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049 【太陽と月】


「なにかを会得した?」


 不意に駒次郎に尋ねられる。


「え、……いやそのなにが?」

「だっていま、教えたとおりに印を結べたじゃん。綱の印を結んだら、伝家の宝刀ってやつが開眼するんでしょ?」


 だよね。

 俺が知る訳ないんだけど、この人にそれを言ってもしょうがないんだ。


「開眼したのかな……よくわからないや」

「なんだよ頼りねぇな。どんな代物か期待してたのによ。まてよ、感覚がないってことはその……任命書になにか埋め込まれているのではないかな?」


 埋め込まれてるって。

 あの紙にか。

 油紙みたいに。



「ロウかなにかを塗ってあって…火であぶると浮かぶやつ?」

「そうそう、それだよ! 忍者ってのは巻物とかにも細工するじゃない?」

「まあ、そう言われてみればそうだな」


 勘が冴え渡るやつだな、駒次郎は。

 この時代の人々は、そういうもので日常を飾っているのかもしれない。

 当たり前の日常なのかも。


 そういや生前に、うちの爺ちゃんが言っていたっけ。

 そういう勉強の教材は昔の子供の遊び道具のようなものだったと。



「その任命書はいまどこにあるんだ?」



「──ッ!」

 やたらと踏み込んでくるねえ。好奇心旺盛か。



「それね。流出しないようにちゃんと隠してきたよ」

「そうか。悪人が目にしたら、百両なんて大金が忍びの里に余裕で存在していると知ることになるからな。里が無事で済むかわからねぇからな。用心に越したことはねぇな」

「…ああ、そういうことだ」


 忍びの里を甘く見過ぎだ、駒次郎。

 そんな簡単に奇襲ができたり、盗みができたりするもんか。

 俺が無知なのは、昭和の子供だからだよ。


 でも、今回の任務内容を見る限り、盗まれてはいる。

 だがそれは何かのプロ集団だけだろ。

 それこそ、忍者か隠密にちがいない。



「取に行った方がいいんじゃないか?」


 えっ!?


「なんで、そんな時間ないよ。相手がほんとに忍者とかで手練(てだ)れなら、俺みたいな子供が任ぜられると思うか? 俺はそこまで本気にしてはいない」

「その分じゃ、ずいぶんと遠くに隠したようだねぇ」


 なんだかグイっと迫られた感じだ。

 俺の直感が嫌だと即答した。


 なにを言い出すかと思えば、伝家の宝刀にとらわれ過ぎだよ。

 そこは駒次郎の食い入る領域じゃないだろよ。……と思いつつ。嫌なんだよな、勘の冴えるやつってそういうのスラスラと解いてしまうんだ。


 俺より先に謎を紐解かれるのは悔しいから。

 言わないんだ。隠し場所なんて絶対。

 そしてあの紙にそんな秘密があったかもしれないなんて迂闊だったな。


 あれは俺だけの秘密にしておくべきだった。


 しかしこいつ、金に目がくらんで欲に憑りつかれていないよな。

 さっきから物言いが少々荒くなってる気がするんだ。



「危険な任務だから、報酬がべらぼうなんじゃねぇかよ。グンはまだ大人の世界のすごさがわかってないんだな」


 なっ。

 言われるがままだな、俺。

 ふたつ年上だからって、ちくしょう。


「コマさんの言うとおり俺は…世間のことはわかってないかも知れないが、それだと武力を行使したいがための任務になってしまうよ。盗られたものを取り戻すためのお使いでなければ。無事でいろ、いのちを大事にせよ。これが第一の指令なんじゃないかな? 文字は手前にあるものを優先するべきものだろ」


 忍びの任務なのに、温かさを感じる文面だった。

 若者を大事に育てている、そういう里のように思うのだ。


 大枚に目がくらむなら、早死にを意味するのが陰に生きる者のさだめ。

 だが、それだけのことだと言うのなら、その一句だけで良いはずだ。


 情報だけでも良いし、そこにも報酬がある。

 背伸びをしなくても良いということが、うかがえる。


 それに、俺はとくに命を大事にしなければならないんだ。

 二度も、三度も、早死にしてたまるか。


「その読み解き方、正しいのか? 忍者だぜ。厳しい世界だ、貪欲に目覚めろとおれには聴こえるよ。おれはグンみたいに喧嘩は強くないさ。下っ端の忍び達もきっとチカラを求めるはずなんだ。チカラがこの世を支配してるんだよ。与えると言っているのはチカラじゃないか? なのになぜ欲しないんだ…もったいないな…」



 なんだ、なんだ。

 たしかに戦国の世を俺達よりかは体験して来たのかもしれない。

 だけどそれなら、武力は求めないほうが幸せだと痛感していないのか。


 世の中には、二種の人間がいるって爺ちゃんも言っていた。


 泣かなくてもいい選択として、光を求める者と、闇を求める者と。

 どういうことかと尋ねたら、またべつの言い方をしてくれた…。


 太陽と月のような性質。


 多くの者に希望とか勇気を与えようとする者が太陽。

 月は多くの者を視野にいれない。仄暗いから不安定なのだと。

 そのくせ得体の知れないものに心を奪われがち。


 そこに自分だけが知る、「究極の自在」があると信じ込むのだ。

 孤独からの脱却に多くの時間をついやすと己自身の可能性を見限るようになる。


 たしか……そんなようなことを。




 最後の言葉がおそらく、「人知を超えるチカラ」なのだと今わかった気がする。


 チカラに翻弄された者はチカラを求め歩くのだ。

 金に悩まされれば、金を求めるのと同じ。



「コマさん……、目を覚ましてよ。そんなの良くないよ」

 

 気持ちはわかるけど。


「グンが手に取らないなら、俺にくれないか、その忍術?」

「忍者のさだめに生きるなんて、決して楽じゃないんだよ。馬鹿な考え起こさないでよ。そんなことしている場合じゃないよ、バンさんに伝えてくれるんでしょ? ほらほら、いまはお里さん救出のために協力し合おうよ」

 

 店内だけど、パンパンっと柏手を打った。

 彼は「ちぇっ」っと舌打ちをして見せた。


 なに考えているんだ、この人は。

 目の色変えてさ。

 こんな人、本当に居るんだな。ゾッとするよ。



 俺は戦争を知らない子供だから、やっぱりわかりたくないかも。

 

 情報収集の前に盤次郎に打ち明けて、蔵破りを踏みとどまってもらわなきゃ。



 

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