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第3話 『地獄区 東ノ門番所』へようこそ


「よっしゃ。話は決まったな! 今すぐ奈落(ならく)の野郎を連れてこい!」


 そう閻魔様が言った数分後。


「閻魔様、失礼いたします」


 そう言って顔を伏せながら部屋に入ってきたのは、薄緑の着物に珊瑚色のふわふわウェーブヘアの小さな女の子だった。


(うわっ。お人形さんみたいだ)


 顔は俯いたままなのではっきりとは見えないが、まだ小学校に入るか入らないかくらいなのに、将来確実にとんでもない美少女になることが約束されている雰囲気を感じた。


「お、ダルマじゃなくて、レンゲが来たのか。さてはあいつ、この俺様から逃げたな」


 悪魔的な笑みを浮かべながら「軟弱者め」と言う閻魔様に、その少女はまだ頭を下げたまま答える。


「大変申し訳ございません。奈落社長は昨今の【闇黒アンコク】出現増加による人員不足により現場に出ておりますため、名代としてわたくし、奈落ダルマが娘――奈落レンゲが馳せ参じました次第です」


 まだ幼いのにも関わらず、その口から発される大人のような言葉に驚く。


「成程な。まあ、あんな奴のことはもうどうでもいい。それよりもレンゲ! もっと近くに寄れ!」


「かしこまりました」


 レンゲと呼ばれた少女は珊瑚色の草履でゆっくりと前に進み、俺の前を通り過ぎて閻魔様の正面に立った。

 すると、閻魔様は満足そうに頷いた。


「よし! 元気そうだな!」


「はい。お陰様で元気に過ごさせていただいております」


「それは何よりだ。ああ……そうだな、丁度いい! こいつはお前のいる『東ノ門番所』配属にしよう! こいつはリンネとヤクシと縁を結んだみたいだしな」


 レンゲという少女は俺の方を振り向いて呟いた。


三輪(みつわ)さんと六道(りくどう)さんと……」


(うわっ。綺麗な顔だ。それになんだ……あの綺麗な瞳は)


 その瞳は金色で、硝子玉のように綺麗でインガは思わずその色に魅入ってしまった。

 しかし、少女はすぐに閻魔様の方に顔を戻してしまった。


「この間、狭間で今にも【闇黒】に喰われそうだったところを、あの二人が助けたらしい」


(どうして俺があの黒いのに襲われたことを知ってるんだっ!?)


「あの二人から聞いたんですかっ!?」


 俺は慌てて閻魔様に向かって叫ぶ。


「いいや。んなことまでいちいち報告聞いてらんねーよ」


 ではなぜ。


「――だけどな。俺は()()()()視えるんだよ」


(なんでも、か……)


「――っ! それなら、なんで俺が死んだのか知ってるんすよねっ!?」


「ああ。俺は、勿論知ってるぞ」


 閻魔様は膝の上に肘を乗せ、両手の指を絡めている。

 その表情は得意気のままだ。


「それなら、教えてください!!」


 俺は前に進み出ながら懇願する。

 閻魔様の部下たちが閻魔様に近付く俺を警戒するように、武器を握る手に力を込めているのが見えた。

 そしてそんな部下たちを閻魔様は片手を挙げて制する。


「それは駄目だ」


「どうしてですかっ!?」


 俺は焦りを胸に抱えながら叫んだ。


「覚えてないんじゃ、反省もないだろう? 俺だけがお前の『罪』を知ってることに何の意味がないんだよ。お前の人生の当事者はお前だろうが。だからお前は本能的に自分の死因を知りたがってんだろうが」


 閻魔様は赤いサングラス向こうから鋭い眼光を俺に飛ばしている。


「なあ。知ってるか、黒巌インガ」


 その眼光に身体がブルリと震える。


「知らないってのは『罪』なんだよ」


 それなのに目が逸らせない。


「無知はそれだけで、己も他人も容易く殺すんだよ。よおく覚えておけよ、小僧」


 その表情は、極悪人のものだった。


(こんなの、とんだヤクザじゃないか――!?)


「それに、ソレを思い出すことが正式入社の条件だからな。教えてやるわけにはいかねえなあ」


「正式入社? 条件?」


「そうだ。それをクリアしないと、お前は『解雇』だ」


「解雇?」


「ちなみに試用期間の上限は三か月だ。その期限を超えたり、門番を途中で辞めようものなら、寮費も食事代もなにもかも後できっちり請求するからな」


「……?」


「ちなみに普通に働いたんじゃ返せねーぞ。なんせ門番を辞めた【有耶無耶ウヤムヤ】は機密情報保護の観点から、もれなく地獄行きだ。適当なところに放り込んで刑罰を受けてもらうことになるから、金も返せねえよなあ?」


 門番にならなくても、なっても途中で辞めたら地獄行きか。


(聞かれた時から分かってたけど、これは「イエス」・オア・「はい」の問いじゃんか!)


(これ絶対逃亡する人いるだろ!)


