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第5話 『地獄ノ訓練場』へようこそ


 三輪さんと六道さんに寮の中を案内してもらった後は、俺は自分に与えられた個室を簡単に整えた。


 寮には地獄から源泉を引いている風呂も完備だというので、そこでさっぱりさせてもらった。

 裁判に至るまでの道で禊とか何やらで水をぶっかけられたりしていたし、裁判の後には洗車みたいな機械で強制洗浄されていたけれど、広い風呂に浸かるのは久しぶりだった。

 中央には別で大きな浴場と露天風呂がある『地獄区温泉』もあるらしいので、落ち着いたら一度行ってみたい。


 ここはご飯もうまいし、布団はふかふか。

 畳みの匂いも良いし、部屋も十分すぎる広さで清潔。

 至れり尽くせりとはこのことだ。


 だけど。


 死後の世界も夜になり、俺はベッドで横になりながら、死んでからもう何度目になるか分からない問いを口にしていた。


「……俺はどうして死んだんだろうか」


(病気とかじゃないよな。……思い出せない)


 かといって眠ることもできない。

 疲れているはずなのに。

 そして水でも飲もうと俺は起き上がって共同キッチンに向かった。





          ● ● ●





 キッチンは薄暗くて誰もいないと思ったが、そこには先客がいた。


「どうした、インガ」

「眠れないの?」


 それは三輪さんと六道さんだった。


「はい。なんか色々ありすぎて興奮しちゃったみたいっす」


「そうか」


 六道さんは昼間意地悪だった表情は鳴りを潜めていて、静かに頷いた。

 そして三輪さんは立ち上がり、戻ってくると白いマグカップを俺の前に置いた。


「はい、どうぞ」


 それはホットミルクだった。

 横には『神印』と書かれた蜂蜜の瓶も添えて。

 俺はその気遣いにお礼を言う。


「ありがとうございます」


「皆だいたい初日は眠れなくなるんだよねー」


「なんかお見通しで恥ずかしいっすね」


「恥ずかしいことなんてない」


 六道さんも三輪さんも静かにお茶をすすっている。

 六道さんの落ち着いた横顔と三輪さんの、のんびりとした表情に俺は少しだけ肩の力が抜けた。


「……自分がなんで死んだのか考えてたら、ちょっと眠れなくなっちゃったみたいっす。死んでからも色々あったし」


「そっか」

「そうか」


「ねえねえ。インガ君は何歳だった?」


「十六です。高校一年、でした」


「若いのに大変だねー。ちなみに俺は二十二歳でぽっくり死んだよ。人間こうもあっさり死ぬんだなって思ったもんだよ」


 その表情はどこか他人事なのに、真剣さがあった。


「リンネさんも十分若いっすよね」


「でしょー」


「あの。聞いていいっすか。三輪さんと六道さんはどうして死んだんですか」


「ごめんね。それは今は教えてあげられないんだ。別に隠してるわけじゃないけど、規則だからね」


「俺の方こそ、変なこと聞いてごめんなさい」


 何か自分の記憶を探る手掛かりになればと思ったが、規則なら仕方がない。


「お前が思い出したら、俺たちの死因も教えてやるよ」


「え、良いんすか」


「三輪が言っただろう。別に隠しているわけじゃないと」


「それに生きていた時のことなら話せるよ」


「え、じゃあ三輪さんはホストだったんすか?」


 俺は食堂での三輪さんを思い浮かべて聞いてみた。

 しかし、俺の正面で六道さんが笑いをこらえていた。

 

(六道さんって堅物って感じで笑わなそうなのに、結構笑うよな。大声で笑う感じではないけど)


「ホストじゃないよー。ただの大学生だったよ。普通に大学に通って、普通にサークル活動して、バイトして。皆が思ってるよりも、ずっと健全な人間だったと思うよ。死んだのは大学最後の年の夏。就職先も決まってたけど、まさかそこじゃなくて奈落社に就職するとは思わなかったよねー」


 三輪さんが言葉を閉じると、今度は六道さんが口を開く。


「俺は二十六で死んだ。警察官だった。職種としては公務員みたいなところは変わらないかもしれないが、死んだらまさか自分よりも年下のちゃらんぽらんな男の部下になるとは思わなかった」


