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第13話 英吾ともと花の水族館デート➀

 土曜日がやってきた。

 わたし、桜庭もと花にとって待ち遠しかった日だ。

 今日に早くならないかとスマホの画面を何度も覗いては、英吾くんと出会える日を楽しみにしていた。

 ……まるで自分の心の暗部を見ないようにするかのように。

 アラームが鳴り、布団から起き上がるとテキパキと身支度を整える。

 家を出て電車に乗って一つ南の駅に着くと、ペデストリアンデッキを進んで北へ進む。

 エスカレーターを下った先で見知った顔がこちらに手を振るのが見えて、わたしは急いで駆け寄った。

「桜庭さん久しぶり!」

 英吾くんだ。

 長い後ろ髪を団子状にしてすっきりとした印象だが、傍から見ても汗ばんでいるのが分かる。

「ごめんなさい、ちょっと予定の時間より遅かったかも」

 わたしはそう言ってスマホで時間を確認する。

「ちゃんと間に合ってるよ。でもちょっとここで待つのは失敗だったかも」

「かなり暑いもんね」

 立ち止まっていると、ぼんやりとした熱気が体にまとわりついてくる。歩いている方が風を感じられる分まだ涼しいくらいだ。

 英吾君は左手で顔を扇いだ。

「7時20分頃のバスに乗るからまだ少し時間がある。そこのコンビニで何か買っていこうよ」

「そうだね」

 傍らのコンビニに入る。

 外はもう充分明るくて、店内のほうが暗いというのに目の奥がツンとしてくる。

 寝不足だ……鏡面になっている柱をちらりと見れば、わたしの目の下に化粧で隠しきれない隈がうっすらと浮かんでいる。

 わたしが心の中で溜息をついていると、英吾君は「何にしようか」と声をかけて来る。

「わたしは無難にお茶でいいかな。英吾くんは朝食はもう済ませてきた?」

「一応ね。すきっ腹だと酔うタイプだから。でも保険で一応、おにぎりでも買っておくよ」

 とりあえず喉が渇いた。

 わたしと英吾くんはそれぞれレジを済ませると、ちょうど店を出たタイミングでバスが停車した。

「英吾くんバスもう来てる!」

「乗ろう!」

 黄色いバスに乗ると、わたしたちは最奥から二つほど手前右側の席に座った。

「日が当たるけどいいの? そっちなら日陰になるからいいと思うけど……」

 英吾は通路を挟んで左側の席を指差して言う。

「こっちの方が、外が見えるから」

「わかった。もし暑かったら言ってね」

 わたしの傍に英吾くんが座る。

 二人してさっき買ったばかりの飲み物を胃に流し込むと、バス内の冷気で頭がしゃきっとしてくる。

 英吾くんはリュックを、わたしは鞄を膝の上に置くと前の方からぞろぞろと他の乗客が電車に入って来る。

「奥の方の席が取れてよかったね」

 英吾くんが言った。

「まだ早い時間なのに結構多いね、同じ方に行くのかな」

「途中に温泉街があるし、観光センターや近くには名所の海岸もあるからね。7月じゃない分まだ空いてるほうだと思うよ。今日はもと花ちゃんをいいところに連れて行きたいんだ。行き先は内緒だけどね」

「いいところ……」

 実は、わたしは今日どこに行くのかを聞いていない。

 海沿いの場所だとは聞いたけど、水着が必要な場所ではないらしい。

 元々わたしが行こうとしていた場所は遊園地だった。探せばほかの遊園地もあったけれど、わたしは行く気になれなかった。

 生まれてから14年もずっと同じ街で過ごしていれば、多少話題の遊び場くらいは知っている。……つもりだったけれど、これから行く西の方へはまだ一度も行ったことはない。

 バス停の看板を見て気付いたけれど、このバスは東京や果ては京都にまで行けてしまうものもあるらしい。夜行バスというやつだ。こんなに近くにもあるんだなぁ。知らなかった。

 本気でどこかへ行こうと思えば、人は、自分が思っているよりも簡単に遠くへ行けるのかもしれない。

 そんなことを考えていると運転手のアナウンスの後、扉が閉まってゆっくりと景色が流れ始めた。

「もと花ちゃんごめんね。バス乗る時間かなり長いから、寝ちゃってもいいからね」

「片道4時間くらいでしたっけ。わたしは全然大丈夫です。バスで旅行なんて全然ないし、すごく楽しみです。西の方に行くんでしたっけ。あえて行きそうなところは調べませんでした。……その方がきっと楽しめると思うし」

「ありがとう。これから行く場所は、機会があれば僕が誰かと行ってみたかった場所なんだ。近くじゃない、わざわざ行かないと見られない珍しい景色。でもまぁ、好みに合わなかったら失敗だけれどね……」

「その時は温泉でも行きましょう」

「それもいいね」

 二人で軽く笑いながら、吸い込まれるように窓の外にある景色を見る。

 いつも思うけれど、本当に山の多い街だ。緑陵中学校も高い場所にあるが、それでもなんだか窮屈に感じることがある。

 海辺の場所の先の景色は、この窮屈さからわたしを解き放ってくれるだろうか?

 景色を見ていると、英吾くんとの会話は次第に言葉少なくなって、わたしは目を閉じた。


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