101 【もうひとりの分身】
お里が俺の身体に触れて、「良かった」と安堵の声をもらした。
その言葉の意味はよくわからない。
コマさんは実在しない分身体であることをいま告げたばかりだ。
そしてそれまでも、物言わぬ病人のような存在。
幼馴染というには程遠く、友達づきあいも皆無だったはずなのに。
「お里ちゃん……良かったとはどういうことなんだ?」
「わたしもバンさんも、もしコマちゃんが元気になって話せるようになったら病の過去なんて気にせず、そのようなこと無かったように振る舞ってあげようねって、いつも話し合ってたから」
ふたりは本当に忍びの者たちではないのか。
近所づきあいの末、この子が病を克服する未来を純粋に祈っていたというのか。
「中身が得体の知れない俺なんかでも、友達だと認めて抱きしめてくれるのか?」
「うん……」
お里が俺の問いかけに素直にうなずく。
「──どんな事情か知らないけどコマちゃんのことをバンさんとふたりで可愛がってきたのは事実なのだから……」
え、本当にただそれだけなのか。
「毎日、次の日目を覚ましたら何を話そうかと相談し合ってた。きっとバンさんも内心は驚いただろうけど、コマちゃんを大切にしたい想いから素知らぬふりをしたのよ」
こうまで言ってくれるのだ、これ以上疑うのは申し訳ないけど。
ふたりともコマさんとはロクに話をしたことがないのだろ。
俺がある日を境に歩き回って話しかけまくってもその驚きや悦びまでも隠して、俺のいうことに合わせるように振る舞うのはそう願って生きて来たからだというのだな。
だが──。
このふたりは自分たちに都合の良い夢を見過ぎていないか。
中身が幽霊のようなものとの解釈をしておきながら何も恐れないというのは無理があるのではないか。
お里と盤次郎は幽霊好きか。
それとも超常現象でも見慣れているのか。
母親たちの接し方も普通だったし。
どういった心構えをして来れば、そこまで屈強でいられるのか。
いや……そもそも。
おかしいのは俺のほうか。
俺がその状態から健常者のように目覚めたというのに、皆のことをふつうに知っていること、覚えていることを疑問視しないのだ。
人の子として看病をして来たから自分たちのことを覚えているのが当たり前。
本当にそんな解釈でよいのか。
俺はいま初めてお里や盤次郎を取り巻く環境の異変にたどり着いた気がするのだ。
盤次郎には過去に一度会っていただけだ。
厳密には9年後の未来にだが。
そのときお里には会えず、どんな人物かを知らなかったわけだ。
親の借金の形に取られた可哀想な町娘。
その幼馴染の盤次郎が必死にお里の救出劇を繰り広げようとしていた。
駒次郎は幼馴染ではあったが、あのように豹変する多重人格の持ち主だ。
何者かに怯え、相手を死に追いやるまで戦う忍びの者の姿だ。
それについては弥彦の分身ゆえに戦いから逃れられない宿命だったのだろうが。
手が付けられないほどに暴走している。
消えない身でありながら戦うことを宿命づけられた存在。
弥彦の記憶から生まれた追われの身であるという自覚があの人格を形成したのか。
こちらに来て見て、得られた情報から2つの疑問が生じている。
1、お里や盤次郎に関する不可解な環境。
2、駒次郎は通常の人間関係を通しておらず、特殊なケースの幼馴染になる。
ツナセの、アヒルノ宿屋で出会った盤次郎はあの駒次郎がどのような存在か知っていたはずだし。あの時点でも幼馴染としての繋がりを持っていた。
俺が3日後に居なくなっても。
この分身としての駒次郎はお里と盤次郎を幼少時の家族として認識していた。
俺がここに来て取った行動がそうさせたのか。
それとも俺の取った行動のせいで、戻って見れば別なる展開が待っているのか。
それについては戻って見るしか確かめようがないが。
ここに来た甲斐がなくならないためにやって置かねばならないことがある。
それは、「グン」である俺を2人に知ってもらうことだ。
そしてそれとは別に。
グンである俺はサスケであったのだが。
そのサスケは弥彦の分身のサスケでは辻褄が合わないぞ。
もうひとり、居たな。
弥彦が出会ったという伊賀のサスケの行方を知りたい。
いや知らねばならない。
しかしこの時代に居ないのはなぜだ。
弥彦から学習させてもらったから、ひとつ言えることがある。
あくまでもそこから導き出せる、仮説ではあるが。
分身の術はそもそも伊賀のサスケの術だった。
伊賀のサスケも甲賀者に追われていたのだったな。
ならば分身で逃げている可能性は大きい。
そして伊賀のサスケの分身も暴走し、すでに消せなくなっていたとするなら。
俺が最初にインしたサスケが伊賀のサスケの消せない分身だったとすれば。
この9年の間に生み出された可能性を問うなら成立するぞ。
つまりこの時代に存在が確認できないのは暴徒化したコントロール不能の消せない分身がまだ伊賀のサスケの手によって生まれていなかったからだ。
女神は江戸時代に詳しくない。
忍者の存在もその術についても。
探知してくれようと試みたのは俺が成った分身のサスケだったのだろう。
消せない存在であるから登場人物の一人となったのか。
その者を偶然、俺がジョブに選んだ忍者としたのだな。
そうなれば年齢的にとうぜん過去にもいるであろうと普通は考えるからな。
どこかにいるはずの伊賀のサスケも、この後の時代で分身が解けなくなる。
その考えにたどり着いたのだ。




