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第4話 夏祭りの日➁

 商店街のアーケードを南に進むと突き辺りに駅が見えてくる。

 その手前にあるコンビニの脇にいる人の姿を見て、もと花は足早になった。

「英吾くん!」

 名前を呼ばれた相手も気が付いて、こちらを振り向いた。

「こんにちはもと花ちゃん。この間はありがとね、水族館楽しかったよ」

「わたしもだよ。今日はよろしくお願いします」

「うん。楽しもう!」

 英吾から差し出される手をもと花はとった。

 手を絡ませ合うと、お互いの体温と気恥ずかしさがそこから伝わってくるようだった。

 駅から目抜き通りの方へ歩きながら、英吾はもと花の姿を眺めた。

 藍色に咲く白い花には透けがあり、腰に巻かれた半幅帯にはごくわずかにベージュを帯びた刺繍が施されて気品で溢れている。

 もと花が急に大人びて見えて、何も話せず食い入るように見ていると、そんな自分の姿を心配そうに見つめる彼女の視線とぶつかった。

「どう……かな?」

「凄く、綺麗だ」

 英吾は自分が恥ずかしくなった。

 なんて月並みな意見なんだ。本当はもっと言いたいことがあるのに。

 でもその言葉だけでも、もと花には充分伝わったようで消え入るように「よかった……」と呟きが聞こえた。

「凄く綺麗でびっくりした。浴衣って着付けとか大変だし、結構かかりそうだし……」

「おばあちゃんが時々お手伝いで着付け教室行ってるから。いくつか出してもらって、これにしたんだ」

「良いおばあちゃんだね」

「英吾くんも私服かっこいいよ。わたしも普段着にしようかなとも思ったんだけど、せっかくなら浴衣、見てもらいたかったから」

 英吾の服装は緑のカーゴパンツに白のパリッとしたボタンダウンのシャツ、その上から黒の七分丈カーディガンを羽織っている。腰にあるウェストポーチは背の方へ向いて、長い髪の前側はおでこを出すようにして、後ろ側は首の後ろ辺りで結って留められている。

「英吾くんって髪長いよね。女性はみんなそうだけど、この時期って汗かくよね」

「僕は体温高めだからウエットティッシュは必須だよ」

 往来を行き交う人は進めば進むほど増えていく。

 二人の距離が近くなって、もと花を握る英吾の手がぽかぽかとした。

 あったかい。

 思いついたままに話しながら、もと花は時折英吾を見る。うっすらと汗をかいているのか、

 なんだか艶めかしく見えた。

 今日告白するんだ。

 もと花は改めて決意を固くする。自分も顔が暑くなってきて、手で軽く襟元を揺すった。

 目抜き通りから東門のほうへ行くと、今日は交通規制かかっていて道路が歩けるようになっている。手前には広場があるのにそこから溢れるぐらいの人が既にいて、入口付近は大混雑になっていた。

