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118 【お里と左内】


 グンが左内の診療所から出て行った。

 お里は玄関先に急ぎ足で向かい、玄関先に塩をまいた。


「あのバカ……」


 期待に添えられなかったグンにいったのか。

 室内に戻ると「換気をしておきますね」と左内を気遣った。

 グンの下品な振る舞いで院内の空気が淀んだと小窓を開けに走る。

 外から涼し気な風が部屋の中へ流れ込んだ。

 新鮮な空気を吸い込んで呼吸を整えるお里は、左内のつぶやきに振り返る。


「あの者は本当に読めぬな……」

「先生……」


 それは左内の独りごとだったのかもしれないが。

 お里が左内の傍にきて、残念そうな言葉に添うようにいった。


「本当の幽霊だったりしませんか?」


 左内は目を見開き返事をした。


「それはないだろう。彼には実体があった。君も介抱をしたのだから分かっているだろう」

「でも先生……。いったいどうしてなのですか? まさか先生の霊能力が及ばなかったというのですか」

「わからぬ……」


『ミャアァ……』


 飼い猫を抱きかかえ、頭を撫でながら左内は沈むようにいった。


「私の能力で胸の内や人体の異常を読み取れぬ者がこれまでには居なかった…」

「ええ。その点についてはわたしも不思議で仕方ありません」

「幼いコマジロウを連れてこの町にやってきた折の弥彦と志乃が忍者であることは見えていたが、眠り病というあの子の正体が判らぬことには正直驚いたよ」

「先生はあのときからコマちゃんに(いた)く興味を寄せておられましたね」

「……ああ」



 医者として看病や治療をする目的ではなく、得体の知れない駒次郎の身体に興味を持って居たようだ。


 そればかりか初見で忍者の素性を計り知る霊能力とやらはどうやら本物のようである。

 それらを疑うこともなく当たり前のように七歳のお里もその聞き手になっている。

 グンの前で振舞っていた子供の口調は一切見受けられない。



「弥彦さんとお志乃さんの正体はあっさりとわかったのに、『コマちゃんの過去が見えない』とあの時もおっしゃってましたね」


 この二人、グンの無能さに愛想をつかしたわけではなかったようだ。

 とくに左内のほうがグンに余程の興味を持っているのがわかる。


「幼い子だからといえども過去はある。真にあの夫妻から生まれて来たのかと」

「その答えは弥彦さんたちを診て導き出されたのですね?」

「そうだ……」

「先生にそのように打ち明けられたとき、わたしも驚いたのを覚えています」


 駒次郎は弥彦と志乃の実の子ではないということをこの二人はすでに知っていた。

 弥彦が忍者で仮初の夫婦であることも。

 その弥彦達の内面に霊能力で迫り、訳ありの家族であることを知ったのだが、そこまではこの時代にどこにでもあるような事情の家族構成であった。

 だが眠り続ける駒次郎をその霊能力で覗き視た際に、左内は生まれて初めての経験をさせられたというのだ。


「でも先生、そんな家庭は世にいくらでもいるし、元忍者の方ならなおさら…」

「お前の言う通り、訳ありの家庭など私はいくらでも見て来た。ゆえに問うつもりなどなかったのだが。駒次郎坊を診察したとき、私を震撼させる存在があることに気づかされたのだ!」


 高貴な者を気取っていた左内が苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。


 目を覚ました彼と話せるようなら、疑いを持たれないよう連れてくるように。

 自分は左内の言う通りに致しましたとお里が左内に向けて、つぶやいた。


「あのときと結果は変わりないのですか?」

「あぁ。話をしてみても一向に正体がつかめなかった。何者かが判らぬ私の不安は誰にも理解出来ぬであろうな」

「先生……ふつうの人は目の前にいる人の素性などを目で見ただけで判らないものなんですよ。生まれつき霊能力があった先生には痛手でしたでしょうが」

「素性だけではない。なんの病なのかも見えていた。原因も、対処法も見えて完治させてきた。それなのにあのような者が目の前にいるだけで私は無性に無力感を覚えてならないのだ!」

「左内先生……大丈夫ですか。彼のいうことが真実なら本当に女神という方がそばにいるということでしょうか?」


 すっかり落ち込んでいた左内だったが、お里の疑問点に目を見開く。


「女神……。海を渡った遠い国なら存在するかもしれないが。この国にその存在を確認した記録はないし、私の記憶にもこれまで一度もなかった」

「そういえば、さっきグンは異国の言葉を使っていましたよ!」


 お里は、グンはずっと眠っていたから他者との接触がなく言葉を教わる機会がなかったとしたうえで、そう進言した。

 お里がよい指摘をしたようで、左内はお里の目をぐっと見る。


「確かに君の言う通りだな。天下の名医たる私としたことが」

「先生、その意気です!」


 いつもの自信に満ちた左内の顔を見たお里はいった。


「先生、例の神童探しは置いておき、あの子を見張ってみてはどうですか?」

「うむ。異国の者なら長居はしないだろうし。女神とやらが真実に現れたら利用できるかもしれんな。よし、それは君に任せよう」

「はい、承りました」


 再び、グンの動向を見張ることにしたようだ。

 その役目も再びお里が担うようだ。


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