117 【身の程知らず】
暗号解読の話が全部デタラメだといったのか。
時間のない俺をこんな茶番に付き合わせて、とことん虚仮にしやがって。
途中、途中で棘のある言葉が目立つとは思っていたが。
「ゆ、ゆるせない……」
だったら俺をここに連れ出さなければ良いだけだろ。
誘ったのはお前だというのに。
悔しさのあまり、目頭が熱くなってくる。
お里、お前のために苦労をしているというのに。
罠に嵌めるようなことしやがって。
見たこともないクソ女だな。
「少しは世間の怖さを知りなさいよ」
「…………おまえらの方こそ、いったい何様のつもりだよ」
「あなたには親の愛がわからないのね? いままで苦労もせずグースカと眠りこけていただけの子供のあなたが本気で実質神様と崇められている先生と対等に知恵比べでもできるつもりで居る様だけど」
「なぜ、俺をそこまで試さなきゃならんのだ? お前が連れて来たんだろ。だいたいそこのお前は何なのだ。良い大人が子供の口車に乗せられて一緒になって悪趣味が過ぎるぞ、左内!」
お里という子供の物言いも気に入らんが、左内はもっと気に喰わん。
涼しい顔をしてお高く留まっている左内を睨みつけた。
「なんて口が悪いの! 左内先生を呼び捨てにするなんて。先生、申し訳ありません。こんな礼儀知らずの恩知らずだとは思わずに。──長く眠りにつく子が目覚めたとき突然神がかりな才能を開花させることがあると古くからの言い伝えがこの界隈にあったから。わたしはグンがそれだと思っただけよ」
言い伝えだ?
どうせ迷信だろ、そんなもん。
それに礼儀知らずはともかく、恩知らずとは何のことだ。
看病といってもこの身体はもともと影だからな。
人の子だと信じて一生懸命に診察や看病をした気になっていたんだな。
駒次郎を眠らせていたのは弥彦の術だよ、ばーか。
そこに俺がインしたから俺として目覚めただけだ、まぬけ。
それをテメェの手柄だと完全に勘違いしてやがる。
お前らの都合で俺を試したかっただけじゃねぇかよ。
「一体何のためにそんな子供を探さなきゃならんのだ?」
「それは左内先生の……」
「お里、待ちなさい。この子が期待外れだと判ったので、そこまでです」
「はい先生、すみません」
はあ?
なんだこいつら?
何かを言いかけたお里の言葉を制した左内。
その言葉は侮辱罪に等しいぞ。
「お前ら気は確かか? ここまで好き勝手しておいて今更何の為だったかを打ち明けないつもりかよ?」
「それについては申し訳ない。だが君では話にならない。詳細を打ち明けるつもりはない。君の身に危険が迫らないとも限らない、どうか理解し許してほしい」
「わかったよ……もうお前らを頼ることはない。だから、お前らも二度と俺に近づいて来るな! 俺を頼って来るなよ! もしも……」
「そんなこと頼まれなくても分かってるわよ、能無しくんが。パパ、ママなんて外来語わたしだって知ってたわよ。自惚れないでよね」
「なっ……!」
なんだと!?
外国語がそんなに早く日本に入って来ていたなんて。
いや勉強のできる優秀なやつも割といても不思議では無いか。
関孝和のことを考えれば、国語に長けたやつもいるだろうし。
左内が俺の言いかけの言葉を拾い、訊ねた。
「もしも、なにかね?」
「もしも頼ってくるようなことがあれば、そのときは左内、俺をショウグンと呼ばせるからな! ご自慢の頭でよく覚えておけ!」
「……たいした自信ですねぇ。覚えておきましょう」
「なによ。まだ自分が神がかりの子だと言い張るつもりでいるの? 身の程知らずのあなたに先生が頼ることなんてあるはずないけど、もしそうなったらわたし召使いになってあげる! その足りない脳みそで覚えておけるかしら」
「2人とも、吐いた唾飲むんじゃねぇぞ!」
「なんて汚い言葉をつかうのよ。そんなに元気を取り戻したならもう先生の診察はいらないね。あ、そうそう。おばちゃんとの約束だからご飯だけは食べさせてあげるから。ちゃんと家に通ってくるのよ」
絶対に許さねえ。
必ず泣いて、ひざまずく日がくる、覚悟していろよ。
「ああ、それと。これ、世話になったお礼だ!」
俺はとっておきの「お茶とおむすびのセット」を左内の目の前に置いた。
高級感漂う絶品のおむすびの香りに小鼻をひくひくさせる2人。
「これはなんとも良い匂いがする。おお、おむすびか。どれどれ」
さあ食って見ろ。
たちまち犬とキジの出来上がりだ。
「ミケや、こっちにおいで。さあお食べ」
おいマテ。
飼い猫が現れたぞ。
そして左内が手にしていた俺のおむすびに向かって飛び掛かってきた。
ああ。食わせてしまいやがった。
「あなた、そんなものどこで調達してきたの? わかったわ、バンさんに手土産をもらったのね。もらいものをお礼だといって差し出す品の無さ。無能にも程があるでしょ。そんなものを高貴な左内先生が口にするわけないじゃないの」
無能、無能と言いたい放題言って居られるのも今のうちだ。
いまは堪えておいてやる。
「それじゃ、俺帰ってもいいかな?」
「どうぞお帰り下さい。もう迷子にならないでよ」
「おい女神、帰りに逢いに行くから準備を頼む!」──【女神エンジン】!
左内の目を見据えて薄笑みを浮かべる。
俺はそう唱えると2人に背を向けた。
お里が蔑みの言葉を俺の背中に浴びせてくる。
「なによ強がって神様まで呼び捨てにしますか? 最低ね」
「俺は俺の女神と組むことにした。それだけだ」
『困ったことがあれば、いつでも私に逢いに来い』
例の「出会い系」のやつだ。
ゲームの中で唯一女神に逢えるイベントらしい。
試しに使ってみるか。