 もと花はスマホで時間を確認する。もうすぐで4時半だ。

 はやめに出たつもりだったが、これでも少し遅かったとちょっぴり後悔した。

 もと花は言った。

「やっぱり観覧席人気だね。抽選に応募もしたけどダメで……」

「僕も応募したけど全然だめだった」

 列に並びながら、観覧席の整理券が手に入ることを祈るしかない。

 少しずつ前進する先の方の列を眺めながら、英吾がハンカチで汗をぬぐうと、胸元を拭いた時にちらりとペンダントが見えた。

「それって――」

「うん、もと花ちゃんにこの間もらったやつ。着けてきたよ」

 シルバーのチェーンの下で、青い半透明のミズクラゲが触手を揺らしている。メンズには少し可愛すぎるかもしれないが、中性的な見た目の英吾にはとてもよく似合っている。

「嬉しいなぁ。わたしも着けてるよ」

 もと花は浴衣の襟を少し開くと、そこにはピンクのミズクラゲが泳いでいた。

 お互い似合ってるよと言おうとして、東大手門前にいた誘導員が大きな声を上げた。

「観覧席当日分は終了です! 門のなかからはご覧になれますが、観覧席は終了です! 中に入って左右に場所がありますので、そちらから花火をご覧ください!」

「嘘」

 もと花は手で口元を覆った。

 列がどよめき穴が空いた。そこを埋めるようして我先にとみんなが門の中へと進んでいく。

「とりあえず中に入ろうか」

 英吾に手を引かれて、東大手門の内側へと足を踏み入れる。

 茶褐色の門を通り砂利道を抜けて、再び門を抜けた先に広場が現れた。

 石に囲われて膝ぐらいの高さになっている立体的な花壇がぽつぽつと広がり、右へと抜けるように車道がずっと先まで続いている。

「結構広いね。観覧席は右側で、その先にあるのが北門かな。そっちに行ってみよう」

「うん」

 正面遥か先の方には白いフェンスが張られて、近づけないようになっている。

 そのなかには城の本丸、中心部があるのだ。近年、発掘調査のためにフェンスが張られるようになってから門の中は自由に歩きづらくなっている。

 フェンスを避けたそこかしこにある車道は封鎖されていて道に沿うように屋台が並んでいる。

 香ばしいソースや、砂糖菓子の甘い匂いが風に乗ってやってくる。

 立ち止まって眺めたい、そんな思いに駆られるが、今日のもと花にはやりたいことがあった。

 しばらく道を進むと、右側の出店の列がぽっかりと途絶えた。奥に『観覧席』と書かれた幟が立てられているのが見える。

 階段状の土手の上にレジャーシートが置かれたその場所は、既に観覧席のチケットを持った人たちでひしめき合っている。友人や家族が食べ物を広げたり、となりあって談笑したりしている。奥には公園の管理事務所とお手洗いも見えた。

「観覧席を取れなくても、結構みんなこの辺りにまとまってるね」

 英吾が言うように、もう少し本丸に近い開けた場所にもレジャーシートを広げている人が見える。土手がない分、花火を見上げる時はかなり上を向かなければならないが、寝転がっている人がいるのを見ればそれも苦ではなさそうだ。

「どうしよう? この辺りで場所を取る? 僕レジャーシート持ってるよ」

 英吾はウェストポーチから青いそれを覗かせた。

 もと花は、辺りを見回した。

 今の場所はだいたい東大手門と北門の間くらいの場所だ。悪い場所ではない。

 けれど……。

「わたしは違うところがいいな」

 景観を重視してか正面のフェンスは周囲より少し低くはなっているが、やはり風情がない。

 それにここはかなり騒々しくて、

「もう少し二人でじっくりとみられるところがあるなら……ダメかな?」

 もと花の提案に英吾は頷いた。

「全然いいよ。確かにここ人多いしね。もう少し先の北門の方まで歩いてみようか」

「ごめんね」

 もと花は特別を探していた。謝ると、英吾はかぶりを振った。 

「気にしないで。それよりも観覧席を取りたがってたのって、何か僕に見せたいものがあった?」

 もと花は頷いた。

「ここでの名物みたいなところがあるから。去年は『桟敷席』って言って、私たちがくぐってきた東大手門の手前にあったあの広場から花火を見る感じだったんだけど、それがテレビで全国に取り上げられて反響があって。今年はもっと近く城の内側から見られることになったんだ。花火の打ち上げ場所は、あのフェンスの向こう側になってるみたい」

 もと花が指を差すと英吾は唸った。

「門の手前からでも迫力あるだろうけど、たしかに中からならもっとすごいかもしれないね。でも、もと花ちゃんの言いたいことも分かるよ」

「というと?」

「違うところがいいって思う理由。ここからだと本丸の方が少し斜め向いてちゃってるから。人も多いし。違う角度からのほうがもっと素敵じゃないかなって。僕も同じ意見。まだ時間もあるし、屋台で何か買わない? まわりながら考えようよ」

「うん!」

 二人は手を繋いで歩き出した。

 ふと、正面を歩くカップルの男性と目が合った。

――桜庭。夏祭りの日、俺とデートしてくれないか?

 数日前、もと花は山谷先輩から誘われた。けれどももうその時には既に、気持ちは決まっていた。

――ごめんなさい、約束があるんです。

――そっか。それは残念だな。

 いまとなってはもう、過去のことだ。

 もと花はその男性から目を背けた。

 カップルとはすれ違いになって、向こうは後ろの方へと消えていく。

 その時に、少しだけ会話が聞こえた。

「ちょっと、私の話聞いてる? せっかく誘ったんだから楽しもうよ」

 山谷は隣の女性に謝った。

「すまんすまん。牧本の話はちゃんと聞いてるよ」

 話しながら一度だけ、山谷は後ろを振り返った。

「……そっか、彼氏いたんだ」

 呟きは、小さな風になって散った。


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