「ああ。これまたちなみに【有耶無耶】で居続ける限りは輪廻転生の枠にも入れねえから、逃亡したとしても永遠に【中陰】を彷徨って、最終的には【闇黒】に喰われて魂ごと消滅しちまうだろうなあ」


 俺は唾を呑む。


(怖い情報を後出しで一気に出さないで欲しい。やっぱりヤクザだ)


「――閻魔様。そろそろ番所に戻りたいのですが。本日番所に詰めているのは私一人ですので、あまり不在時間を長くしたくないのですが」


 レンゲという女の子が頭を下げながら言うと、閻魔様は途端に俺に興味を失ったように満面の笑みになる。


「おう。レンゲ。なら帰りは俺の浄玻璃鏡を使っていいぞ。『供物』の方は済んでるからな」


「ありがとうございます。それでは遠慮なく使わせていただきます」


 少女は閻魔様に深々と頭を下げた。


「だが、その前にレンゲ。もうちょっと近くに来い」


 閻魔様は手招きをする。

 その手招きに従い、彼女は閻魔様の座る椅子の方へと歩いて行く。


 自分の手が届く距離まで少女が近付くと、閻魔様は彼女の頭をわしゃわしゃと撫で、幸せとか満足とかそういう表情を浮かべた。


(閻魔様は意外と子供好きらしい。というかあの見た目で、もしかしてロリコンなのか)


「おい、インガ。お前、今不名誉なことを思いやがったな。俺はロリコンじゃねえよ」


(心の声も聴こえるてるのかよ。てか子供好きは否定しないんだな)


「あの……閻魔様。もうよろしいでしょうか」


 レンゲという少女はもぞもぞとし始める。


「おうおう。またいつでも遊びに来いよ、レンゲ」


 閻魔様は少女の髪を最後に一撫ですると、懐に手を入れて遠くから見ても持ち手から枠から何から何まで高級そうな装飾の手鏡を取り出した。

 そして何かを思い出したように言った。


「――ああ、そうだった」


 閻魔様は空いた方の手で部下から何か巻物を受け取ると、それを俺の方を目掛けて放り投げてきた。

 何とかキャッチしたその巻物を広げると、そこには心霊番組で良く見かけるようなおどろおどろしいフォントでこう書いてあった。



 ――『辞令』

  氏名: 黒巌 インガ

  所属: 奈落社

  配属先:日ノ国 『地獄区 東ノ門番所』

  職種: 門番

  等級: 十三級(試用期間中)――



「辞令?」


「そうだ。大事な書類だから無くすなよ」


 インガは、「じゃあ、投げないで下さい」とは言わなかった。

 どうせ聞こえているんだろうから。





          ● ● ●





 目の前には少し大きめなお寺のような二階建ての木造の建物があった。


「インガ君。着きましたよ」


「あ、はい」


 何の魔法か分からないが、閻魔様が鏡をかざしたかと思うと、瞬きの間にここまで移動してきていた。

 俺の方を振り向いたレンゲちゃんは建物の入り口の鍵を開けてくれる。


「ようこそ。ここが『株式会社 奈落 くに 中陰 地獄区 東ノ門番所』です。今日からここがあなたの職場ですよ、インガ君」


 見上げると、瓦屋根の下の額が掲げられていて、そこには『奈落 東ノ門番所』と彫られている。


「どうぞお入りください」


 俺はレンゲちゃんの後に続いて東ノ門番所に入った。


「お邪魔します」


 木枠に硝子張りの引き戸から中に入ると、更に奥まで通される。

 その中は、歴史のありそうな古めかしい外観からは想像できないような空間が広がっていた。

 事務所スペースには、いくつかデスクが並んでおり、その上にはパソコンも電話も置いてある。

 少し奥には応接用と思われるソファも置かれていた。


(監視カメラとかも言ってたけど、地獄にも電子機器とかも普通にあるんだな)


 俺の知っているものとは少し形は違うが、コピー機のようなものもある。

 文房具とか備品も生きていた時に見たことがあるものとそう変わらない印象だ。

 だけど壁や窓、襖は和風で古民家リフォームみたいだ。

 俺が事務所の中をきょろきょろと見まわしていると、レンゲちゃんが俺を奥にある広縁ひろえんに案内してくれた。


「社長たちもすぐに帰ってくると思いますから、この契約書に目を通しておいてください。署名が終わったらお茶でも飲んで待っていてください。インガ君は今日からここの社員ですから、楽にしてくださって良いですからね」


