100 【あらたな理解者】
「どいてくれない? いつまで乗っかてるつもり。これじゃ帰れないよ」
お里がそっけない口調でいった。
さっさと家に帰れと言ったから帰る気でいるようだ。
俺だっていつまでも乗っかっているつもりはない。
さっと身を起こし彼女から離れた。
「わざとじゃない。ガミガミとうるさくするからこうなっただけだ」
「責めるつもりないよ。わたしは言われたとおり家に帰るだけよ」
「随分と冷めた言い方をするんだな。俺はお里やバンさんの知る者ではなかったのだな」
お里は沈黙した。
なぜだ。
お堂の前で再会した時には驚いた様子はなかった。
居なくなる日の昼にもコマさんは眠っていたのか。
そして夕暮れに忽然と姿が消えた。
なのに大人たちは何をしていたのだ。
俺を迎えに来たのはお里だけだった。
お里は異変を感じていたことを微塵も感じさせなかった。
ふつうの暮しをしていて帰りが遅くなっただけ、という印象しか与えなかった。
なぜ俺の異変に気付きながら、素知らぬふりで平然と合わせるのだ。
「待て。まるで操り人形だったことの経緯は弥彦さんから聞いたけど。お里もバンさんも聞かされてすでに知っているのか?」
帰れと言ったから帰ろうとするお里を呼び止めた。
何をどこまで知っていたのかを知っておきたいのだ。
知っているのかと聞いたが、「知っていたのか」と問いたい。
だってそうだろう。
七歳の子供がそのような人間の異変を目の当たりにして、平然と相手の出方に合わせて演技をするなんて、どう考えてもおかしい。
なぜそんなに肝が据わっているのだ。
口調は子供っぽいが、感情的になったときは子供ではなくなることがあった。
今だって口振りは大人だ。
様子を見ていて、その後どうなるのか。
どうにかなった時の対処法をあらかじめ決めていたのだとすれば。
その辻褄は合う。
お里も盤次郎も弥彦も、お里の母もコマさんの母役も知っていたんだな。
この身が傀儡のような状態だったことを。
そういう場合の回答はひとつだ。
母役と同様に知る者は皆、忍び者だということになる。
「みんな弥彦さんと同じで忍び者なのか?」
「な、なんの話なの? 弥彦おじさんは忍者なの?」
玄関口で振り向きざまに子供じみた口調に返ったが。
俺からの質問が途切れることはない。
「そうだ。俺のことはうまく説明できないけど。この身体はサスケといって弥彦さんの本当の名だ」
「おじさんの本当の名前? その子はおじさんの子供だと聞いていたけどちがうの?」
「ちがうよ。コマさんは弥彦さんが分身の術で作り出した影の存在だよ」
「それじゃ、あなたは本当にその子とはべつの人なの? 分身ってどういうのものなの?」
すかさず別人かどうかを尋ねるのだな。
そして分身がどういうものかということも。
忍者であっても、あっさりと飲み込める話ではないのだぞ。
そこに驚きや焦りはないのか。
「追われの身になった際に自分によく似た偽物を術で編み出し、敵を欺くものだ。だからふつうは消されてしまっても本人は無傷ってわけだ」
いまのお里はとぼけた素振りも見せているが完全に話を飲み込んでいる。
影分身の話をしているわけだ。江戸時代を生きる七つの少女に。
だから俺は敢えて真実をぶつけている。
飲み込めていないなら、これ以上は説明しなくても誤魔化せる。
だが話を飲み込んでいるなら。
つまり理解が早いのであれば、お前も只者ではない。
そうなるのかを見極める駆け引きに出ているのだ。
「ふうん。忍術の影って勝手にしゃべり出すのね? それで、おじさんを悩ませてた気の荒いコマちゃんはどこへ行ったの?」
さっきコマさんは寝たきりだと言ったくせに。
意識がある時は暴れていたのか。
「気の荒くなったコマさんをみたのか?」
「ううん。おじさんから聞いた話だけで、それは過去のことらしいの」
「お里、いま打ち明けた通り、コマさんは実在していない子供だ。だけどおじさんにも消せなくなってしまった。意味はわかるか?」
「説明を聞いたから、わかるよ! まやかしなんでしょ?」
説明したら分かるものなのか。
さすがは忍者のいる時代だな、感動だよ。
電気やテレビの話は説明しても、さすがに飲みこめはしないだろう。
それにしても理解の早い子だな、お里は。
「ねえ、コマちゃん……でいいの?」
「うん、今まで通り呼んでくれ」
「あなたは実体がないから幽霊みたいなのね……」
「うん? 気味が悪いのか?」
「そうじゃないの、コマちゃんは男前だし可愛いから怖い訳では」
「なにか気になるのか?」
「さっきのお味噌汁……どこへいったの? コマちゃんってご飯必要なの?」
おい、飯の話に興味が行くんかい。
幽霊のようなイメージなら食っているのが不思議でならないか。
「いちおう腹が減るみたいだな。幽霊じゃないし実体はある。何度も触れただろ」
お里はうなずいて、ゆっくりと部屋に上がり込み俺に近寄った。
そして「良かった」といい、抱擁して来るのだった。