「ちょっとー。やっくん酷くなーい?」


「あはははっ! 六道さんおもしろすぎっす!」


「インガ君までー。俺は君たち二人の上司だし、階級も全然上なんだけどー」


 二人の日常を思わせる会話。

 自分もこの二人も死んでいるなんて思えなくて。


「インガ君……」

「お前、どうした」


 目の前の二人が驚いた顔でこちらを見ていた。

 俺は頬に感じた違和感に触れる。

 触れた指は濡れていた。


 俺は笑いながら、泣いていた。


「……どうして俺、泣いてるんすかね。三輪さんも六道さんも二人とも、俺が思っていたよりも普通の人なんだなって、生きていたんだなって思ったら急に」


 その時――。



    ≪緊急警報≫


    ≪緊急警報≫



「来ちゃったかー」


「行くぞ、三輪!」


「あの、俺はどうすれば」


「インガ君はまだ試用期間だし訓練も受けてないからもう休んでね」



    ≪緊急警報≫


    ≪緊急警報≫



≪複数の【闇黒】の出現を確認。近くにいる門番は持ち場に急行せよ≫


≪出現場所は通信機に送信済み。各員は担当区域に急行せよ≫



「話の途中でごめんね、インガ君」


「いいえ、ダイジョウブっす」


「また今度色々話そうね」


「話くらい、いつだって聞いてやる」


 六道さんは俺の髪をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。

 その手は大きく、人を安心させる手だった。


「だからそんな心配そうな顔するな」


「はい、ありがとうございますっ! それと、お二人とも気を付けて行って来てくださいっ!」


「ありがと、インガ君」


「明日から早速訓練だ。早く寝ろよ」


「はい。おやすみなさい」


 こちらに気を遣いながらも慌ただしく去っていく二人を静かに見送った。         

 そしてその背中が完全に見えなくなった頃、俺は寮の外に出た。


 地獄の夜空が気になったからだ。


 地中深くにあるこの場所では本当は空などないそうだ。

 だから昼間に見た空も偽物だったらしい。

 だから今見上げる夜空には、月も星も見えないはずだ。

 しかし、それは確かに浮かんでいた。


 人工的に星を投射している偽物の空。

 しかし、偽物だと分かっていても十分に美しかった。


 俺はしばらくそれを眺めた後、部屋に戻った。

 蜂蜜入りのホットミルクを飲んだ俺は、すっかり眠気に襲われていた。

 二度目の歯磨きを舟をこぎながらした後は、泥のように眠ってしまった。





          ● ● ●





「うん。すごく良く似合ってるよー」


 支給された新品の制服に袖を通し、門番所の更衣室から出ると、三輪さんが親指を立てて見せてくれた。


 制服は灰色を基調にしたデザインだった。

 詰襟のせいか、見た目はやっぱり軍服のような感じだった。

 階級によって制服の色が違うらしく、それで三輪さんも六道さんも違う色の制服を着ているそうだ。

 戦闘職種なので、武器に合わせての特注もあるらしい。

 ちなみに試用期間中で『十三級門番』の俺に支給されたのは九級門番以下の標準的な制服だ。


 俺は鏡の前に立ちながら、学校の制服かカジュアルな格好しかしなかった俺は見慣れない自分の服装に首を傾げる。

 しかも軍人が良くかぶっているような制帽に、刀を通すための黒の皮ベルトのせいでコスプレ感がより凄かった。


 鏡の前で葛藤しながら唸る俺に、珊瑚色のふわふわヘアーのレンゲちゃんが近付いてくる。


「そんなに首を傾げなくても、良く似合ってますよ、インガ君」


「ほんと!? レンゲちゃん」


「はい。お似合いです」


(レンゲちゃんやさしいなあ)

 

 俺は思わずほっこりする。

 しかし、すかさず娘大好きな奈落社長が間に入ってきた。


「あの、インガ君。僕の娘とあんまり仲良くしちゃだめだよ?」


「そんなことより、社長! 制服ありがとうございました!」


 俺は社長の方を振り返ってお礼を言う。

 この人は今日もここに来て研修と担当してくれるらしい。


「ああ、うん。まあ素直なのは君の良い所だよね」


「ありがとうございますっ!」


「……うーん。最近反抗的な子が多かったせいか、新しいタイプで戸惑うなあ。閻魔様じゃないけど本当に犬っぽいなあ」


 社長はぶつぶつ何かを言った後、長細い袋を持ち上げて見せた。


「それじゃあ、これは本当に大事に扱ってね」


 社長は袋から一本の刀を取り出し、俺に手渡してきた。

 俺はそれを受け取ると、黒くて艶々している鞘をまじまじと見つめた。


「うわー。ぴかぴかじゃないっすか。高級なお椀みたいっすね」


「うん。気持ちは分かるけど、門番の命のようなものをお椀とか言わないで欲しいかなあ」


 社長の顔はとても複雑そうだった。

 しかし、三輪さんは面白がっていた。


「マトイ君もサラサちゃんもそういうリアクションは大人しいから、新鮮な反応だよねー」


「そういえば、そのサラサさん……えっと優曇華うどんげさんは? 今日挨拶できるんですよね」


 俺は門番所内を見渡す。


「あ、サラサちゃんはもう訓練場に行って準備してもらってるから。あっちで紹介するよ」


「はいっす!」


「インガ君の教育係は本当はマトイ君が順当なところだけど、マトイ君は今は西ノ門で研修中だから、とりあえずは俺とやっくんの二人でするからね。サラサちゃんにも手伝ってもらうし」


