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 百両とか、伝家の宝刀とか色々興味をそそられたけど。

 結局、忍びの里へ戻ったときの報酬のようだし。

 そうなれば任務は打ち切られて、外へは出られなくなってしまう。


 里忍にはそういう縛りがあったっけ。

 女神の配慮で任務を受注状態にしてもらっていたんだ。

 その支度金の三両だけ有難く使わせてもらおう。


 猫糞(ねこばば)じゃなかったのは何よりだ。

 ちょっと後ろめたい気持ちがあったからな。



 しかし凄いことが判明した。



 忍者の俺は、綱隠れの里出身のサスケ。

 仮初の薬売りがグン。ここは何とでも名乗れるということだ。


 つまり、ジョブチェンジというのは、この江戸世界の住人の誰かにチェンジするってことらしい。


 俺の脳裏に素朴な疑問が浮かびあがる。


 厳密には誰かにチェンジ、ではなく。

 誰かとチェンジしているのだろう。

 それが練習での転生という経験なのかもしれない。


 それなら、その誰かは今どこにいて、何をしているんだ。

 いやもちろん忍者のサスケはここに居て、俺がその役を務めている。



 そういや、そんな説明だったな。役を演じるという意味も含むと。



 仮に俺が町の子供とかを選んでいたら、サスケは別人で存在していて、もしかしたら出くわしていたんだろうか。

 そのサスケは子供の俺の味方になってくれたりは……そんなはずないよな。


 出会っていようと、出会っていまいと、サスケはこの任務を遂行するために里の外にいるわけだから。いまの俺はちがう目的だけどな。

 

 俺は次も、その次も忍者で行くつもりだ。

 ほかの役なんかやりたくない。


 駒次郎たちを見ていれば分かるじゃないか。

 財も地位もない町人なんか、みじめなものだ。

 貧困層になるのはもう、うんざりだ。


 でも次の忍者もこのサスケなんだろうか。

 俺が初心者だから抜け忍は無理だといって、こうしてくれたんだ。

 次が経験者という認定なら、同じ条件では開始しないのかも。



 どの道、忍びの里なんかに寄っていたら、ポイントは稼げないしな。



 3日間の滞在対象となるのは宿場町とその周辺だった筈だ。

 町の傍に忍びの里なんてないだろうし。行って出してもらえなかったら詰むし。

 どんな忍者でもべつに良いんだけど。


 名乗る名前が変わらないのに、人だけ変わるのってややこしい。


 まあ祠に戻ったら、女神に訊いて見るか……教えてくれるかな、あいつ。

 そのときは同じ忍者でなければ混乱すると、駄々でもこねて見るか。


 とにかく今は、盤次郎たちの愚行をどうするかだ。




 ◇



 

 部屋で少しの間、物思いに更けていると声が聴こえて来た。

 俺の部屋は宿の入り口から割と近い。

 だが騒動でも起きない限り、人の声が気になるということはなかった。


 俺は、天井裏にいつでも飛び上がる態勢を整えて。


 その上で耳の奥に神経を注いだ。

 それは部屋のすぐ外の廊下や、庭先からの声ではなかった。


「どうも玄関先が賑わいでいるようだ。この声は…まさかあいつらか」


 複数人の聞き覚えのある声が届いていた。


 街道で駒次郎に絡んできたあのヤクザ者たちだ。

 店に難癖(なんくせ)をつけているようだが。

 おっと、それに応対する店番たちに紛れて、盤次郎の声が聴こえる。



『親分さん、店先で大声を出されたら困ります。証文の代金のことは奉行所で取り行う決まりでしたよね、お忘れですか?』



 落ち着いた口調で諭しているぞ。


 そうか。

 

 盤次郎とあいつらは役所で話し合ったと言っていたな。

 初対面じゃないから会話が遠まわしじゃないんだな。

 これって店の人たちは周知しているってことになるのか。

 いや、もっとも駒次郎とお里の件だけだろうけど。


 それじゃあ、もともと駒次郎が宿にいる可能性は知られているってわけだ。

 兄の居場所は役所にも届けでているはずだからな。


 気づくのが遅いけど、そういうことね。

 俺をこの宿に誘導したのは。

 まんまと宿の用心棒にでも据えられたってところかな。


 だけど幸いにも駒次郎は今、宿を留守にしている。

 もうすぐ戻って来るのかもしれない。

 証文の代金を支払うことで駒次郎が解放される?


「うん? コマさんと出会ったときは鉱山から逃げて来たときでしょ。つまり脱走。で、ゴロツキたちは今ここにコマさんがいないかと押し寄せてきた…」


 だけど今の会話からも、もう少し前に役人に訴えていて、契約を踏んだ証文を買い取るだけで良いという話になっているんだよな。

 その時点で駒次郎が解放されていないことも不自然だが、盤次郎は駒次郎を引き取りにも来ていないよな。



 俺達がここに着いたときも、奥で薪を割っていたんだろ。



 役人が鉱山まで向かい、駒次郎の保護に当たっていても良いはずなのに。

 役人の姿なんてなかったぞ。

 それどころか駒次郎は痛い目に遭っていた。


 なにか腑に落ちない。

 どこかにズレがあるように思うのだが。

 この時代を生きてこなかった俺の思い過ごしだろうか。


 盤次郎は、俺に駒次郎の逃亡の手助けをしたことを感謝した。

 それは戻って来た駒次郎に聞いたのだろうけど。

 感謝感激だったかと言えば、それほどでもない気がする。


 俺と駒次郎が訪ねたときも、気配か足音で人が来るのを知っていたように、先に物静かな会釈を見せてくれた。

 盤次郎は武人かもしれない。気を付けねばならない。

 冷静すぎるっていうか……心配じゃないのか。


「その間も、おそらく金蔵破りの調査をしていたんだな」


 余程、お里さんの救済に固執しているようだな。

 恋人じゃないけど大切な存在なんだな。


 ゴロツキたちも証文が有効な以上は、駒次郎をこき使う権利を持っているから。

 弟の駒次郎が殺されることは、まず無いという観点が生じる。

 野生の証明みたいな人生を送っているんだな、この人たち。


 そのうえ、役人はヤクザ金融の言いなりな部分があるから。

 対応がずさんで、ひでぇな。

   

「そろそろコマさんが戻って来る頃合いだ」


 駒次郎が店先でゴロツキと鉢合わせることはないよな。

 あいつらは遠めに見えてもド派手でガラの悪い連中だ。

 誰の視界にも入りやすい、目の毒みたいな奴らだ。


 道行く人々の顔色も曇っていくからきっと気づく。



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