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第9話 もう一度、デートを

 週末が明けて、学校がまた始まる。

 調子の優れない体を押して早めに登校すると、奥の席にいるもと花と目が合った。鞄を自席のフックにかけていつものように駆け寄った。

「最近早いわね」

「はやく目が覚めちゃって」

 普段は時間ぎりぎりに登校することが多いもと花にしては珍しい。

「英吾くんとのデートはどうだった?」

 私は努めて明るく尋ねると、

「うん、まぁ……」

 もと花は歯切れが悪い。少し迷った素振りをして、

「実は昨日、英吾くんとじゃなくて山谷くんとデートしたんだ。わたしが英吾くんを誘う前に連絡があって、悩んでたけど……行ったんだ」

「そっかそっか。でもどこへ行ったの?」

「遊園地」

 私は言葉に詰まった。

「もしかして……」

「うん。あいちゃんにも見せた、あそこの遊園地。先輩が行こうって。今になって言うけど、違う場所にしようって言えばよかったのにね」

 もと花は自分の気持ちをなぞるように沈黙して、

「……また先輩と繋がりが出来たことが嬉しくて行ったんだけど。……なんだろう。思ったよりもすっきりしなくて」

「すっきり?」

「うん……ごめん。まだちょっと言葉にできないや」

 もと花は困った顔を向ける。

……何かあったのかな。

 聞きたい気持ちをこらえて、もと花から次の言葉を待つ。けれど沈黙するばかりで、こちらからはなんて声をかけたらいいのか分からない。それでも聞くべきだと私は思った。

「何かあったの……?」

 もと花は視線を落とした。

「先輩がさ、牧本先輩といい感じだったってことをわたし聞いちゃったんだ。そのことを先輩に問い詰めたら、たしかにそうだって。でも先輩は牧本先輩よりもわたしの方が好きだって後から気付いたみたいで。それでわたしは先輩と、また繋がることができたけど……なんだろう。わたし、部活凄く頑張ってたのに。先輩は悪くない。だけどね、わたしが辞める原因に先輩が繋がってたって知ってから、なんだか誰も信じるの馬鹿らしくなってきちゃった」

