004
それは夏休み目前の週末。
確か、午後だった。学校は休校だった気がする。
暑さのせいかな。
頭がぼんやりとしていた。
今年初めての水飴せんべいを食べ終えた。
所持金は百円で、二十円使ったから残金八十円。あと四回、食えるな。
甘い物は虫歯の原因になるから家ではあまり、ありつけない。
紙芝居のおじさんの売り出し物を親たちは詳しく知らない。
小学生の頃は一日の小遣いが五十円だったが。
中学生になって百円もらえるようになった。
このまま八十円を残し、次の日まで残金を持ちこしても、さらに百円貰えるわけじゃない。
二十円補充されて、これで百円ねってなるだけなのさ。
だからここで使い切らない手はない。
一度に二本も買うと、誰かに告げ口されそうで嫌だ。
それに「食い意地が汚いな貧乏人は」とか悪口も言われそうだし。
金持ちは何も言われない。それが当たり前。
金持ちで世界は成り立っているからな。
もしも忽然と金持ちたちが消えてしまったら。
会社も店も何の利益も上がらなくなる。
税も搾り取ることができない。長く続いた江戸時代ですら簡単に滅びそうだ。
◇
一本目の水飴を口の中で溶かし切って、割りばしだけを口にくわえている。
紙芝居がもう始まっている。
一度読み終わると物語の中から、おじさんがなぞなぞを出題し始めるのだ。
俺はそれを楽しみにしていたのだ。
それまでは適当に聞き流して、子供世界のスイーツでトリップしていればいい。
そんな週末の昼下がりだった。
俺には親しい友人も兄弟もいない。嫌味で意地悪な金持ちの下級生がいるだけだ。
同級生も意地悪な時があるが、教室の中だけだ。
冬は正月の料理と年玉争奪の親戚巡り。
夏はここでこうして小遣いが尽きるまでとどまり、あとは昆虫採集という名分で色んなお宅への忍者訪問の旅を楽しむのだ。
無口の「おし」で通っている俺が、家人に丁寧に挨拶などする訳もない。
蝉が止まって鳴くのは木だけではない。民家の壁にも止まる。
虫網が届かなければ、樋を伝って塀を越えるのだ。
無論、家人に見つかればアウト。説教という名の牢へ入れられるが。
これまでもそうして来たし、これからも少年時代が終わるまでそうして行く。
その平凡な暮らしの繰り返しをするのが世界の片隅に生まれた俺なのだ。