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第19話 もと花と英吾のデート➁

 自分の駅から離れるだなんて、いつ以来なんだろう。

 もと花よりも先に駅に着いて待つために、はやめに来た私は持て余した時間で駅のホームをぼんやりと見回した。

 黄色っぽい天井や壁面はもう何年も使われているという佇まいだが、ホームに設けられたラーメン店やカレー屋はまだ出来上がったばかりなのだろう。入口に立てられた看板もピカピカで、見れば駅の券売機やトイレなど、頻繁に人が出入りする部分は手が加えられている。

 それは改札口を抜けた先にある売店も同じことで、私はそこでお茶を購入すると、飲みながら中央出口を目指した。

「……変じゃないかしら」

 襟元に手をあてながら衣服を改めて確認する。

 男物の服を調達するのはそう難しいことではなかった。もともとファッション誌が好きな私は、おしゃれな服だとか、どこで買えばそれが手に入るかとかそういう知識は持っていたからだ。一時はその道に進もうかとすらおもったが、服飾系の学校に行く余裕が母子家庭にあるはずはない。私は早々に諦めていた。

 プチプラの服で適当にコーディネートしたが、これで大丈夫だろうか。

 スマホを手鏡モードにして、さりげなく全身を確認する。

 鼠色のネルシャツに、折り目のかっちりしてメリハリの利いたジーパン、黒に近い紺色のスニーカー、そして深緑色のパーカーといった出で立ちだ。

「大丈夫、似合っているよ」

「ん」

 殊更に気合を入れた格好にはしなかった。

 オンリーワンも外せばアウト、本当は多少華美な方が好きなのだが、ありふれた無難な感じの格好の方が英吾という人物像には似合うと思ったからだ。

「誰かと遊ぶのなんて、本当久しぶりね」

 中央出口に着くと、柱巻き広告の一つに身を寄せながら、サッと外を確認する。道路の脇にはそこかしこに旗が立っていて、目的の大型ショッピングモールへの道を示してくれている。凄い力の入れようだ。

 これは場所なんて確認しなくてもいいかも。とは思うけれど、念のためスマホと駅の案内板でルートをチェックする。そのタイミングで視界の端の方からもと花が近づいてくるのが分かった。

「こっち」

 私が少年のような声を上げると、それに気づいたもと花が改札を抜けて小走りにやってきた。

「ごめんなさい! 待たせちゃいましたか?」

 普段は見せないもと花の様子にどきどきする。こんなもと花を見るのははじめてかもしれない。まだそんなに会ってない異性相手だとこんな感じをするんだ……ついついあいとしての目線で見てしまう自分を慌てて引き戻す。

「ちょっと早くに来たばかりだから大丈夫だよ。それじゃあ、行こうか」

 努めて紳士的に。今の私は織櫛あいではないのだ。

 手を繋ぎたい思いを抑えて、二人で並んで歩く。

 車道側に男性が立つといいだとか、こまめに相手の疲れに気配りするだとか、気配りのルールはいろいろあるらしい。

 歩道側を歩くもと花の横顔をすっと眺めると、まだ緊張気味だったのか、同じように話すタイミングを窺っていたもと花と目が合った。

 二人してつい黙りそうになって、私はそれが可笑しくて笑ってしまった。

「あれ? 私何か変でした!?」

 風船が弾けるようにもと花の、あのいつもの朗らかな声が広がる。

 そう、その明るさがもと花の魅力なのだ。

「ううん、全然。すごく綺麗だよ。凄く大人びて見える。好きな色なの?」

「本当ですか! 良かったーー‼ 実は、色は友達に選んでもらったんです」

 友達、というのはもちろん私のことだ。

 数日前にもと花が選んだこのワンピースは私のような安い服ではなく、若者向けにしてはずいぶん高い1万を超えるような服だった。

「そこまで気合入れなくてもいいんじゃない?」という私のチャットにもと花は、「これを機にいろいろ変わりたいから」と言っていた。

 ピンクゴールドの色か、褐色を帯びた淡い黄色か。

 私はより似合っていると思った後者を勧めたのだ。

「すごく綺麗だね。袖口の葉っぱのような刺繍とか、すごく素敵だし」

「浅野さんの服もぴったりって感じですね! あんまり素材感とか分からないのであれですけど、ほら、シャツとか……」

「ああ、ネルシャツね」

 私は襟を右手でつまみながら言う。

「肌触りがよくて好きなんだ、生地が柔らかいのが好きで……」

 お互いに服の話から会話が盛り上がっていく。

 話しながら歩く歩道も次第に人でにぎやかになっていって、みんな同じショッピングモールへ向かっているのだと分かった。

「あ、見えてきた」

 もと花の言うとおり、視界いっぱいに白くて大きな楕円形の構造物が現れる。建物の最上部にはミコーモールと書かれた文字がでかでかと主張している。

 建物の入口に入ると手前から奥の方へ、焦げ茶色の籠に入った野菜や果物が、至る所から主張するように顔を覗かせている。

 青くて甘い香りだ。

 近場の農家が卸した鮮度の高いそれらの香りを堪能していると、もと花が「美味そう」なんて言いながら近くの冷蔵ショーケースへふらふらと近づいていく。

 ケーキショップだ。レモンやオレンジの輪切りをのせた食欲をそそるスポンジケーキにもと花はもう釘付けになっている。

「はっ」

 アニメならもと花の口端には涎が垂れていることであろう。

 もと花は食欲旺盛なのだ。そんな姿を自分でみっともないと思ったのだろう。

 恥ずかしそうな顔をしながらこちらを向いたので、

「美味しそうだね」

 なんて私も近づきながら、ディスプレイされているほかのケーキも見た。

 傍らに置かれた焼き菓子よりも高価なケーキに目がいくのは必然であろう。外は5月末の温まり始めた熱気が日に日に強まっているのだ。冷たいものが食べたくなる。いや、それ以上に、いつであろうと甘いものは女の子にとって別腹なのである。

