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第8話 違和感

「♪」

 朝陽が差し込む自室で歌いながら、わたしは制服を着替える。

 机の引き出しの中に納まったピンク色のクラゲのペンダントを見るだけでもニヤけて来る。

 幸せな気分だった。

 下駄を履いていたせいで足にはまだ疲労感があるけど、それすらも心地良いって言えるくらいに。

 いよいよ今週の金曜日には夏休みが始まる。

 テストは頑張った。きっとやばい点数は取ってない。

 時間割ごとにテスト結果を受け取って、時間になったら帰るだけだ。楽勝。消化試合というところである。

 そんなことよりも今は彼氏ができたんだよって、一番の友達に話したい。

 ずっと力になってくれたあいちゃんに報告したい。

……本当は不安だった。

 あいちゃんとわたしは、仲直りできるんだろうか。

 付き合いました――なんて言ったら、わたしたちの関係が決定的なモノになってしまうんじゃないかって。

 とにかくもう一度、会ってきちんと話がしたい。

 あいちゃんの思いに向き合いたい。

 そう決めていたのだ。

「よし」

 わたしは両手で頬を張ると、部屋を出た。


「あっつ」

 学校の靴箱で掃き替えながらわたしは呟いた。

 ようやく自分の教室の目の前に来ると、なんだか閉じた入口の奥から賑やかな声が聞こえて来る。

「なんだろ」

 開かれた入口と隣の窓からはあいちゃんが見えた。近くの席のクラスメイトたちと会話をしている。

「分かる。昨日のライブちょーエモかったー。織櫛さんも洋楽好きなんだね」

「毎日じゃないけど、撮りためてるよ」

「先々週にあった総集編、あれマジおすすめ」

「本当! 帰ったら見てみる」

 わたしが扉の中へ開ると、ちょうどあいちゃんたちからの視線がこちらへ注がれた。

「おはよ、もと花」

「うん、おはよう」

 わたしはちょっとびっくりしてしまった。

 あいちゃんが楽しそうに他の人と雑談しているのなんて、初めて見たかもしれない。

 それは別におかしなことじゃないのに。

 足早に自分の席に向かい、鞄を下ろしてあいちゃんの方を向いた。

 おかしなことではないはずだけど――――。

 感じるこの違和感は、なんなんだろう。

 わたしは呆気にとられてしまって、そのまま話しかけるタイミングを逃してしまった。


 授業の休み時間に声をかけて、わたしはあいちゃんと久しぶりにいっしょに食堂でご飯をを食べることになった。

「学食来るの久しぶりね」と、あいは言う。

「本当に。せっかく来てるのに、わたしたちってだいたい弁当食べてるよね」

 わたしが弁当の包みを掲げると、あいちゃんも笑って包みを広げた。

 二人して窓際の丸テーブルに陣取る。

「でもそれって幸せなことだと思うわ。ここって中高一貫校だから給食がない代わりに格安で定食が食べられるでしょ。作る時間と手間を考えたら、そっちを利用する方が圧倒的に楽だと思うの。なのにわざわざ親が弁当作ってくれる家っていうのは、やっぱり愛情なんだろうなぁって思うから。……私は自分で作ってるけど」

