115 【綱の印】
左内が里の場所の特定をしようといった。
智慧を絞って探れないかを試みようというのだ。
なんとも頼もしいな。
俺はじっと左内の次の言葉を待つ。
「グン。きみはこの「綱の印」についてどう考えてきたんだい?」
「おっ! それな。忍びの印を結ぶという仕草っていうの? 儀式っていうの? それだと思うんだけど。見てて、おれ知ってるから……こうして、こうかな。そんでもって、こう」
自慢げに駒次郎に教わった印の結び方をやって見せた。
でもこれ何の効果も得られていなかったんだよな。
うん?
左内が冷ややかな目でじっと見つめてくる。
「これで合っているかは知らないよ。印といえば印結びでしょ」
「でもグン。印を結べとはどこにも書いてないのよね」
「は?」
確かに謎解きが優れていらっしゃるのは認めるけど。
綱の印を持ってその身に開眼せよ!
だぜ。
「忍術の解放をして更なる強力な技を体得するんじゃないかな」
伝家の宝刀ってやつだぜ。
「まあそうかもしれぬが。きみは記憶に自信がないのになぜそうも断言するのかね?」
いや、あんたがどう思うかを俺に聞いてきたんじゃんかよ。
なにか意味深な物言いが引っ掛かるが。
「どう考えてきたのかというのなら……ね?」
「そこなのだが。こう捉えてみてくれ。これまでも文章に隠された暗号で探求をしてきたので、その方向で謎解きをしようではないか」
「そう言われてもなぁ。おれ、そういうの……チョー苦手なんだよな」
「ちょーって、なんなのよ! 左内先生に失礼よ!」
「まぁまぁ、お里や。大目に見て上げなさい。相手は幼い子供なのだから。
──では「綱」は置いておこうか。
「印」といえば何を思い浮かべるか。きみの心当たりを知りたいのだよ」
心当たり……だから印結びだよ。
「綱を取っちゃうの? 印だけで考えるのか?」
印だけというと、しるし。
しるしというとあの置石のことか?
印籠か?
いやなんでやねん!
それは俺が外部から持ち込んだ物だ。
言わなくて良いことは極力伏せておくんだ。
なら、印鑑か?
判と呼ぶのかな、この時代は。
「あの……心当たりで言うなら「判」のことでしょうか?」
「ほう、悪くないね。では「判」からは何を思い浮かべるのかね?」
「そんなもん名前しかないでしょ!」
「そうよね! ちゃんとわかってるじゃない」
正解なのか。
「名だとするのなら誰の名か?」
「誰の……って。そんなこと書いてないじゃん」
「書いてあるわよ」
「どこにさ?」
「印がひとの名だとするなら、記してあるのは「綱賀天内」しかないわね!」
うわっ!
まじか。
「書いてあるわよ、グンは漢字が苦手なんです先生。いじめないであげて」
やかましいわっ!
くっそ。
「まじかー!」
綱賀天内のことなのかよ。
そんでどうすんだよ。
「天内さんはもう居ないんですよ? 本当に合っています?」
「いらっしゃらないのは、もともとじゃないのよ」
「なにがだ?」
「じゃあ聞くけど、グンは天内さんと面識あるのね?」
「ねぇよ!」
「それならご健在かどうかは問題ないのよね。ほんとお馬鹿よねー?」
くっそ。
なんでさっきから挑発めいた言葉遣いをしてくるか。
腹の立つメスガキが。
それに大人の左内まで俺を子ども扱いしやがって。
ここに女神がいないからって見た目で、下に見てるんだな。
知恵比べで優位に立っているから、まじで見下してんのか。
さっきまで神様の後ろ盾にひれ伏していたくせによ。
ちっ!
「それじゃ、それをどうするのですか? 左内先生さま!」
おだてて心をくすぐってやる。
「あっはっは。いじめてなどいませんし、回りくどいことも言いませんよ」
「教えてください! 左内先生さまだけが頼りなんですぅ」
ええい、子供の振りー。
先生呼ばわりで持ち上げるとすぐ優しくしてくださるのな。
わかりやすいわ。
「いいですか。綱隠れの里、里長 綱賀天内とありますね?」
「はい」
「この名を使うということは、名はどうなります?」
「へ? どうなるとはどういうことですか?」
「ねぇグン。お金を使うとどうなるか知ってるかな?」
「なにいってるんだよお里は、減るに決まってんじゃんかよ!」
「綱の印とは「天内」のことです。印をもって解き放つとは。「もって」は用いて。「解き放つ」は消費の意味になります」
え、それじゃあ。
金の消費とおんなじ?
なくなるってことでいいの?
「名が消えるのですか?」
「ええ、正確には「消える」ではなく。「隠す」になります」
「う、うん」
ほわい?
「綱隠れの里長ではなく、『綱隠れの里、里長 綱賀天内』です。これまでもふたつあるものは隠してきましたね。「綱」と「里」がふたつあるので隠します。
すると。
『隠れの 長 賀 天内』となります。天内は消費したので隠します。
そして。
『がくれの おさ が』と、残るのはこれ。
「がくれ」とは月のない夜を意味します。暗夜といいます。
暗夜というのは隠れてひとが誰かと会う、ということを意味する場合がある。
グンとお里はまだ子供ですがお話します。
この意味の暗夜は「暗宿」の示唆と考えられます」
え、その暗宿ってなにさ。
暗宿──【女神エンジン】!
ピピッ!
売春宿の意。
☆
「ええ! 待って。それってまさか……遊郭のことですか?」
左内は静かに頷いた。
まじかー。
「それじゃ、残った「おさ」「が」はなんですか?」
「が、のほうはあまり意味はないでしょう。「おさ」に大きな意味があるはずです」
「先生、それって回りくどくないですか。早くおしえてよ!」
「どうやらグンは逢引の経験はないようですね。「誰かと誰かが麦畑」です。
つまり、「おさ」が。の部分は「おさ」とだれか「が」でしょうね」
ええい、じれったいな。
おや、お里が挙手をした。
「左内先生、わたし、解っちゃいました!」
「なんだと!?」
「では、答えてあげて下さい」
「おさ・と、だれか。なので、「おさ」は「おさと」を暗示しているのです。
だって里の字が消えても長の字が残るのでそこに居るのはおさと。
そして「長と」「が」だれかと、続けて読むと「おさとがだれか」とこの書は伝えていると思います」
「なんだってー!」
おさは「おさと」……逢引。
まさに遊郭に「おさと」がいる。
「お里ではなく、長と。に、任命書が逢引のための恋文とでも言うのですか?」
左内は静かに微笑みながら頷いた。
忍者の任命書が恋文?
ていうか、綱隠れの里の場所は遊郭だといっているのか。
お前ら、気は確かか。
忍びの里…………忍んで会うから、逢引。
まじで言ってんのかよ、それ。
そろばんと大砲の期待はどこいったー!




