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第3話 あいと晴のデート

 まったく。

 まったくどうしてこんなことをしているのだろう私は。

「やっぱお前の男装ってすげぇいいわ」

 通学路から商店街への道を行きながら、隣の晴はそんなことを言い出す。

「全くなんで私が“英吾”にならなきゃいけないのよ」

 そう、そうなのだ。

 晴の頼み事とは、”織櫛あい”ではなく“浅野英吾”とデートしたいということだったのだ。

 全く謎すぎる。

 下校前にいつものトイレで”英吾”に切り替わって、今に至る。

「え、あんたってそういう趣味なの?」

「そんなわけあるか」

「じゃあどういうつもりなのよ」

「男同士での絡み方を知っていれば、桜庭との会話にもネタができるだろ。最近何したとか聞かれて、答える材料になるじゃねぇか」

「……それってあんたになんの得があんの?」

「気分転換になる」

 嘘くさい。けど、気分転換というのは本当のようだった。

 昼間のことを思い出す。

 灯下望と名乗った男のことを晴は考えているような気がする。

 特に何かを聞いたわけではないけれど、私には知りえない悩みがこいつにはあるのだろう。

 みんな何かを抱えている。

 なんとはない、着替えまでしてこうしていっしょに来てしまったのだ。

「しょうがないわね。……いっとくけど、晩御飯までには帰らせてよね」

「わかったわかった」

 晴は上機嫌だ。

 染めている金髪には地毛の黒が少し混じり始めている。

 普通にしていれば顔は整っているし、好いてくれる人も多いだろうに。

 進んで人から嫌われることをする人間は好きに離れない。

 でもこうして学校の外でのコイツは、そんなことをするような人間には全く見えない。

 そんなことを考えていると、

「ちょっと寄っていこうぜ」

 晴はいきなり商店街の入り口側にあるCDショップを指差した。

「ゲーセン行くんじゃなかったの」

「そんなんどうだっていいっしょ。……お前行きたかったのか?」

「別に」

「なら行こうぜ」

 晴は我先にと扉を開けて中へ入ってしまった。

 そーゆーこと。

 全くイラっとする。晴にとってゲーセンは、いっしょに帰る方便だったってことか。

 なんでいっしょに帰りたがるんだ。

 私は商店街の道の先をぼんやりと見つめた。

 緑陵商店街は駅から駅へ、南東方向へ1・5キロほど続く道だ。道の途中まではアーケードになっており、生活用品と娯楽はこの道で揃ってしまうほど便利である。

 ただ夕食の食材を買うだけなら、入り口の方にあるスーパーで揃ってしまうのだが、娯楽を楽しむなら商店街を奥まで進む必要がある。

 一体どこまで行くんだろう。

 何がしたいのかよくわからない晴という人間に、私は少し好奇心を抱いた。

 私もCDショップの扉を開いて中へ入った。

 陽気な音楽が流れる中、晴は店内を物色している。

 久しぶりだ。私にはCDで音楽を聞く文化はもうない。スマホのストリーミングで充分だからだ。

「こっち来いよ」

 晴に呼ばれてそばに行くと、晴はスマホに接続していたイヤホンをこちらに差し出す。

「聞いてみろよ」

「別にいい」

「いいからホラ」

 右耳にイヤホンを突っ込まれた。

 ポップソングだ。良いとか悪いとか特に心を揺さぶられる曲ではないけど、晴はいたく気に入ったらしい。

 私が無言でイヤホンを離すと、

「良いよな! ちょっと買ってくるわ」

 晴はCDを手に取りそのままレジへ向かってしまった。

「まだ何も言ってないんだけどな」

 一人ごちる。

 入口で待っていると、会計が終えたらしい晴がそばに戻ってきてお店を出た。

「次行こうぜ次」

 晴と私は店を出るといっしょにまた歩き出す。

 今度の店はたこ焼き屋だった。

「俺奢るからさ」と、またしても私のことは聞かずに晴は買ってくる。

 店の前に申し訳程度に置かれた椅子に座っていると、晴は向かいに座った。

「ほら」

 晴はテーブルにたこ焼きの入ったトレーを置くと、2つある割り箸のうちの一つを私に差し出した。私はそれを半分に割って、仕方なくそのなかの一つを口に放り込んだ。

 ソースと青のりのかかった皮がほろりと裂け、中のタコがほど良い歯ごたえとなって口のなかへ広がる。

「うめぇだろ? ここ良く来るのさ」

「うん……まぁ……」

 確かにふつうに美味しい。まぁ、おごりならいいか。

「6個くらいならちょうどいいだろ。俺もさ……」

 晴はしきりに感想を話しているが、私はぼんやりとした考え事に夢中だった。

 ゲームセンターへ行くなんて方便で。

 それなら、私といっしょにいたかった?