 包みを開いてお互いに手を合わせると、わたしはあいちゃんの弁当の中身に目がいった。

「あれ、サンドイッチ?」

 形も不揃いで、まるで普段料理してない人が作ったものみたいだ。

「あ、今日は手抜きでね。なんだか面倒くさくなっちゃって」

「珍しいね」

 いつも楽しみがないからと弁当はしっかり作ってくるのに。

 そして、次にあいちゃんがテーブルの上に置いた飲み物を見て私は固まってしまった。

「あいちゃんって、コーヒー飲めないんじゃなかったっけ?」

「えっ?」

 缶コーヒーだ。しかも微糖の甘くないやつ。

「前うちに遊びに来た時に言ってなかった? たしか香りがダメだって……」

「あ、そうなの! でも試供品でもらったから、勿体ないし処理しなきゃと思って。それもあってパンにしたんだ」

 あいちゃんは困った顔をした。

「なんだ、そういうこと。無理して飲まなくてもいいのに。ちょっと待ってて」

 わたしは椅子から立ち上がると、近くのウォーターサーバーを利用して紙コップに水を注いだ。椅子に戻ると、あいちゃんに手渡した。

「はい、コレ。代わりにこっちはわたしが飲むから。いいよね?」

 缶コーヒーに手を近づけながら確認すると、あいちゃんは少し複雑な表情をして、

「うん、お願いします」

 と言った。

「それじゃあ、いただきます!」「いただきます」

 あいちゃんはパンを掴んでもくもくと食べ始めた。

 普段はご飯弁当で具材がたくさん入ってあるだけに、容器に敷き詰められているものがなんだかかなり質素に見える。

「あいちゃん、これあげる」

 自分の弁当から箸でミートボールをつまむと、あいちゃんの方へ向けた。

「いいの?」

「うん」

 あいは箸にかぶりついて頬張ると、嬉しそうに顔を綻ばせた。

「……おいしい。ケチャップが効いてるね」

「パンだとお腹空かない? もう少し何かあげるよ?」

「ありがとう。でもなんだか申し訳ないから……」

「遠慮しないで。授業も楽だし、わたしそんなにお腹空いてないから。手伝ってくれると嬉しい。それかおにぎりとパンを交換してもいいよ」

「あ、それなら欲しい」

 もと花はおかかのおにぎりをつまんで、あいの一番小ぶりなサンドイッチと交換すると、口に入れた。丸まったハムとパンは美味しいけど、中身は質素。本当に急いで作ったという感じだ。コーヒーを飲むとやはり結構苦かった。

「やっぱりお米の方が好き」

 あいちゃんは嬉しそうに言う。

 そういえばだいたいいつも、弁当の中身を交換してるなぁ。

 意識してなかったけど、こんなやりとりも最近はずっとやってなかった。

 それだけわたしとあいちゃんの間には隔たりがあった、ということで。

「……あいちゃん。その、この間はごめん」

「いきなりどうしたの?」

「わたしの家で、あいちゃんがわたしに言ってくれたこと……あの時は冗談だと思っておざなりにしたけど、そうじゃないんだって、後から気付いたの」

「……そのことね」

「だから、ごめんね。それともう一つ言わなきゃいけないことがあるの。……この間、英吾くんに告白してね、わたし付き合うことになったんだ」

 複雑な思いで見つめた。

 けれどあいちゃんは。

「……そっかそっか。オッケーもらったんだね。おめでとう!」

 にっこりと笑って、わたしの両手を握った。

「やったね、よく頑張った。上手く言ってくれて、私もすごく嬉しい」

 わたしは面食らってしまった。

「……あいちゃんは、それでいいの?」

「どうして? もと花の幸せが、私の幸せだから」

 本当におめでとう。そう言ってあいはいっしょに喜んでくれるのに。祝ってくれているのに。それなのにわたしは、素直に喜べなかった。

 本音なの?

 無理して明るく言っているんじゃないの?

 あいちゃんはわたしと付き合いたいんじゃなかったのか。

 思い返してみても、あの時のあいちゃんの目は真剣で。

 いつだってあいちゃんが冗談を言ったことなんてなかった。

 それともわたしがおかしかっただけなの?

 じゃあわたしはどう言われたかったの?

