、ホッとしている。
「……なんで、なんで開いてくれないんだよ!」
なんで、なんで、そんなにそこに執着するんだよ。
こっちはそれが知りたい。
「ちっ!」
いま舌打ちが聴こえた。
相当、イラついているようだ。
「くそっ。こういう建付けが悪い小堂だからこそ、誰も近寄らないわけだし……」
扉が開かないのは日常的なことだったのか。
祠自体は小さなものだが、その周囲を頑丈に木材で覆っている。
屋根まで付いている。
俺が乗っかってもビクともしない。
とても女神と二人で入っていたとは思えないけど。
扉の奥は外観よりも広い異空間となっていた。
駒次郎のやつ、祠の中に用があるみたいだけど。
なにかを隠したのかもしれない。
俺達が出て来た後は開かないはずだから、そこじゃないよな。
もしそうであるなら、それ以前という線が濃厚か。
でも、お前はきっと任命書を探しに来たんだろ。
仮に自分の隠したものがあるにせよ、俺と再会する前に必要なものってなんだ?
ここから何かを取り出したとすれば、俺の知る所となる可能性もあるのに。
金目の物……いや無いな。
それなら隠して置かなくてもいい。
忍具かな、手裏剣とか。
あり得るけど、そうじゃ無いことを願いたい。
駒次郎がふっと息を吐き、周囲に注意を払う。
指を口に入れて、湿らせている。
ちゅぽっと音を立てて指を口から引き抜いた。
「……あまり時間はかけられないな」
ふと彼が口を開いてそう呟く。
引き抜いた指先を空に向けて目を細めている。
流れる風を指先で感じているのか。
「…グンもおれの帰りがあまりに遅ければ……待ち合わせ場所に向かって歩き出すだろう……」
は?
やっぱりここに来ることを最優先としているな。
俺ならもう傍まで来ているよ。距離にして1m弱。
ということは、時間稼ぎのために俺を一時的に遠ざけたってわけか。
この祠を調べるために。
だがよ。
ここにはお目当てのモノ、もう無いのよ。不思議と。
なにかを隠したのは俺の方だったな。
あれを探しているのなら、諦めるまでは境内に行かないのか。
めんどくさいな、早く立ち去ってくれないか。
その扉はお前じゃ開けられない。
俺でも無理なのに。
びっくりさせんなや。
む!
駒次郎が無言で祠の前から距離を置いていく。
静かに後方へと、後ずさりをした。
まさか俺の存在に勘付いたのか!?
ステルス率なんぼだっけ?
「チィっ! モタモタしているとグンが追い付いて来てしまう…。どうせここは誰も近づいている形跡のない小堂だ──」
えっ?
形跡がない。
完全に俺は気配消しに成功しているってことだな。
「早く立ち去りたいのに、めんどくせぇな…」
俺が煽ったみたいに言わんといてんか。
程なく彼は、
すうっと息を大きく吸い込んだ!?
「こんな寂びれた小堂ひとつ……消し去ってもバチは当たらねェだろうっ!!!」
おいおい!
ウソだろっ!?
なにやら構えだした。
開かぬなら、開くまで待とう……そのつもりはないみたい。
「開錠忍法! 流しゴマ素麺っ!! とくと味わえっ!!!」
胸に吸い込んだ息は思いがけない台詞とともに吐き出された。
どんな表情でそれを言ってるのやら。
あんたホントに俺に気づいてないのだろうな。
力尽くで突破しようと言うのか!
雨も降ってないのに突然無数の水滴が宙に渦巻いて、祠に向かい飛来する。
やばいっ!! 逃げなきゃ!
ズドドドドド──ンッッ!!!
なんてことをしてくれるんだ、駒次郎っ!
こちとら茶団子1人前で間に合ってるよ。
追加注文した憶えはないぞっ、そんなもん!
食いもん粗末にしてる感が、超カッコワルなんだけど。
それにしても、お前が忍術だってぇー!?
やっぱり君はっ!
も……もう疑いようがないね。
今まで弱者のふりをしていたんだな。
詐欺とか嘘つきなんて思わないよ。
君には君の事情があるだろうからね。
それと、
俺も忍者になれた時のために色々と技の名を考えてきたから解る気がする。
開錠って所から察するに、開けゴマ! だろ、それ!
水切りの刃が、祠を補強していた角材などをあっという間に切り刻んで行く!