「いいね。もっといろいろ見てみよっか」

「ここはヤバそう」

 もと花の口調は既にくだけ始めている。そのことに気付いてもと花が赤くなった。

「桜庭さんて食いしん坊なの?」

 私は笑った。

「ち、ちがっ! それよりスマホ! スマホ治しにいきましょう‼」

 もと花はガツガツ先に行こうとするので、私は慌てて隣へ駆け寄った。

「エレベーター乗ろう、エレベーター。4階だから」

 もと花の真後ろに着くと上へ上へと上昇していく。

「うわぁ~」 

 もと花は感嘆の声を漏らした。

 私も同じ感想である。

 もともとここはこの近辺で唯一の百貨店があった。老朽化と購買層の変化で5年ほど前に閉鎖されたが、県の熱心な営業と招致で新たに建て替えられ、生まれたのがこのモールである。

 県の新たな産業と文化の発信地とするべく、このモールでは近隣や地方の特産品なども扱っているらしい。さらに、それが一時の盛り上がりとならないよう大小問わず常設の店舗とは別にイベントスペースを設けられていて、眼下、一階の奥の方にそのスペースが広がっているのだ。こうして上から見ていれば良く分かる。まず両端に縦長の大きな常設店舗があり、そこを繋ぐような回廊構造をしつつ、中央部は吹き抜けになっている。広く感覚をとっているのでエスカレーターの隙間から下の階のお店の様子もなんとなく伺える。

「2階はアウトドアフロアっぽいねー」とはもと花だ。

 この場所から東へ行った先には山がある。そこはウィンタースポーツのメッカだ。なるほど、ここはそのための場所になっているのか。

 事前に建物の構造を調べていたとはいえ、やっぱり新しい建物はわくわくする。

 これは細かく見ていたら、1日は平気で遊べそうだ。

 3階のファッションフロアを過ぎて4階に到達する。白色灯の光に目が惹かれたかと思うと、左側に大型の家電量販店が、右手にはこれまた大きなゲームセンターがある。

「こっちの奥かな」

 左へ進んで、家電量販店のなかのスマートフォンコーナーへ移動する。

「もと花の機種は?」

「えーーっと……あった」

 彼女が指差した先には結構たくさんの種類のカバーがある。

「どれにしようかな~」

 さっそく物色している。各フックには見本が一番手前に括りつけられており、カバーの硬さや質感を確認しやすくなっている。

「やっぱりプラスチックのおかげで無事だったけど、衝撃には脆いよね。やっぱりシリコンか手帳型かなあ……」

「これなんてどう?」

 赤の手帳型のものを見せる。開けば、シリコン製のフレームでスマホを固定する構造になっており、蓋の内側には縦に二つポケットがついている。ポケット部は透明になっており、プリクラくらいなら入れられそうなサイズだ。

「もと花と撮ってみるかい?」

 本気とも冗談ともつかない“英吾”の声が飛んでくる。

 英吾ならいっしょに撮ることができるだろうが、さすがにまだ馴れ馴れしいか。

 隣にはゲームセンターがあった。多分プリクラもあるだろう。

「手帳型使ったことないし、これならいいかな」

 もと花の声に我に返る。手にしているのはさっき見せた赤いヤツだ。

「英吾くんもこういうデザインが好きなの?」

「なんというか可愛いけど大人っぽ過ぎないし、個性があっていいかなって思って」

 もと花についていきながら他のコーナーも見て回る。

 ドライヤーを見たり、ホビーコーナーを見たり、文房具を見たり……買うためではなく値段を見たいという感じで、私はと言えばつい食洗器の値段を見ていた。

「英吾くんって食洗器欲しいの?」

「欲しいなぁ。自分で料理するから」

「凄い! どんなの作れるの?」

「……割となんでも?」

 初めて見る料理もレシピがあれば困ることはない。

「すごーい! 男の子で料理できるのは貴重だよ~! わたしもね、あいちゃんって言う友達がいるんだけど、その子もなんでも作れるんだ。わたしはまだ料理修行中だけど、時々教えてもらってるんだ」

「料理ができると一人暮らしの時も困らないからね」

「それ、あいちゃんも同じこと言ってた」

 なんて話していると、時間なんてあっという間に過ぎるもので。

 お腹の鳴る音がした。

 …………。

 私は鳴っていない。であれば一人しかいないのだ。

 もと花は腹を隠すようにしつつ、下を向いていた。

 ハッズッ‼‼‼

 と言わんばかりの行動にこらえきれない笑みで閉じていた口元が歪んだ。

「会計済ませたら、ご飯にしよっか」

 見ればもう時刻はもうすぐ12時である。

「そそそう、だねッ!! ちょっと買ってきます!」

「あ、僕も出すよ」

「大丈夫です! そんな気にしなくても」

「遠慮しないで」

 レジへと走っていくもと花を追いかける。

「なんだか今日は、いろいろとうまくいきそうかも」

 そう思うのだった。


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