第2話 灯下望
もと花とのデート、嬉しかった。
幸せだった。
でも。
あの時向けられた笑顔は……果たして私に対して向けられたものだったろうか?
デートが終わった翌日の日曜日も、その次の日の今日も私はそのことばかりを考えていた。
考える場所と時間が欲しかった。
そのためにこの屋上は、実に都合がいい。
ほとんど誰にも邪魔されずに思考することができるからだ。今座っている花壇脇のパイプ椅子なんて多少のリクライニングが利くので最高だ。
……なんだけど。今はそのほとんどの場合ではなかった。
「どうしたんだよ?」
隣から声をかけられる。汐崎晴。私が屋上へ上がったのを尾けてきたのだろうか。思考が
中断される。よく話すようになったのはここ最近なのに、妙に距離が近いように感じた。
全く不気味だ。そういえばコイツ、まさかデートの場所にまでやってくるなんて……。
「なんでもないわ。それよりデートの時、アンタはなんで私たちのところまでやって来たのよ。気持ち悪い」
「たまたまだよたまたま。おれも買うもんがあったのさ」
「何を」
「イヤホン。……そのついでにお前の応援さ」
晴は私と反対側の耳から何かをつまみ出す。ワイヤレスイヤホンだ。
嘘くさい。
「マジ。マジだって。お前らのことは昨日の夜に聞いた程度のことしか知らねぇよ」
私は昨日こいつにメッセージをした。どこを回っただとか、どんなことを話しただとか、そんなことだ。全て話す必要はない。どうせ、自分のアドバイスがどれだけ役に立ったかどうか確認したいだけだろう。
正直ここや英吾になるための場所を貸してもらうだけで十分だ。何を話したかとかどうだと
か、こいつには本来関係ないことなのだ。
「私がもと花と何をどう話したかまで、あなたに話す必要はないでしょう」
「それはまぁ、そうだな」
食いついてくるかとも思ったが、そうでもないらしい。
「桜庭のことはあまり興味がない。俺が興味があるのはお前の事さ。お前が上手くいくこと、それだけが俺の関心」
「意味がわからないんだけど。ストーカー? それとも推しってやつ?」
「俺もよくわかんね。でも推してるのはちがいない」
「は? 訳わかんない」
理解したところで無駄だ。こんな奴とつるむなんてハッキリ言ってリスクしかない。もと花に二人でいるところを見られでもしたら、余計な心配をかけてしまうことになりかねない。
「もういい。帰ろ」
私は椅子から立ち上がると、後ろも振り向かずに屋上から出ていこうとする。
「おいちょっと待てよ。もう少しゆっくりしていけって」
構わず無視すると、
「おい織櫛。お礼ぐらいしろって。屋上入れるのを教えてやったのは俺だろ!?」
「別に頼んでない」
「そっか。それなら英吾の正体を桜庭にバラしにいくかな」
たまらず私は振り返った。
「ふざけないで!」
晴は肩をすくめる。
「……さすがの俺でもんなことはしねぇよ。ともかく、俺はお前がお礼をしてくれるんならそれでいい」
「お礼? ……何しろってのよ」
事と次第ではぶっとばしてやる。
「今日の放課後、俺と付き合えよ。別に変なことはしないさ。俺とゲーセン行くのに付き合ってくれればそれでいい。最近みんな付き合いが悪くてよ」
なにそれ。ため息が出る。でも無視してたらなんでも理由をつけてごねてきそうだった。
私は溜息をついた。
「……いいけど全部おごってよね。私は貧乏なんだから」
「おっしゃあ!」
喜色満面、腕でガッツポーズする様は年相応のガキだ。
私の嫌いな飢えてる男の姿そのものだ。
全く溜息が出る。自分の教室へ戻ろう。
階段を下りながら、
「後で連絡入れるから、メッセージ見といてくれよ」
「分かった」
全く、どうしてこんなことになったんだが。
不意に、階段の下の方にいる人物と私の目が合った。
見たことのない生徒が、「あっ」と小さく声を上げた。
「ひょっとして……晴? ハルだよね?」
女性よりも遥かに肌の薄い透き通った人。見たことない人が私の後ろ、汐崎の名前を呼んだ。
「……おう」
晴は困ったような声を出した。
「やっぱり晴だったんだ。僕だよ、覚えてる? 望。灯下望だよ。同じ学校だったんだね。僕は2年4組だけど、晴は……?」
「1組」
晴は急に声が低くなって、仏頂面でそう言った。まるで敵視するみたいに。
「そっかそっか。僕は別の学区だったんだけど、最近引っ越してきてね。まだ一カ月も経ってないんだ。その人は友達かな? またいっしょに仲良くして――――」
唐突に晴は私の腕を引っ張ると、階段を駆け下りた。
「ちょっ、ちょっと。離せっ――」
そんな私を無視して晴は、去り際にその人に告げたのだ。
「望。俺とお前はもう友達でもなんでもないから。勘違いすんな」
「えっ――」
「ちょっと――」
晴の腕力には敵わない。
私は彼に腕を引っ張られたまま教室の近くまで行ってやっとこさ解放された。
「触んなっ‼」
顔を張る。乾いた音が響いて、廊下の辺りにいた生徒がこちらに何事がと目線を向けた。
こんなところを見られてはたまらない。
私は教室へ駆け出して行った。
「あいちゃん、いっしょに帰ろう?」
放課後になり、もと花が私の席の方へとやってくる。いつもは私が行くのに。
「今日はちょっと。図書室に借りてた本があるから」
「私も行くよー」
「次読む本をいろいろ物色したいの」
「私もいくいくっ」
「その……今日は一人になりたいから」
私は言葉に詰まってそんな冷たいことしか言えなかった。
「……分かった」
もと花の顔が曇ったが、それも僅かな間のことでそっと私の耳元に口を寄せると、
「何か嫌なことでもあった? 私で良かったらいつでも相談してね」
もと花は教室を出ながら「バイバイっ」と手を振って出ていくので、私は胸の前で小さく手を振り返した。
このままアイツのことなんか気にせずに帰っちゃえばいいのに。
クラスの生徒がいなくなって、残された教室の後ろの方で座るその人の傍に私は近づいた。
「ほら、行くんでしょ」
「おう。サンキュな」
友達ヅラか。昼休みに晴があの生徒と会って以降、妙にしょげている気がするのは偶然なわけないか。
「ゲーセン連れてってくれるんでしょ。私お菓子食べたい」
「小学生かお前……わーったよ」
晴は漸く重い腰を上げると、「ちょっと」と先を行こうとする私を呼び止める。
「織櫛に頼みがあるんだわ」




