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第10話 晴と英吾

 もと花からの返信に連絡をして数日。

「今度英吾くんとまた会うことになったんだ」

「そうなの。良かったじゃない」

 それはまるで祈りのようで。山谷先輩とのことを忘れようとでもするかのように、頻繁に英吾の話を私に振るようになった。

「遊園地にはもう行っちゃったから、今回は違う場所にしようと思うの。でもどこも違うな、って思っちゃって。あいちゃんは何かアイデアある?」

「向こうの提案に任せてもいいんじゃない? こっちの方から誘ったら会おうって言ってくれるんだから、案外脈ありかもね?」

「……そうだと嬉しいんだけどなあ」

 もと花は言葉とは裏腹に、表情は硬いままだ。

 まるで発してる言葉に感情を寄せようとでもするかのようにぎこちなくて。

 私は苦しかった。

 もと花、私で良ければ話して。

 私で良ければ力になるよ。

 そう言いたいけれど、もと花の方からこちらに話したいという気配はない。

 無視されてはいないけれど、壁を感じる。

 でも英吾になら、この壁を越えられるかもしれない。嘘を真実に変える覚悟さえあれば。

……でも結局は、あなたももと花に対して自分に正直になっているだけじゃない? ただ楽になりたい、そんな一心で。自分も山谷先輩と同じようなことをしていることにはなりはしない?

『あい」として歩み寄ることが怖い。隣にいることが怖い。

 でももと花は何も言ってくれない。当然だ。

 贅沢なことを言っているのは分かってる。

 私はもと花に、もう2回も拒絶されたのだ。

 もと花の傍にいる私に許された立場は『友達』なのだ。

 だから私にできることは傍にいることでしかない。

 それに一体何の意味がある?

 私の生まれた意味は?

 そんなことを考えているうちに、私はまた学校で倒れてしまった。


 消毒液の臭いがする。

 ()以外の生徒が手当てを受けているらしい。ベッドから起き上がってカーテンから覗くと、体操服姿の男子がお礼を言って保健室から出ていくのが見えた。

――そろそろ出てもいいか。

 上体を起こしてベッドの縁に腰を落ち着ける。

 小声を出して喉の調子を確かめる。

 よし。

 僕は立ち上がってカーテンを出ると、その音に気付いた保健室の先生がこちらを向いた。

「あ、織櫛さん。大丈夫?」

「すみません先生。貧血出ちゃったみたいで……」

「多分そうだとは思うけど、一応大事を取って病院に行った方がいいんじゃない? お家には先生の方から電話したけど繋がらなくて。どなたか空いてる先生を呼んでいっしょに行きましょうか?」

「いえ、本当に大丈夫です。中間テストの前後で無理してたので、反動来ちゃったんだと思います。病院には自分で行きます」

「そう? まぁ倒れた時に意識があったから、とりあえずここに連れてきたけど」

 先生が手招きするままに簡単に全身を検められる。

「ダイエットとかしてる?」

「いえ、特には。ちょっと食欲が落ちてたものですから」

「そう、ならこれあげる」

 バー食品だ。お礼を言って受け取ると、包装を破る。

 ピーナッツチョコバーだ――を胃に納めながら、

「今日はこのまま病院に向かいます。本当に大丈夫です。ひとりで行けますから」

「本当ならご両親のいずれかと連絡が取れないといけないんだけれど……しょうがない」

 先生はデスクの脇に置かれたスタンドから一枚の紙を抜いて、こちらに差し出した。

「ここが一番近い病院だから。クリニックでもいい。必ず行ってね。あとそこに鞄も置いてあるから。桜庭さんが手伝ってくれたって」

 そうなのか。あとでお礼を言っておこう。

「分かりました、ありがとうございます。それじゃ失礼します」

 保健室を漸く出ると、私は移動して階段を登っていく。

 あいには悪いけれど、このまま帰ったって症状が改善することはない。

 罪悪感でこうなっていることは分かっている。

 僕はあいに幸せになってほしい。だから提案した。

 でもそれが裏目に出始めている。

 歯噛みした。

 なんで。どうして。

 どうしてこうも思い通りにならないのか。

 憤りながら進めばさらに一段一段が重く膝にのしかかってくる。

 どんな形であれ、あいが『英吾』になってもと花と結ばれれば全ては円く収まるはずなんだ。

 そう信じて僕は屋上の扉を開けた。

「……やっぱり」

 いた。

 屋上の“主”は気楽そうに投げ出していた両足をばたつかせて、慌ててこちらを向いた。

「なんだ、織櫛……あい、なのか?」

 立ち上がった晴はまじまじとこちらを見つめる。

「どっちだと思う?」

「英吾になってるんだな」

 晴の顔が緩んだ。

「織櫛……あいは大丈夫なのか?」

「大丈夫。今は眠っているよ。……貧血じゃない。心労さ」

 ため息交じりに言うと、晴は目を伏せた。

「罪の意識を感じているんだ」

「ったく、生真面目に考えすぎなんだよ」

 晴は頭を掻いた。

「みんな傍目からは見えない何かを背負っているものさ」

 僕が言うと晴はじっと見つめて、

「お前も背負っているものがあるのか……?」

「どうだろうね」

 屋上には僕ら二人を除いて誰もいない。

 グラウンドや校舎からは音が聞こえて来るのに。世界がここだけ切り取られたみたいだ。

 晴は口を開いた。

「お前は自分の幸せを考えたことはないのか?」

「それがあいの幸せだよ。彼女は生まれた時から必要とされていなかったからね」

「……どういうことだ?」

「あいは父親からネグレクトを受けていた。俳優として身を立てたいあいの父親は、付き合っていた女との間で生まれたあいのことをはじめから疎ましく思っていた。捨てろ、なんて言われたこともあったよ。結局彼は夢のために家出して、置いて行かれた母親は別れたことに絶望してずっと家でふさぎ込んでる」

「……最低だな」

「最低さ。あいには味方がいないんだよ。だから僕は。あいが幸せを掴むためにずっと影から力を貸してきた。あいの頭から口添えしたりしてね。お兄ちゃんとして当然の責務さ」

「お兄ちゃんか、しっくり来るな」

「ところで、きみに声をかけた彼は誰なんだい?」

 合点のいかない顔から晴の目が見開かれる。

「……望のことか?」

「僕は自分のことを話した。君も自分のことを聞かせてくれたっていいでしょ?」

「あいつは……」


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