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第13話 わたしだけの、普通。

 糸保乃さんの家を出る頃には外は夜になっていて、流石に夏の空もすっかり暗くなってしまっていた。

 スマホを見れば母親からのメッセージに怒りマークがついている。わたしは友達の家で糸保乃さんにお世話になっていたことを慌てて伝えた。

 メッセージの一覧を覗くと、やはりあいと英吾からはメッセージが来てなかった。

 そのタイミングで電話が鳴った。

「わわ、っと」

 びっくりして落としそうになったスマホを握り直すと、通話相手を確認して電話に出た。

「もしもし?」

「もしもし、灯下だけど……今、大丈夫?」

「望くん。大丈夫だよ。いま外を歩いてて、家に向かってる途中だけど」

「おっ、早速夏をエンジョイしてるかな? それとも、何か掴めた?」

「ごめん、まだ何も。ただ今日は英吾くんのことを知るためにさっきまであいちゃん家にいたよ。あいちゃんのお母さんも、やっぱり英吾くんのこと知ってた。望くんの言ってた通り。ただ、今どこにいるのかまでは分からなかったけど……」

「そうなんだ。僕もどこにいるかはまだ分からないけど、少なくとも晴――汐崎くんの家にいないのだけはハッキリしたよ」

「どういうこと?」

 わたしはびっくりして聞き返した。

「押しかけで晴ん家に突撃してみたんだ。あいつは家にいなかった。多分織櫛さんといっしょにいると思う。まだそっちも見つかっていないなら、僕も晴に連絡するなりしてなんとか二人の居場所を探してみるよ」

「ありがとうね。わたしもあいちゃんと英吾くんに連絡してみる。って言っても、今日一日まったく反応ないけれど」

 わたしと望くんは苦笑した。

「また何かあったら連絡するよ。それじゃあね」

「うん、おやすみ」

 望くんからの電話が切れる。

 夏のじっとりくる暑さと、それを切るようなさっぱりとした風を感じながら、わたしは夜空を見上げた。

 今あいちゃんはどこへいるのだろう。

 同じこの街の空を眺めているのだろうか。

 それとも違う場所へ行ってしまっただろうか。

 でももしあいちゃんの許へ行けたとして、自分はどうしたいというのだろう。

 思考はスッとしていた。

 これまであったことを、わたしは頭の中で思い出していた。

 あいちゃんが英吾になろうとした理由。

 それはきっと、私が同性愛なんておかしいと口にしたからなんだ。

――私たちはより多くの多様性を受け入れていくべきなのです。

 思えば、あの授業の日から全ての歯車が狂ってしまったように思う。

 わたしもわたしなりに前に進みたくて、恋愛をした。そして好きな人が出来た。


「――いつも誰かに素を見せることを怖がっている。臆病な僕は、昔からしっかりしているところを見せなきゃだとか、嫌われたくないだとかそんなことばっかり考えて、誰かから好かれようとする方法をいつも選ぶように成長してしまった。そんな時に入った生徒会が、それは間違いだと教えてくれた。そこで僕が感じたのは、勇気を持つことだと思った」


「――嫌われる勇気というのかな。自分がどうしたって変わらない、変えられないことは絶対にある。それを受け入れた上で、立ち向かう……それが大切だと僕は思う」


「――このクラゲのように無軌道に自由に、正直に動いてもいいんじゃないか」


「――初めて会ったとき、それが恋だとは分からなかった。生まれてからずっと孤独に生きてきて、どうしたら生きていけるかばかり考えて、先を見てばかりいたから」


「――目に見えて大きな変化ではない、触れることもできない……けれど確かにそこに存在するもと花の“言葉”に、僕は救われたんだ」


 英吾が与えてくれた言葉。

 その“思い”にわたしは、勇気づけられてきたのだ。

 英吾くんのことが好きだった。付き合うことになって嬉しかった。

 でも本当にその言葉をくれたのは、きっと――。

「そっか。わたし……本当は、あいちゃんのことが――好きだったんだ」

 涙が頬を伝って落ちた。

 今になってやっと分かった。

 あまりにも遅すぎた。

 わたしは変わろうと頑張ったのに……部活を辞めることになったあの頃から、何も成長していない。


「――自分に正直になってもいいんじゃない」


 彗星のような言葉が、また胸の中で流れた。

 そうだ。周りからの視線に対する恐怖。それがなんだっていうのだ。

 そんなものは、大切じゃない。

 あの日、あの教室の時からずっと――あいちゃんはわたしにそう言ってくれていたのだ。

 世間尺度の中の“普通”でいるべきだと思っていた私。

 でもそれは、“普通”の一部でしかなくて。

 “普通”って、たとえ少数であっても認められるべき世界との[関係]なんだって。

「そっか」

 わたしは、”わたしだけの普通”を信じていいんだ。

 “ふつう”って、社会の中で承認されている内側だけが普通だと思っていた。

 でもそれだけじゃない。

 このわたしが抱えるものがふつうな人だっているんだ。

 マイノリティかもしれない。普通ではないかもしれない。

 でも誰かに押し付けているわけでも押し付けられたわけでもない。

 わたしの内から浮き上がる、純粋で清廉なふつう。

 わたしはそれを信じて、懸命に生きていていいんだ。

 信じれば強い感情が風となり、熱となり、ぶわっと胸の内から天上へと浮き上がる。

「伝えなきゃ、あいちゃんに」

 今度こそわたしは、自分からこの思いを伝えるんだ。


「――私、もと花とここに行きたいの」


 手提げ袋の中から旅行ガイドの本を引き抜いた。

 あいちゃんが確か行きたいと言っていたその場所は――。

 急いで望くんにメッセージを打つ。

――どうしたの?

――二人がいる場所、分かったかもしれない。

 わたしは家路を急いだ。

 あいちゃんのもとへ行くために。

 走って走って、今度こそ彼女のいるだろう、あの場所へ―――――。


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