 そんなの、ワガママだ。

「もと花の幸せが、私の幸せだから」

 その言葉に、少なくないショックを受けている自分に気付いてしまったのだ。


 翌日もあいちゃんに声をかけた。

 あの後は告白の時の話ですっかり盛り上がってしまって、その話で一日が終わってしまった。

 でもわたしは、あいちゃんの話も聞きたかった。

 あいちゃんとこうしてきちんと話すのは、自宅に誘ったあの時以来で。

 その間にあいちゃんもいろいろあったはずで。

 わたしは途絶えていた親友との関係を取り戻すのに必死になっていたのかもしれない。

「今日はあいちゃんにお弁当作ってきたんだ。いっしょに食べよう?」

「本当? 嬉しい」

 お昼休みがすっかり待ち遠しくて。

 ……それなのに。

「もと花の夏デートがうまくいくプラン、考えてきちゃったー」

 わたしの作ってきたお弁当への感想はそこそこに、あいちゃんはわざわざ持ってきた旅行本を掲げて、昨日と同じテーブルの上にひろげた。

「こことかどう?」

 雑誌の中の写真を指差しながら、私の意見をねだって来る。

 ……話したかったのはそういう話じゃないんだけどな。

 作ってきた弁当には、卵焼きやなすの豚しそ巻きとか、あいちゃんの好きなものばかり入れている。いつもなら犬みたいにはしゃいで喜んでくれるのに。

「米の倉庫は渋くない? 他のところがいいな」

 適当に答えてもまだあいちゃんは話を続けて来る。

「英吾くんは文化的なものが好きって聞いてたから。美術館系は花火の会場に近いし、それならカラオケとか?  漫喫? スケートとかいいんじゃない?」

「カラオケなら安上がりだし助かるね」

 話が切れそうなタイミングを見図って、今度はわたしから話しかける。

「あいちゃんは夏休みどこか行くの?」

「実家に帰るくらいかな。でも隣の県だし、ワクワクはしないわね」

 あれ? そういえばいっしょに行く話をしてなかったっけ。それなら、

「あいちゃん、夏休みにわたしと二人でどこかに行かない?」

「ん~、考えておく。そんなことよりもっと英吾くんと行くとこ話そうよ。大事だよ、夏は」

 少しぐらいあいちゃんが乗ってくれるだろうと期待していたのに。

「そうだね」

 落胆するわたしとは対照的に、あいちゃんはまだ英吾くんとのデートの話を続ける。真剣には考えてくれているのだろう。楽しそうにも見える。

 自分のことみたいに考えてくれるのは嬉しい。けれど、内心わたしは複雑だった。


 その話題が3日も続いてくると、さすがにわたしもうんざりしてきていた。

「もと花、もと花。いいこと考えついちゃった」

 廊下を歩きながら、こちらに違う旅行本を見せてくる。

「こんなのどうかな」

「これきっと英吾くんも喜ぶよ」

 顔を合わせれば、あいちゃんは英吾くんの話ばかりで。

「そんなことより、わたしと行くとこ考えといてよね」

「もちろん分かってるわ」

 それでもあいちゃんはまだその話にこだわるようで。

 当の本人は能天気に、持ってきた旅行ガイドなんかを眺めて。

「これ怪獣の形をした岩だって! ユニークだなぁ」

 英吾くんがそんなところに行きたがるなんて本当に思っているのだろうか。

 あいちゃんってこんな人だったっけ。全然私の話を聞いてくれてない。

 本当はわたしと英吾くんが結ばれたことを、非難しているようにも思えてきてしまって。

「……英吾くんとのデートは自分で考える。だからあいちゃんはわたしと行くとこだけ考えて

 来てよ」

 冷たく言い放つと、流石にあいちゃんも表情を変えた。

「もと花、ひょっとして怒ってる?」

 その言葉で、思いが弾けた。

「もういいよ!」

 わたしが向きを変えて歩き出すと、

「ごめんなさ……」

 あいちゃんがわたしの腕を掴もうと手を伸ばしてくる。

「離して!」

「っ!!」

 乱暴に振り払ったわたしの指先が、あいちゃんの襟元のボタンを吹き飛ばした。

「あっ」

 あいの首元で銀色の鎖が揺れた。

 その先にある――青いミズクラゲのペンダント。

 なんでそれを着けて――――。

「ごめん、もと花ちゃん(・・・・・・)

 謝ろうとしたわたしの言葉はあいちゃんに遮られた。胸元を押さえてその場を逃げるように走り去っていった。

「どうして――――」

 どうしてあいちゃんが、それを持っているの?


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