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034


 駒次郎が紹介してくれた、アヒルノ旅籠に到着したのが正午。

 彼がそうだと教えてくれた。

 すぐ食事にして、入浴して、40分。ごろ寝10分、駒次郎の事情聴きとりに5分。

 

 現時点での、PLAY TIME 01:55:00


 これからは、プレイタイムで時間帯を把握していこう。

 宿に着いた時に1時間だったから、今は12時55分ということ。


 さて夕飯までにやっておくことがある。

 だらだらと時間を無駄にできない。まだポイントが必要だから。

 何をすべきなのかが俺自身よくわからない。

 手掛かりを探そうと思う。


 手掛かりというのは、例のゴロツキたちと旅籠に奉公している駒次郎の兄、それと駒次郎の家にあたる長屋だ。長屋のほうには今行くべきではない。


 ゴロツキたちに遭遇すると、戦いに成り兼ねない。

 恨みを買っているから俺自体を徹底的に痛めつけようとするだろうし。

 2人で行動を共にするのが安全なのだから、実家に行く選択はなしで。


 となれば、兄に会わせてもらって話を聞いてみようと思う。

 駒次郎にその旨を伝えると、兄は奉公人の身で持ち場を勝手に離れられないから、そこに足を運んでくれという。



 ◇



「ご足労をかけます」


 駒次郎に(ねぎら)われながら兄のいる宿の裏庭へと足を運ぶ。

 ご足労というほどの距離ではない。


 薪割りをしている若者がいる。

 わりと大人で、真面目そうな青年だ。


「──さきほど話をしていたグンを連れてきたよ」


 駒次郎が作業中の兄にそう声を掛けると。

 足音で気づいていたのか、こちらを見て会釈をしてくれた。


「なにもお構いはできませんが──」

 

 軽装だが、着物の上を腰元でむすび、上半裸で汗を流している。

 筋肉は隆々としていて小麦色に焼けていた。

 一目でそこに男らしさと力強さを感じた。


「はじめまして兄の盤次郎です。弟の逃亡を助けて頂いたそうで」


 兄は、バンジロウ。弟はコマジロウ。

 町民なのに堅苦しい名前だな、どっちも。

 盤と駒……親が将棋好きなのかな。


「どうも。バンさんでいいですかな。その……状況を知りたいんですけど」


 仕事中だから、盤次郎の手は休まず動いている。

 カツン。カツン。


「お里のことで駒次郎が大変な目に遭い、その救出にもお金がかかるため、こうして日夜、身を粉にして働いています」


 右手に鉈を持ち、軽快なリズムで薪を割る。

 カツン。カツンと音が裏庭に響く。


 盤次郎は手元に目をやりながら。


「これで安心とはいかないですよね? 契約を踏んで逃げてきたのだから」

「ええまあ。このままここに長居もできないですね。ヤクザはしつこいし、見つかっても解消できる手立てがあれば別だけど」


 今更、逃げてきたことが仇になって親兄弟に迷惑が掛からないか、不安な表情を浮かべる駒次郎。

 

「バンさん、単刀直入に聞きます。お金しか解決法はないのですか? 訴えることで解決はできませんか」


 いくら何でも、役人の力無くして丸くは収まらない気がする。

 ヤクザは人の骨の髄までしゃぶるのが生き甲斐のような連中だ。


「事情だけでも知ってもらって、知恵を借りることはできませんか」

「たしかに酷い話ではあるからね。状況が状況ですし、駒次郎はまだ子供ですし。でもすでに訴えでたんですが、証文があるため、それだけでも買い取れば引っ込みをつけると役人に詰め寄ったようです」


「詰め寄った?」


 役人が詰め寄られるのか。ヤクザごときに。


「お役人にも色々いて、泣き所があるようなのです」

「それは……役人も金を借りるからってことですか?」


 俺の問い返しに、盤次郎はコクリと肯いた。


「ヤクザ者から金を借りるって普通じゃないな」

「グン。金を借りたら、そういう奴らだったってこともあるからね」


 なるほどね、そういう経緯もあるか。

 取引に応じるしかない所にすでに持ち込まれた状態か。

 結局、金銭面じゃないか。

 薪割りって儲からないよな。たぶん。下働きだもんな。


「その証文の代金はいくらですか?」

「それは3両になります。働けば何とかなるかと」


 そうか。

 さすがに役人を相手にどぎつい条件を付き出しはしないか。

 だが、どこまでも金に汚いことに変わりはない。

 違法労働としてすんなり解放させてやれないのかよ。


「コマさん、つらいだろうけどお里ちゃんは諦めて、自分のことを考えないか」


 駒次郎に現状に目を向けて、自分を大事にしてほしいと言ったつもりだが。


「諦めるなんて、できないですね!」


 え、なんで兄の盤次郎が語気を強めていうの?


「バンさん……? それは七十五両を意味するんですよ!? 本気ですか!」

「つい興奮してしまって、すまない」

「もしかして、お里ちゃんを好いているのはバンさんですか?」

「い、いや。ただの幼馴染ですよ」


 え、2人とも同じことを言うんだね。

 なんで?


「お里ちゃんって、おいくつでしたっけ?」

「十六です」

「コマさんとおないか。年頃だよな。なぜそんなにその娘さんに執着するんですか? お二人とも恋心を抱いてはいないのに」

「助けなければならないんだ。あの子を……どうしても」


 2人の顔が急に曇った。

 理由を聞かせてはもらえないかと、すこし踏み込むと「ただの幼馴染」だという。


 これは駒次郎も兄も、何かを抱えているのは間違いないな。

 それが何かは、まだわからない。

 幼馴染を、赤の他人と割り切った考えを改めなければいけないのかも。



 うん……なんだ?

 こんな昼間に、鈴虫でも鳴いたか。

 どこからか、リンリンと涼し気でちいさな音がした。


「ちょっとごめん。旦那さんが呼んでいらっしゃるようで。席を外しますよ」


 誰かが知らせに来た様子はなかった。

 奥からの合図だったのかな。

 盤次郎が言いながら、勝手口のほうへ足を運んでいく。


 汗だくで暑いのに、着物を羽織って。

 上裸では、さすがに不都合が生じるか。

 呼び出しなら仕方ない、すこし待つかと切り株に腰掛けると。


「グ、グンはどうして……」

「え?」

 

 焦り口調で、駒次郎が尋ねてきた。兄の姿を目で追う俺の視線をまるで遮るように。


「どうして、ここまで親切にしてくれるの?」


 警戒されている……のか。

 あまり隠すと為にならないかなと思い。


「じつは親が亡くなったばかりでね、たいして親孝行ができなかったから。代わりに困っている人の助けになる旅をしようって決めたんだ」


 亡くなったのは俺のほうだけどな。


「そ、そうか。健気なんだな」

「ありがとう。お節介かもしれないけど何か手伝えることはないかと思ってね」


 駒次郎は相好を崩した。


『……もしもし、お里か。周囲に気を付けろ。身請け金はかならず何とかするから……いま宿屋の蔵に潜り込めないか調べているから……』

 


 駒次郎に健気といわれて、気持ちが和らいだ。

 互いに、風呂に浸かったときの笑顔に出会えたみたいに。


 だが、また急に忍者の聴力が働いて、耳をかすめるんだ。


 なんだ、この会話は?

 しかも……まさかの盤次郎の声じゃないか!?

 

 

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