第21話 その後のわたしたち
「2学期って初日からいきなり本格的な授業ムードになるんだね。1年の頃はそうじゃなかった気がするけど…忘れてたよ〜」
二人で食堂に向かいながら、もと花はげんなりと溜息をついた。
「年々カリキュラムの中身も増えてるからね。技術や家庭科の授業の中身が減らされるって聞いたことがある」
「授業についていける自信ないな…」
もと花は不安そうな顔をしている。
「テスト前にだけ詰め込むから良くなのよ。授業でなるべく覚えておくようにすれば、後から覚え直す範囲も減る。大丈夫よ。いっしょに頑張りましょ。私、もと花といっしょの高校行きたいから」
「えへへ。がんばるよぉ」
もと花はにへっと笑ってくれる。
大丈夫、もと花はやればできる子だ。私よりもずっと……。
「おっと」
道を塞ぐように、一人の女子生徒が私たちの前に立ち塞がった。
「牧本先輩」
もと花が呟いた。相変わらず陰険な顔つきとバカにするような目つきでこちらを睨んでいる。
「あんた、隣の女のこと好きなんでしょ? いつもベタベタベタベタくっつきまくって。女が女を好きって、率直に言ってきもくない?」
いつものように蔑んで、もと花がおどおどした態度を見せるのを楽しみにしていたらしい。
私は我慢ならなくなって、いつものように立ち塞がろうと――するまえに、もと花が一歩前に出た。
「好きだよ」
即答だった。もと花はさも当然とばかりに言い切った。
「好きで何が悪いの? 好きじゃいけないの?」
「私は気持ちわ――」
「好きじゃいけないのかって聞いてんだよ!」
もと花は叫んだ。
言った。言ってやった。
もと花の気分が高揚して、勇気が湧き上がってきているのが私にも分かった。
「先輩って、誰かに愛してもらったことないでしょ?」
格下だと思っていた相手から思わぬ罵倒を受けて、牧本先輩は怯んだ。
「あいちゃん?」
急に自分の名前を呼ばれて、先輩からもと花の方へ顔を移すと、いつの間にか近づいていたもと花の柔らかい舌が、私の唇を押して入り込んできたことに遅れて気がついた。
「んなっ」
慌てる私と牧本先輩に対して、もと花が動じた様子はない。
――自分の好きなものを好きって言っちゃいけないの? それは誰かの顔色を伺わないといけないことなの?
それは、私がもと花に教えた強さだ。
別にこの人に変人って言われたっていいじゃないか。
誰かにとっての“普通”の中で生きるより、自分にとっての“ふつう”の中で生きるほうがずっといい。
自分がどうあるかは自分で決めていいことだから。
それに、好きなものをバカにされて怒れないなんてそっちのほうが、自分が許せないから。
自分で自分に嘘をつき続けるのは間違いだって分かったから。
だからもうもと花は牧本先輩のことなんて、全く怖いと思っていなかった。むしろ、
「先輩って、自分が中身も性格もブスだって自覚あるんですよね。だからわたしを貶して、落ち着きたいんですよね? 先輩のそういう醜いところ、川谷先輩にもバレてますよ」
「はぁ⁉」
「夏休みのデートはうまくいきました? 告白できました? ……まぁ、わたし知ってるんですけどね、先輩が振られたこと。川谷先輩はお前が性格ブスなこと相当嫌ってましたから」
私は絶句という言葉が、これほどまで当てはまる姿を見るのは初めてだった。
「部活にも顔出さなくなってみんな喜んでましたよ。残り少ない中学校生活、一人で頑張ってください。それじゃ」
もと花は私の手を掴むと揚々と歩き出して、牧本先輩の隣を過ぎていった。廊下の踊り場に着くともう先輩の姿は完全に見えなくなって、もと花は風船が萎むように大きなため息を吐いた。
「……本当は部活のみんながどう思ってるかはわからないんだけどね。でもあれは効いたでしょ、やったね」
もと花は指でピースしながら大仰に体を振って勝ち誇ってみせた。
私にはそれだけでなんとなく分かった。本当は緊張したのだと。それを隠すためにそうしているのだと。人の根っこの部分はそんなには変わらない。
それでも、
「もと花、本当に強くなったね」
そう言わずにはいられない。やっぱりもと花は私よりも、強い。
「あいちゃんのおかげだよ」
もと花は照れている。
「でもあれはやりすぎ。絶対他の人にも見られた! あれをネタに先輩がまた何かしてくるかも――」
言い終わるよりも先にもと花から抱きしめられると、お互いの唇が触れ合った。向こうから体が離れると、恥ずかしさの残る赤ら顔で、もと花は私に言った。
「だからこれからも私といっしょにいてね。あいちゃん」
そこには迷いや後悔のない、本当のもと花らしい芯の強さが在った。
多分もと花は、私よりも強くなる。
私にできることは、私らしくあることだけだけど。
それがもと花の力になるのなら。
「うん。いっしょにいようね」
それはとっても素敵だなって、そう思ったのでした。