 やけっぱちに笑う。

「本当にわたしのことが好きなら、辞める前に引き留めてくれたらよかったのにね」

 弱弱しい怒りを吐露して、もと花の頬に一筋の涙が流れた。

 言葉が出てこなかった。だから私は、代わりにもと花の頭を胸に抱きしめた。

「ごめんなさい。聞いてあげることしかできなくて」

 もと花からの抱擁はない。

「わたしって、最低だよね。……先輩は何も悪くないのに。でもね、あの場所にはもう関わりたくないって思ってる自分もいたんだ」

 私がゆっくりともと花から離れると、

「ごめん、しばらく一人になりたい」と言った。

 今のもと花には、時間が必要だと思う。

 私は頷いて自分の席に戻った。

 昼休みになってもそれはいっしょで、食事に誘おうとしたけれど彼女は足早に教室から去ってしまった。

 もと花の気持ちをもっと聞かせてほしい。頼ってほしい。

 そう思うけれど、今のわたしでは力不足だ。

 考えすぎだと思いこもうとするけれど、そんなことで私の気持ちが晴れることはなく。

 私が私じゃなければ。

 一瞬、ぐらりと地面が揺れた。

 やっぱり最近、体調が悪い。

 こんな日は誰もいないところで、外の風が吸いたいものだ。

「……やっぱり、あそこに行くしかないか」


 もう慣れてしまった屋上の扉を開けると、そこには一足先に晴がいた。

 私を見かけると手を上げて挨拶する。私もそちらの方へ近づいて、椅子に座った。

「だいぶここも暑くなってきたな」

 晴は上衣の胸元をぱたぱたとはためかせながら、チーズの入ったパンを頬張っている。

「夏になる前に日焼けしそう。パラソルか何か欲しいわね」

「お、ここが居心地いいって思えるようになったか!」

 そうかそうか、と晴は組んでいた脚を解いてクーラーボックスからお茶を取り出した。

「そんで? 桜庭とその後話したのか?」

「うん、聞いてきた。この間の土曜日は山谷先輩とデートしてたみたい」

「マジかよ。まさかベタに遊園地とか行ってたりしてな!」

 私が何も言わないのを見て、晴の顔が引き攣った。

「……マジ?」

「あんたと同じ感情を数瞬前の私も抱いていたわ」

 晴は露骨に目線を泳がせた。

「最悪じゃねぇか。まさか桜庭がその場所にしようだなんて言ったのか?」

「まさか」

 私は首を振った。

「……なあ、桜庭ってその山谷先輩のことが好きなのか?」

 どうなんだろう。

「正直……分からない」

 私は違うとは思うけれど、もと花と話した感じでは、憧れみたいな感情があるのは確かだ。

 好きと言われれば好きだけど、あの時話した感じでは、先輩と少し気持ちが離れてしまったように思う。

「好きでもないやつとデートはしねぇだろ。天秤に賭けられてるな」

「天秤……」

「その先輩か、英吾かだろ。まぁどちらでもないかもしれないけどな」

「それは困るわ」

「それを俺に言われてもな」

 晴は困った顔をする。

「それでお前はどうだったんだ?」

「私? 私は……もと花のことが心配」

 膝の上で両手を組むと、親指同士をつけたり離れたりして弄ぶ。そうしているといくらか心が落ち着くからだ。

「心配って、山谷から何か言われたのか?」

「山谷先輩はもともと牧本先輩と付き合ってたそうよ。それがあとからもと花のことを好きになって、それに気づいた牧本がもと花に嫌がらせするようになって……辞める遠因になったのは自分のせいだって、そういうことを言ったらしいわ。もと花はそんなことで自分が辞めるよことになったのが一番許せなかったみたい。自分は一生懸命部活に打ち込んでいたのにって、そう言ってた」

「なるほどな。そりゃチャンスじゃねぇか」

「チャンス?」

 私は怪訝そうな目を向けて聞き返す。

「だってそうだろ。英吾にとっちゃいい状況さ。実際山谷がどうなろうがお前は構わないだろ? 向こうの関係がこじれているうちにこっちの関係が進めば、それは桜庭にとってもお前にとってもいいことだろ。違うか?」

「……本当にそうかしら。もと花に隠し事をしているのは私も同じじゃない。山谷はそれを言っただけ、まだ誠実なのかも……」

「誠実なわけあるもんか。馬鹿正直っつうんだよそりゃ」

 晴は私の意見を突っぱねた。

「山谷の野郎が牧本と付き合ってただとか、そのせいで桜庭に嫌な思いをさせただ言うのは、そんなの俺には我が身可愛さの保身に思えるね。正直に言って許してもらおうっていう楽したいだけさ。桜庭からどう思われるなんて考えちゃいない。そんなの優しさでもなんでもない。お前だって本当はそう思ってるんだろ?」

 私はなにも反論できなかった。頷くしかない。

 心の中に、そう思っている自分がいるからだ。

「たしかにお前は嘘をついているのかもしれない。でもそれは墓場まで持ってくんだろ?」

「……そのつもりよ」

「それならいいさ」

 晴の言うことはもっともだ。

 私だってそう思ってる(・・・・・・・・・・)そう思ってるんだ(・・・・・・・・)

「それで、どうするんだ。向こうが誘ってくれるまで待つのか? 俺はこっちから動くべきだと思うぜ」

「勿論そのつもり。……でも私は下心じゃなくて、もと花を癒してあげたい。今のもと花は本当のもと花じゃない。誰かの顔色を窺って、おびえてびくつくような弱い子なんかじゃない。本当のもと花は優しくて、悩んでも最後には自分の力で決断できる、そんな強い子だと私は思ってる」

「……お前は本当に桜庭のことを大切に思っているんだな」

 晴は呟くように言った。それから、

「よし。それならお前の行きたかった場所に連れてってあげたらいいんじゃねぇの。一旦英吾としてどうしたいって気持ちは捨てて、あいつのことリフレッシュさせてあげたらいいじゃねぇか。桜庭のことを大切に思ってるお前が決めた場所なら、きっと桜庭にとってもその気持ちは伝わるはずだぜ」

「行きたかった場所……」

 正直その考えは見落としていた。ずっと英吾としてどう接するか、彼ならどんな場所に行くかを考えながら計画を立てていた。

 単純にあいともと花で行きたい場所ならたくさんある。

 いつか行こうと思っている場所のパンフレットを家にストックしているくらいだ。それはもともと、私が家を出たい一心でいわば逃避行のために集めていたモノだったけれど。

 いつしか友達と――もと花と行きたい場所に変わっていた。

 でもそこが私ではなく、英吾ともと花が行く場所になってしまうかもしれない。

……それでもいい。

 もと花がまた元気になってくれるなら、それ以上何を望むのか。

 もと花を癒やしてあげたい。

 それは私じゃなくて英吾じゃなきゃできないことなんだ。

「行きたい場所はもちろんある。静かな場所……私ではだめだけど、英吾にならもと花も気持ちを話してくれると思う」

 スマホが振動する。私のだ。

「もと花からだわ」

 ポケットからそれを取り出すと、もと花からメッセージを開いた。

「今度、近いうちに会えませんか……?」


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