第7話
ようやく昼休みになった。
その日武藤が教室に戻ってくることはなく、残りの四人は一人一人教室へと戻ってくるまでの間、私たちクラスメイトらには別の先生から事情聴取があった。戻ってきた四人はその後クラスに何かを話すこともなく、結局、私は彼らの言ったことを頭の中で考えていた。
教室の空気が嫌になって、今日はもと花に別の場所での昼食を提案する。
「食堂へ行きましょう」
「……そうだね」
もと花はまだ心ここにあらずという感じだ。
緑陵中学校には給食がない。隣校舎に高校が併設してできた後、教員も利用する大型で綺麗な食堂が出来上がってからはみんなそこを利用するようになった。
食堂では弁当もパンもあって、その場で料理を注文することもできる。
学生料金だから安いけれど、私は相変わらず弁当を持ってきていた。
ガラス張りで白を基調とした食堂にやってくると、屋外に設けたテーブル席が目についた。
「今日はここに座りましょう」
私は持ってきた弁当を広げて、もと花は購買で買ったパンを食べ始めた。
昨日の晩ご飯の話とか、暇つぶしに見た動物の動画の話をするけれど、盛り上がることはなく――お互いに気にしているのはやっぱり原田と武藤たちのことで、こらえきれなくなって私はいよいよその話を切り出した。
「ねぇ。もと花はどう思うの?」
「どうって……?」
紙パックのいちごジュースから口を離したもと花がこちらに目を向けた。
「……同性愛について」
もと花は少しの間考え込んでいたが、やがて困ったような顔を浮かべた。
「やっぱり……変だよね」
変。
その言葉は私が思っていた以上に胸の中で荒く波打った。
「……原田くんたちのことだよね? なんていうかその……しょうがないよね。当人たちが愛し合うのはもちろん自由だけど、それを変だって感じる人がいるのは分かるし、不思議じゃないよ」
もと花は当たり前のことを言っている。たしかに繁殖……自然の摂理に反するような考え方とも思えるし、それにおかしいだろって異を唱える人がいることだってわかってる。
分かってはいるけれど。
「もと花はそれでいいの?」
私は聞き直さずにはいられなかった。
私は。
「わたし?」
もと花は分かってない顔をする。
私は。
「やっぱり――変なこと、なんじゃないかな」
私は、あなたのことが好きなのに。
もと花が「おかしくないよ」って言ってくれることを期待している自分に気がついた。
放課後、いつものようにもと花に声をかけていっしょに下校する。
帰り道のもと花は寡黙だった。
彼女から声をかけてくることはなく、こちらから声をかけても、あんまり反応がない。
やっぱり、お昼に変なこと聞いちゃったせいだろうか。
空漠とした時間だけが過ぎて、失敗したという思いが胸に詰まる。
「もと花」
お昼は変なこと聞いちゃってごめんなさい。そう言おうとして。
「わたしね、あいちゃんに聞きたいことがあるの。 あいちゃんは……誰かを好きになったことってある?」
突拍子もない質問が来た。
「……私は、もと花のことが好き」
「そういう冗談をゆってるんではナクテデスネ……」
ジト目で言われる。可愛げな見た目に反して相当怒っているのがひしひしと伝わってきて、私は慌てて弁明した。
「ごめんなさい。でも私は本気よ?」
「……はいはい、気持ちだけ受け取っておきますよ。話したいのはそうじゃなくて……」
おざなりな態度に私はむっとしてしまった。
もと花はそんな私の表情を見やって、
「もういいよ。なんだか今日はお互いチャンネルがずれてる感じ。変な日だったし、また明日ね」
もと花はそう言うと、私が制止する暇もなく先へ駆け出してしまった。
「……今日はそうかも」
確かに、変な一日だった。
クラスでケンカが起きて、そのせいでお昼に変なことを言ってしまって、帰り道でもそうだ。
私も冷静になりきれていないんだろう。
そんな自分にため息が漏れた。