 晴は私から割りばしを受け取るとトレーといっしょに脇にあるゴミ箱へと放り込んだ。

「次行こう、次」

 私は仏頂面のまま晴に連れられてどんどん先を進む。

 近年の商店街は苦戦していると聞くが、まだここは元気なようで、それはやはり駅と駅を結んでいる導線からだろうか。

 道中の仏具店や花屋、流行りのアニマルカフェ……。

 ゲーセンなんて入らないままとうに過ぎてしまった。どこまで行くんだろう。

 まさか私と本気でデートしたかったとか?

 まさか。それはないだろう。

 もうそろそろ……帰りたいんだけどなぁ。

「どこまで行くの……?」

「向こうの駅まで」

 アーケードが終わる。それまでの古い商店街から一変、白を基調としたまだ見るからに新しい商店が軒をつらね始める。名称の異なる商店街がここからさらに繋がっているのだ。

「バターの良い香り……」

 最初に目についたのはパン屋だった。軒先に書かれたキュートなイラストに暖色系の照明。

 その向こうには大手のカジュアル衣料品店やアパレルメーカーが並び、はるか向こうには居酒屋やハンバーガーショップの看板が見える。

「ここまで来たことなかった」

「マジか。結構繁盛してるんだぜ。こっから向こう駅の県庁まで活気があるんだ」

 来てよかったとは認めたくないが、これならもと花も喜びそうである。

「来てよかったろ」

「あんたの家はこの辺なの?」

「いや、緑陵駅からずっと東さ。最寄り駅がねぇから自転車か歩きで来てんの。今日は歩き。それはそうとさ、さっきのパン屋美味そうだったな」

 晴は歩きながら、首だけ後方を振り返っている。

「……あんたってなんでヤンキーなんかやってるの?」

「何が?」

「ヤンキーって、相手の嫌がることしたり、自分が楽しければそれでいいってそういう人種のことでしょ。クラスのなかのお前って、誰かといっしょになってスプレーに火をつけて窓炙ったりいたずらしたり、ガラ悪そうなやつらとつるんではいたけれど、人を馬鹿にすることはしなかった。……なんか合わせてるみたい」

「そう見えるのか?」

 晴はこちらを窺うような視線を送っている。

「見える。原田と武藤の時だってそう。ホモだのなんだの盛り上がってるとき、お前だけは話に乗りたがらなかった。ヤンキーのフリをして、今はまともな人のフリをしてる。本当のあんたってどっちなの? 私にはあんたが分からない」

「……そうかもな」

 晴は曖昧な返事をするだけだ。

「……階段でお前に話しかけたのは誰なの?」

「なんでもねぇよ。……昔の友達さ」

 晴は詮索させてもくれない。やがて「白けた」と小さく呟いた。

「今日は俺の無理に付き合わせて悪かったな。……また明日には、まともに戻ってるから」

 それじゃあな、と晴は私を置いて前へ前へと行ってしまう。

 人混みに消えていく晴を眺めながら、

 ――このまま帰ってしまえばいい。都合がいいことだ。

 そう自分に言い聞かせようとするけれど、体はその場で固まったままだ。

 こいつののことを少しは知りたいと思った。

 別に好きだとかそういう感情は全くないけど、なんだかんだ多少は私に協力してくれたのだ。

 たこ焼きの礼もある。それにここから家までまた歩いていくのはしんどい。

 私は深呼吸ひとつ、自分を切り替えた。

「待って」

 先を行く晴を追いかける。

 晴は一軒の店に入っていく。私も遅れてお店に入る。

 随分かわいい店に入るのね……。

 石とガラス細工のアクセサリーショップである。

 イタリア直輸入と書かれたポップのそばには、月や十字架、なじみ深いところだと猫とか犬だのをあしらった首輪やピアスなどがある。

 晴は私がとうに帰ったと思っているのだろう、さっきからU字型の紅い月のようなガラス細工がついたネックレスを物欲しそうに手にとっては、棚に戻し、他の物を見てはやはり同じものを手に取っている。

