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第3話 夏祭りの日

「おばあちゃんありがとう」

 わたしは漆塗りの下駄を履くと、立ち上がって後ろを向いた。

 玄関の上がり框の上で、おばあちゃんは後ろ手を組んで笑っている。

「わたしとおんなじくらいの背で良かったねぇ。下駄はさすがに合わんかったけど……」

「そんなことないよ。着付けとレンタルなんてしてたら少なくみても5千円以上はするよ。夏祭りをじっくり回ろうものなら、どうかしたらもっと。下駄を買ったついでにこんなのも買っちゃった」

 わたしはお祖母ちゃんに小さな透明のゴムパッドを見せる。トングガードだ。

「鼻緒ずれ対策にね。これを鼻緒につけて足袋を履いておけばほら、痛くない」

 その場を回るように歩いてみる。

 新品の下駄は鼻緒が固い。足のサイズによっては歩く度にそれが内側へ追いやられて痛みを感じてしまう。これはそこにとりつけることで鼻緒に太さをもたせ、クッションとしての役割をもたせてくれるのだ。

「少し不格好かもしれないけれど……ケガするよりはね」

 わたしは自分の浴衣を見た。

 紺地に、ほのかに茶色を帯びた白い花たちが咲いている。花弁の内側は赤とピンクに彩られ、模様の周りは薄青色になっているために傍目からは光っているようにも見える。

「似合うとるよ。浴衣の柄になっとる撫子の花はねぇ、『優美』って意味を持っとる。もと花にぴったりやね」

 靴箱の上に置いていた巾着を手に取ると、わたしは玄関口を開けた。

「終わったらまたおばあちゃん家に帰って来るから」

「うんうん。いっしょにご飯食べるのを楽しみにしとるけぇ。じーさんもな」

 おばあちゃんの後ろ、テレビの音が鳴る方から「気ぃ付けてな」とおじいちゃんの声が聞こえてくる。

「それじゃあ行ってきます!」

 外に出て振り返ると、おばあちゃんはちっちゃい目をさらに細くした。くしゃくしゃの笑顔に見送られながらわたしは歩き出す。

 商店街へ戻りながら、途中から南の方へ進路を取る。

 花火の会場は近い。ここから歩いて30分ぐらいのところにある公園だ。

 といってもただの公園ではない。昔、この辺り一帯を治めた豪族が建てたお城があった場所だ。

 今ではもう本丸と櫓は遺構しか残っていないが、四方にある門と本丸へ続く橋は当時の姿のまま残っている。全体を囲うようにして植えられた桜や梅の庭園はそのままに、郷土館や体育館、博物館などが新たに建てられており、地元の人にはなじみ深い場所である。

 花火大会のシーズンには、この東門に入ってすぐの観覧席が取り合いになる。

 わたしは英吾くんとそこで花火を見るために、3時におばあちゃん家を出たのだ。

 花火自体が始まるのは7時だが、5時からはその観覧席の入場が始まる。

 抽選で席を確保することもできるらしいが、それに落選したわたしはこうしてはやめに向かって確保するしかなかった。

 街中を歩けばそこかしこを歩く浴衣姿の男女や、私服姿の人がみな同じ方向を目指して歩いていくのが見える。

 時折それらの視線がこちらに注がれることもある。

 わたしが浴衣を着ているからだろう。恥ずかしさと嬉しさが両方こみあげてくる。

「英吾くんは喜んでくれるかな?」

 そうだ。この恰好を写真に撮って、あいちゃんに――。

 そう思ってチャットを開くと、やりとりは2週間ほど前で止まっていた。

……あいちゃんとケンカした日からだ。

 こんなに長い間連絡を取らなかったのは初めてだった。

 あいちゃんはわたしを好きだと言ってくれた。でもわたしは英吾くんのことが好きで、あの時なんと言っていいのか分からなかった。

 あいちゃんはストレートすぎる。わたしには眩しくて、拒絶してしまった。

 自撮りを済ませたけど、チャット画面に添付しようとして手を止めた。

 これでよかったんだろうか。

「なんでこんな悲しい気分になるんだろう」

 それは多分、ケンカしているからだ。

 やっぱり今度仲直りしにいこう。そしてもう一度きちんとあいちゃんと話そう。

 あいちゃんが今までわたしにそうしてくれたように、わたしもあいちゃんの思いに向き合えば、きっとまた元の関係に戻れるはずだから。

 送信しようとしたメッセージを削除してスマホをしまうと、わたしは前を向いて再び歩き出した。


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