開錠するつもりなんかねぇだろ。
なんて罰当たりな行為をためらいもなくするんだよ。
素麺は飛んで来てないけど。危うく俺が素麺にされるところだった。
怖いな。
ずぶ濡れだよ。
乱暴だし、逆ギレするタイプの線。的中だったな。
風力も起こされていたようで、まるで局地的な暴風雨のようだった。
とんでもない技を不意に喰らったものだから、祠の裏手の茂みに弾き飛ばされた。
うわっ! い、痛い。
ほぼゼロ距離で喰らってしまった。
いまのは躱しようもなかった。
鬱蒼とした茂みだ。
周囲は草が生い茂っていて程よいクッションになってくれたが。
あいつの技と玉突き衝突した気分だ。
大きな負傷に至らずにすんだ。
ステルス効果も含めて俺は奴に気づかれずに済んだが。
転げてしまった。すぐに態勢を立て直してその場で息を潜めた。
駒次郎は吹き飛んだ祠の前に立ち尽くして、
「ちっ! やり過ぎたか。跡形もなく小堂が崩れてしまったか……」
そりゃ、そうなるだろが!
崩すつもりがないなら、もっと加減しろ。
この、バカチンがっ!
なんのためにそこまでする必要があるのだ?
女神と俺の部屋をどうしてくれるんだよ。
どうやって帰ればいいんだよ。
女神はこのことを感知していないのかな。
あ、
駒次郎がすたこらと歩きだした。
ここはもう諦めたのか。
今度こそ、境内へ行くのだな。
「──おれが芝居小屋を紹介すると…。グン、お前はおれに帰れと言ったな。フンッ、好都合だったよ」
えっ。
また、なにか呟き出したぞ。
ホントに俺の存在に気づいてませんか?
「…どの道、ここはもう1度調べておきたかった。あのとき奴はここで消息を絶った。完全に仕留めたはずだが骸がどこにもない。小堂に隠れたとして虫の息だろうが…」
気づいてないみたいだ。
脇目もふらず歩いている。
いったい何のことだ。
駒次郎…まさかお前、ここで人を殺めたのか?
相手も忍者だったのだろうか。……だろうな。
こんなにスゴいお前が仕留め切れない相手だもんな。
世の中、上には上があるんだな。
どうやら俺の考えが甘かった。
任命書なんかじゃなかったのかもしれない。
もちろん忍具などでもない。
「あいつめ…、あの姿のまま徘徊されては迷惑だ…いまに必ず見つけ出して息の根を止めてやる…」
ひいっ!
また物騒なことを呟いている。
だけど彼には敵対者がいることが明らかになってきた。
駒次郎はあのとき宿に帰った訳じゃなかったんだ。
ここに来てたんだ。
その時は加減して術をぶつけた。
その折に任命書が一緒に飛ばされた可能性が濃厚だな。
お前かよ、その突風忍術であれを紛失させてくれたのは。
駒次郎の足音をしっかり頭に入れ、距離を取りながら後をつける。
この辺りに任命書が転がっているかもしれないというのに。
それの捜索はさて置いて、いまは駒次郎を尾行しなくてはいけない。
ここで付いて行かねば、俺は境内へたどり着く自信がないから。
迷子になりかけたもんな。
まあ、この歳で神社を歩き慣れてるやつもそうは居ないからな。
境内が今後も落ち合う場所になるなら、知っておかなくてはならんし。
「…それより──」
くっ。
思いのほか、駒次郎の足が速い。
すこし早歩きにした。
パキッ。
足元に落ちている枯れ枝を踏んだようだ。
カアァァアアーーッ!
うわっ。
どこからか、カラスの鳴き声が聞こえた。
一瞬そこに気を取られた。
枝を踏みつけた音は、カラスの鳴き声でかき消されたようだ。
駒次郎に距離を置かれたではないか。
「──ミツクニさまの消息もつかめない、急がねば……」
あ、
駒次郎が「急がねば」と言い、また加速した。
待ってくれ。
そんなに急いでも、俺はデートの約束以外は遅刻魔だからな。
俺のほうが後手を引かされているのか。
本物の忍びの登場だ。
そう思うと、ワクワクするはずなのに…。
俺はこんな…どす黒い過去を背負った奴とこれからまた会わなければいけないのか。
なんだか、ゾクゾクしている。
どうする俺?
どうするもこうするも、行かなければあいつの方から探しに来るだろうな。
ポイント稼ぎからは逃げられない。
人助けのノルマが拷問レベルですよ、女神さま。




