第1話 汐崎晴
織櫛あいは英吾の助けを借りて男の体を得ると、ついにもと花とのデートに成功した。
でもそれは幸福な瞬間であり、破滅の始まりでもあった。
英吾となったあいの姿を目撃した晴もまた、彼女に惹かれていく。
全てはもと花から愛されるために。
偽りで塗り固めた自分を、あいは最後まで貫き通せるのか――。
どうして俺は、あいつの様子なんか見に行ったんだろう。
布団の上で何度も眠りにつこうとした。
けれども、胸の高鳴りが納まる気配はない。
デートについて、あいには思いつくままのアドバイスはした。
こんな男がカッコいいだとかこんな気遣いが大事だとか、あくまで男目線での意見をした。
それをどれだけ組み込むのかはあいつ次第だし、そもそも、織櫛あいのデートが上手くいくかどうかなんでどうだっていい。
そう、全てはお遊びなのだ。
お遊び。
そのはず、なのに。
「なんであんなところに行っちまったんだ……」
会えるなんて思ってなかった。
俺が行った時間は遅かったし、どこを回るだとか細かいことを聞いたりも結局しなかった。
それでも『行きたい』という得体の知れない衝動が、ずっと心の中で燻っていた。
新しくできたモールの中を見て回りたかったから?
違う。
織櫛あいが好きだから?
違う。
でもあのとき。
織櫛とショッピングモールで目が合ったとき。
食堂で話す、知らない男をみかけたとき。
俺は、話しかけたい衝動を抑えることができなかったんだ。
……全くどうかしている。
けれど、俺は、
「あいつともっと話したい」
なんでそう思ってしまうのだろう。
なかなか寝付けずに朝が来て、俺はすっきりしないままに布団を出た。
着替えてリビングに行くと、母さんが朝食を作っている。
スクランブルエッグだ。いつも傍らに添えているベーコンを炙っているのだろう、スモーキーな香りが漂っている。
お腹は正直に空腹を訴えるが、俺の気持ちはそうではない。
「おはよ」
義務的な挨拶が母さんの耳に届いて、こちらを振り向いた。
「おはよう晴ちゃん。もうちょっとでできるから待っててね」
甘ったるい幸せそうな声が飛んでくる。
「わかった」
俺は卓上にまとめられた皿をひろげたり冷蔵庫からドレッシングソースを取り出したりなんかして手伝いをする。
「晴ちゃん、学校はどう?」
「ぼちぼちだよ」
「それなら良かったわ。――この間の小テスト、少し悪かったから」
寒気が走った。
「……ごめん。次は満点取れるよう頑張るよ」
「うんうん! その意気その意気! ママは晴ちゃんのこと応援してるからね」
大仰に母は俺を抱きしめて来る。
普通は嬉しいことのはずなのに、俺は怖さを覚えていた。
「あなたはパパに似て優秀な子なんだからきっとできるわ! 顔も綺麗だし、性格も素直で素敵。きっと大成するわ。だからずっと、――そのままの晴ちゃんでいてね?」
「うん。俺はずっと母さんの傍にいるから」
抱きしめ返した。
俺の父は優秀な経営者で、だからいつも、仕事で家に居ない。
男らしくて大柄で、気前が良くて、頭のいい完璧な父を、母は俺に重ねている。




