005 【昭和の夏】
だが中学生活に入って二年目のこの夏はいつもと違う。
なにかが違うのだ。
小学の間は大目に見てくれたが、中学にもなれば110番通報でもされたか。
そうじゃない。
町の大人たちは、俺のことを可哀そうな子だと噂していた。
何をしでかしていても大抵のことは目をつむる。
やんちゃ、いたずらの方ではないのだ。
気づけば、生まれて初めての奇特な体験に見舞われているではないか。
ああ──そうなのだ。
白いやつが、長文で話しかけて来たんだった。
人の空想と回想の世界に、いきなり割り込み運転で侵入してきやがったんだ。
すこし怖かったが、ほんとに夏祭りの役員という線もある。
空想は俺の勝手で、タイミング悪く話しかけて来ただけかも知れないし。
呪いの木のことは町の者は皆、周知していることだ。
大人は子供が知りもしない所で、子供のことを観察しているものだ。
変わり者の俺と話をしてみたいだけかも知れない。
思い切って訊ねてみた。
「──肝試しの準備役員さんですか?」
おい、30秒は経過したぞ。
まるで誰も居ないかのようだ。
では先ほどの声は何だったのだ。
空耳だったのなら、それでもいい。
目の前を白い身体で、色白の顔で一瞬だったが遮ったんだ。
声が空耳なら、姿は空目かな?
気のせいなら俺は紙芝居のなぞなぞに備えて、糖の補給をしなければな。
本日、2つ目の水飴せんべい。頂きにいきます。
そう思い、腰掛けていた木の枝から、ひょいと飛び降りた。
その高さは2メートル弱だった。
我ながら、身軽だな。
木のてっぺんまで5メートル。それだってお茶の子さいさいだぜ。
ただ行商人の人は、よその町から来ているから「危ないマネをしている子には物を売らないよ」と昔に先輩方が注意を受けていたのを知っているから、ひかえめに登っていた。
枝が2メートルの高さだから、腰掛けていたにせよ、身長150の俺の目線はさらに高い所にあったのだ。
その目線を不意に塞げるとしたら、大人しか居ないじゃないか。
紙芝居のおじさんは、ちびっ子を前に、中学のおっきい子は後ろに行ってと。
中学でも背の低い子は前が良く見えないから、「怪我のないようにしてね」とすこし高い場所にいることを承認してくれているのだ。
この日、木の上に登ったのは俺だけだったんだ。
まったく、目の錯覚なんて体験は生まれて初めてだよ。
あるんだな、そういうことって。幻聴と幻覚が同時に起こるとか……。
『木の精霊でなくて悪いな。だが、やんちゃ坊主という割にはマナーに理解があるんだな。安心したぞ』
うわわわわわわー。
来たよ──っ!!? なんか来たよ──っ!!?
ただいま光化学スモッグ発令中……。
とかのアナウンスじゃないよねえ!!?
やっぱりなんか……おるわ!
この木はもう登らないでおこうか。
そして足早におじさんとこまで行って、水飴せんべいを注文しに行くぞ。
俺の夏を買いに行くんだ。
「夏と駄菓っしんぐ! ガッシングー、ガッシングー、昭和の夏! 俺ショーグン」
俺のテーマとともに俺を止められるやつなど、居て堪るかボケ。