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第23話(最終話) わたしたちの、普通。

 職員室で望といっしょに理由を説明すると、拍子抜けするほど簡単に鍵を借りることができた。1時間だけという条件つきではあるが、それで充分だ。階段を一気に上まで駆け上がって、鍵を使って屋上の扉を開けた。

「へぇ、うちの学校の屋上ってこんな感じなんだ」

「案外広いだろ? 今日は風もそんな強くないし、いい撮影日和かもな」

「そういえば卒業生の作品でこの柵をバックに写真を撮ってるの見たことあるかも。でもあの時晴はどうやって屋上に入ってたの?」

 望が言っているのは俺が織櫛といた時のことだろう。

「こうやって扉を下側から持ち上げてちょっと弄れば簡単に開くのさ。ただそれやって屋上撮ったりでもしたら、お前に迷惑がかかるからな」

「それはそうだ」

 望は笑うと、ゆっくりとした足取りで突き当りの落下防止フェンスまで進む。顔をあちこちに向けながらピンと来る場所を探している。

「そういえば2回ぐらい階段ですれ違ったと思うけど。二人が屋上で何を話してたのか、正直ずっと気になってたよ」

「俺と織櫛はどうやったら英吾と桜庭がくっつけるか、そういう話ばっかしてたな。……元々ここは、俺がクラスメイトと騒ぐために使ってたんだ。先生から目につくこともない、だからゲームしたりマンガ読んだり……まぁ、でも他の奴らは外で遊ぶ方が好きだったらしい。扉の開け方までは教えなかったから、ここに入れるのは今でも結局俺だけっていう」

「憩いの場所だったわけだ」

 望は腰に巻いていた黒いバッグからカメラを取り出した。

「それが一眼レフってやつ?」

 望は苦笑した。

「違うよ、これはコンデジ。コンパクトデジタルカメラ。一眼レフってのはもっとこう本体も大きくて、レンズが交換できるやつだよ」

 全然興味がなかったから知らなかった。望は何枚か写真を撮るとこちらを向いた。

「晴が被写体になってよ」

「俺か? 俺みたいなのが写っちゃだめだろ」

「金髪じゃないし、もう大丈夫でしょ。それに、文化祭で使う学校で撮ったスナップ写真には、必ず人を入れるようにって言われてるんだ」

「聞いてないぞ」

「まぁまぁ」

 望の指示を受けながら何かに座ったり凭れたり、見上げたりする。幸いここには小さな花壇や、俺がひっそりと持ってきた椅子や飲み物なんかもある。小道具として活用できるだろう。

 何十枚か撮影をこなして、休憩に入った。

 しばらくそこに座っていたが、場所を変えると望はもうそこの景色に釘付けになっている。

 全ての校舎は屋上で繋がっている。今回は鍵があるから、施錠を外して普段俺が使っている場所の反対側にある校舎の屋上の方にも行くことができた。

 そこからの景色も絶景だった。緑陵中学自体が丘の上にあるから、高い場所から望む街の景色はパノラマ写真にちょうど良さそうである。

「せっかくだし、晴も写真撮ってみなよ。設定はそのままで大丈夫だから」

 望は俺にカメラを手渡すと、外の景色をより細かく見ているようだった。

 ファインダーに入れてしっくり来る光景を探しながら、俺は尋ねる。

「そう言えば望は、自分を写真に撮ったりしてねぇの?」

「全然ないね」

「どうして」

 もったいねぇ。望のカメラはチルト式だ。それもカメラの上面まであげれば、自撮りだってできるのに。

「笑顔が苦手なんだよね……」

 そうだろうか? と俺は思った。確かにプロが撮るような雰囲気のある決まり顔ではないけれど、曖昧な、周りの視線を気にしたような恥ずかしさのある顔だって自然な笑顔のはずだ。

 それが望らしい笑顔だって俺は知っている。

 何かしてやりたい。そういう気持ちが俺に悪戯心を抱かせた。

「望」

 風が吹いて望の髪が揺れる。目線が遅れてやってきて、

「俺もお前のこと、好きだよ」

 久しぶりに望が浮かべた真っ赤な顔をファインダーに納めて、俺はシャッターを切った。

「ちょ、は、反則!」

 望が俺からカメラを取り上げようと走って向かってくる。

 掴みかかってくる手をうまく避けながら、撮った写真を確認する。

「おっ、いい顔撮れてるぜ」

 液晶に映った望は、ずっと俺が願っていた姿だった。

「そういうのはもっとタイミングを――」

「バッチリだったろ?」

 泣かせてばっかりだったから……これから先は、コイツの笑顔を守っていこう。

 俺はこの写真のように自分の美しいと感じたものを大切にして、歩んでいこう。

 そう心に誓った。


 私たちは校門を出た。

「行こう、あいちゃん」

 もと花から手が差し伸べられる。

「うん。行きましょう」

 私はその手を取って、繋ぎながら校門を出た。

 これからも私たちは、時に傷つき、否定され、もまれながら、本当の自分になっていく。

 飾らなくていい。

 自分を信じて踏み出せば、いつか本当の自分を見つけられるから。

『わたしだけの普通』はまだ、始まったばかりなのだ。



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