「えっいいよ。俺お茶ぐらい自分で入れるよ。というか一緒に飲もうよ」


「いいえ。私は仕事がありますから」


「え、君も働いてるの?」


「はい。ここで主に事務員をさせて頂いています」


「小さいのにしっかりしてるんだね」


「いいえ。私は小さくないですよ」


「いやいや、小さいでしょー。小学一年生くらい?」


「……インガ君とそう変わらないですよ」


「いやいや、十歳は違うでしょ。俺十六だし」


「……ここでは年齢なんて関係ないですよ」


 レンゲちゃんは少し拗ねたように一瞬頬を膨らませた。

 そんな様子もやはりとても可愛らしい。


「ねえねえ、レンゲちゃんって呼んでいい?」


「構わないですよ。皆さんそう呼んでいますから」


「ありがとうっ! レンゲちゃん!」


 俺はレンゲちゃんの珊瑚色の頭を撫でてみた。

 これは確かに閻魔様が撫でたくなるのも分かる。


(ふわふわの猫みたいだ)





          ● ● ●





 俺がお茶を飲みながら待っていると、門番所の入り口の方からバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。

 その足音に、何か巻物に書きつけていたレンゲちゃんが立ち上がった。


「レンゲちゃあーん! ただいまぁー! 急に閻魔様の所に行ってもらっちゃってごめんねぇー!!!」


 背の高い黒いスーツ姿の男の人が、レンゲちゃんに物凄い勢いで抱き着く。


「むぐっ……いえ、大丈夫です。お仕事ですから。あの、社長、それより」


 レンゲちゃんが相手の肩をとんとんと叩くと、その男の人は顔を上げ、俺がいる広縁の方を見た。

 湯呑を持って固まっていた俺は、バチリと視線が合ったことに驚き、慌てて湯呑を置いて立ち上がった。


「――ああ。その子が新人君だね」


 社長と呼ばれたその男の人は笑顔で俺の方に向かってくる。

 その男の人の見た目は四十歳くらいだが、まるでモデルのように足が長く、スタイルが良い。

 きっちりと整髪料で整えている髪の色は黒だが、レンゲちゃんの父親ということも納得の整った顔立ち。

 まるでイケメン俳優だ。


「はじめまして、僕が奈落社の社長の奈落ダルマです。これからよろしくね、インガ君」


「はじめまして、黒巌インガです。こちらこそよろしくお願いしますっ!」


 俺と奈落社長が握手していると、また誰かがバタバタと帰ってきた音がする。


「れんげちゃーん、ただいま!」

「ただいま戻った」


 その声に俺は聞き覚えがあった。

 あれからひと月程だが、忘れるわけがなかった。


「三輪さん、六道さん。おかえりなさい」


 レンゲちゃんがその二人組の名前を呼ぶ。


(やっぱり――!)


 俺は二人の元に駆け寄った。


「あ、あのっ! お久しぶりですっ! 三輪さん! 六道さん! その節はありがとうございましたっ!」


「やっぱりインガ君だったねー。閻魔様が『栗毛の犬みたいな坊主をそっちに送った』って言うから、絶対インガ君だと思ったんだよねー」


(栗毛……? 犬……?)


「元気そうだな」


「はい……げんきっす」


 俺は前に会った時と変わらない様子の安心からか、少し泣きそうになった。





          ● ● ●





「それでは改めて我が奈落社の『東ノ門番所』のメンバー紹介をするよ」


 奈落社長が背筋を伸ばす。


「まずは四級門番の三輪リンネ君」


「そして、七級門番の六道ヤクシ君。二人はインガ君とはもう会っているんだよね」


「そうそう。まさか同じ『番所』所属なんてもう運命だよね」


「閻魔様がお二人がインガ君を助けたから、うちに所属させようって言っていました」


「なるほど。あの方の考えそうなことだ」


「そして知っていると思うけど、この子が僕の愛娘のレンゲちゃん。可愛いけど手を出したら駄目だからね」


 社長の目が笑ってないのはどうしてだ。

 俺が幼女趣味だとでも思っているのだろうか。


「あとは今は居ないけど、十六門(じゅうろくもん)間の交換研修で『西ノ門番所』に行っている十級門番の紫雲しうんマトイ君。今日からこの五人が東ノ門番所のメンバーだよ」


「五人……っすか。六人じゃなくて?」


 俺はその場にいる顔を見回し、人数を繰り返し数える。

 一人少ない。


「社長はレンゲに会いたくて入り浸ってるだけだ。別に東ノ門番所の所員じゃない」


 六道さんがクールに告げると、三輪さんが自分の顔を指さしながらぐいぐいと俺の方に顔を近づけて来た。


「ここの所長は俺だよー。社長が勝手に仕切ってるから放っておいてるんだよー。でも、社長に現場をうろちょろされると管理職としてはやりづらいったらないよねー」


 六道さんと三輪さんの言葉に社長は少し悲し気な顔をしている。

 しかし社長は気を取り直したようにコホンと咳払いした。


「それと、今マトイ君と交換で来ているのが、今日は非番だけど西ノ門番所所属の十一級門番の優曇華うどんげサラサちゃん。社員食堂か寮で会うかもしれないけど、明日きちんと紹介するね」


「はいっ!」


 マトイ先輩とサラサ先輩という人もいるのか。


(どんな人たちなんだろう)


 俺は死んでからは不安ばかりだったが、今は少しわくわくしてきていた。


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