「ビシバシしごいてやるから覚悟しろよ」


「刀なんて初めて持つから自信ないっすけど、頑張ります! よろしくお願いしまっす!」


 俺は気合十分で礼をした。


 この時、俺はまさかあんな訓練が待っているとは思わなかったんだ。



「――ぐえッ!」


 軍隊式訓練でボロボロになりながら、カエルの鳴き声のような悲鳴を上げたのは、そう遠くない未来だった。




          ● ● ●





「十三級門番になりました黒巌インガです! よろしくお願いしますっ!」


「西ノ門番所所属。十一級門番の優曇華サラサです。よろしくお願いします」


 優曇華さんは真っ直ぐな黒髪が印象的な美少女だった。


 切りそろえられた前髪と冷静な話し方が生真面目さを感じさせた。

 イメージで言えば、堅物委員長という感じだ。

 歳はたぶん俺と同じか一つ上くらいで、高校二年か三年くらいだと思う。

 俺と同じ灰色の制服だが、上着の丈は短く、ズボンも脛位までの長さで裾が広がっていて、袴のようなデザインだ。


「それじゃあ紹介も終わったし、早速訓練を始めよっかー」


「よろしくお願いしまっす!」



 俺はまず三輪さんと六道さんに刀の握り方の説明をされ、攻撃の避け方などの動きを優曇華さんに教わった後、とにかく素振りをさせられた。

 しかし、そんなに疲れなかった。

 死出の山を登った時は体力が全然なかったが、【闇黒】に喰われた俺の『気』とやらはどうやら充電されたらしい。


「受け取った時も思ったんですけど、刀軽いっすよね」


「門番用の特注品だからな。だが、切れ味は本物以上だから取り扱いには注意しろよ」


「そうそう。昔新人が間違って自分の腕を切り落としちゃって、大変だったんだよねー」


「え……」


「大丈夫。腕を切り落とされたくらいじゃ俺たちの魂は消えないから」


「え……」


「大変だったのは労基部の対応の方だから」


「地獄にも労基あるんですね」


「地獄だけじゃないよー。六世界の門番会社全部に労基部門があるからー。まあおかげで俺たちの労働はしっかり守られてるからね! 安心してくれていいよ!」


「すみません、今の話で安心要素が特に見つかってないっす」


「細かいこと気にしてたらここではやっていけないよ?」


「なんでそんなブラック企業に入社した新人に向けて言うような台詞を言うんですか!?」



 そんなやり取りもしつつ、訓練の時間は平和に過ぎていったかと思いきや。


「あー。インガ君。今立ってる場所から二歩下がってー」


「え!?」


 俺は驚きつつも言われた通りにする。

 その直後。

 俺の鼻先をなにかとてつもなく熱いものが横切って行った。


「熱っ――!」


 俺はそれが跳んでいった方向を見る。


「――なッ!」


 驚きのあまり、目玉を飛び出るかと思った。 


「――マ、マ、マ、マ、マグマッ!?」


 厚く燃え盛る火の玉が俺の顔面を横切り、訓練場にある大きな池に飛び込んでいった。


 池からは湯気が上がり、水が蒸発するが、何か不思議な力でその水はすぐに補充された。


 俺はその光景を見て腰を抜かす。


「ごめんごめん。言い忘れてたけど、ここ、マグマ飛んでくるから。この訓練場のすぐ裏がマグマ池なんだよねー」


「三輪さん適当すぎませんか!? そういうことは早く言ってくれませんか!?」


「もっと言ってやれ」


 六道さんがなぜか冷静にうなずく。

 だが俺は怖いもの知らずにも、その六道さんに向かっても叫んだ。


「六道さんにも言ってるんですからね!? 俺の教育係ならちゃんと責任もって死なないように指導してください!」


「でもサラサちゃんがちゃんと攻撃の避け方を最初に教えたでしょー」


「こんなん飛んでくるなんて、ふつう思わないっすよ!!!」


 俺は恐怖で動転して、畳みかけるように半泣きで叫んでいた。


 ――ドン。


 気が付いた時には、黒革の編上げブーツが俺の腹を押し潰していた。


「ガ八ッ――!」


「――この腰抜けが。そんな覚悟で【闇黒】と戦うつもりですか」


 その声と足の主は。


「う、優曇華センパイ?」


「サラサちゃん、ちょっと口が悪いんだよねー」


 三輪さんは間延びした声で言う。

 この状況が見えていないのだろうか。


「本当のことを言っただけです。黙ってください、この似非ホスト野郎」


「ね、口が悪くて最高にかわいいでしょ? 俺、サラサちゃん大好き」


「そういうこと言うから似非ホストって言われるんじゃないっすか!?」


 俺は踏まれながらも、ついついツッコんでしまった。


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