 私はこっそりと晴の傍に近寄った。

「晴ってかわいい趣味してんだな」

「おまっ⁉ 帰ったんじゃ…………悪いかよ」

 晴は警戒しつつ、ひっそりと手に取っていたそれを棚に戻そうとする。

 私はその手を掴んだ。

「いいんじゃん、そういうの付けてたって、全然変じゃないだろ。買っちゃえばいいじゃん」

「簡単に言うなよな。……お前はそう思うのかもしれねえけどさ、男がこんなのつけてちゃダメだろ」

 英吾である私と晴以外は女性客ばかりだ。

 晴はそのことを気にしているように私は思えた。

 でもそれがなんだというのだ。他の人が私たちを変な風に思っているとはとても思えない。

 自分の気のせいなのだ。

「男っぽいとか女っぽいとか、晴はそんなに大事なの? 俺にはよくわからない。欲しいものは手に入れる。それでいいじゃねぇか。俺みたいに男になってるわけでもあるまいに」

「……変じゃない、か?」

 晴の瞳が潤んだように見えた。

 何をそんなに気にしているんだか。

 晴はまだ赤い月のようなネックレスを手に持って悩んでいる。

 私はそれを奪い取ると、そそくさとレジスタッフへと渡した。

「これください」

「ちょ、おまっっ、お金は?」

「晴が買うんだろ?」

「あのなぁ~~。コレ結構すんだぞ。お金で悩んでたんだよ俺は。カンパしてくんねぇのかよ」

 そう言いながら晴は後ろポケットから財布を出す。

「うちは母子家庭だから」

 晴は一瞬バツの悪い顔をした後、スタッフにお金を払った。


「全くよお。まさか買うつもりはなかったんだけどなあ。どこにつけるんだよこれ」

 駅への道を歩きながら、晴は紙袋からアクセサリーをつまみ上げる。

「欲しかったんだろ? 最悪、鞄にでもつければいいじゃんか」

 私はそう言って、

「さっきスタッフの人に聞いたけど。モチーフは月じゃなくて馬蹄だってさ。幸運のお守りらしいよ」

 晴は私の話に聞き入っている。その横顔は薄く笑っていて満足そうだ。

「汐崎晴は案外かわいいもの好き」

「なんだよ」

 私がそう言うと、晴が反応する。

「別に。あんたの人となりが――――いや、弱点が分かったってだけ」

「はぁ!?」

「意外と女々しいってこと」

「お前が買わせたんだろ!?」

 晴は騒ぐが、別に本気で怒っているわけではない。

「……ありがとな、織櫛。調子を合わせてくれて」

 晴は私に聞こえないよう言ったつもりだったのだろう。


 十分聞こえてるって。

 晴とは駅で別れた。

 たかだか2キロにも満たない道で随分あちこち見てしまったものだ。

 電車で自宅のある隣り駅に戻ると、駅前で弁当を買ってから商店街前を後にする。

 外はもう夜だ。

 一人で歩いていると、晴との時間でいくらか癒えていたはずのもと花への罪悪感が、杭のように尖った感情となって胸をかき乱してくる。

 ようやく自宅に戻るころにはもう8時を近くになりはじめていた。急いで玄関のなかへ入る。

 いるのかいないのか分からないが、遅く帰ってきた私を母が咎めることはない。

 私は安堵して二人分の弁当をテーブルに置くと、顔を洗うために洗面所に向かう。

「あれ?」

 顔の輪郭を確かめるように触れる。

 織櫛あいに戻らなくちゃ。

 そう思うが、戻り方が分からない。

「英吾っ」

 不安になってその名前を呼ぶが、返答はない。

――君が自分を見失わなければ、君は君のままで英吾になれる。

 私はまだ自分を見失ってない――ハズ。

 それなのに。

「私って、――――どんなだったっけ?」

 自分の姿が思い出せない。 

 鏡に映る私の姿は英吾のもので、そこにあいは欠片も残っていない。

 結局その日、私はあいに戻ることができないまま眠った。 

 風呂に入って私服に着替えても、自分の肌に触れてもその歪な感覚が消えることはなく――。

 翌朝眠りから覚めた頃にようやく、私はあいに戻っていたのだ。


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