第15話 わたしと英吾と山谷先輩
食堂の入口付近に先輩はいた。
「良かった。今日は無事に来てくれて」
昨日と場所を変えて奥の方の丸テーブルに座った。3脚ある椅子の1つをずらして向かい合う形になる。周りのテーブルとは距離があるから、個人的な話をするにはうってつけな場所だった。
わたしと先輩はそれぞれ違う定食を頼んだ。普段はそこまでたくさん食べる方じゃないけれど、休み時間の度に動き回ったせいでお腹がもうペコペコだ。
「もちろん来ますよ。って、部活もしてないのによく食べる女だなって思ってません?」
「どうだかな~。でもたくさん食べる方が俺は好き。運動で大事なのは持久戦だから」
「わたしが一年の時バテてましたもんね先輩は」
「いまだに周りからは無駄な動きが多いって言われるよ。それじゃ……」
「「いただきます」」
食べ始めると昨日は話せなかったことがどんどん溢れてくる。お互いの最近の出来事や仲の良い友達のこと。趣味や最近ハマってること。そんなことを話しているうちに、時間はあっという間に進んでいく。会話に一区切りがついたところで、先輩が居住まいを正した。
「あのさ、桜庭……」
先輩が何かを言いかけたところで。
「よかった、ここにいた」
中性的な声が聞こえて、反射的に私は振り向いた。
「浅野さん!」
「こんにちは」
彼が右手を挙げた。腕にかかるナップザックが紐を伝って揺れた。
「覚えててくれたんだね。これを渡そうしたくて」
浅野さんは左手をポケットに入れると。そこからスマホを取り出した。
「これ、君のでしょ?」
「あっ」
受け取ると本体は無事だが、背面に取り付けたキャラクターモノのプラスチックカバーは左端から右端へ大きな亀裂が入っている。亀裂は幾重にも繋がって、触れればパラパラとプラスチック片がこぼれた。側面のボタンを押すと一瞬の間の後になんとか電源は点いてくれて、わたしは少しほっとした。
「おいおい、どうしたんだよそれ?」
山谷先輩の血相が変わり、非難めいた眼差しが浅野さんに向けられる。
「あ、違うの」
わたしは昨日のことを話そうとして言葉に詰まった。
「昨日階段で僕とぶつかっちゃってね。その時に落としたのを見かけて、ずっと渡そうと思っていたんだ。本当にごめんね。ちゃんと弁償するから、許してもらえないかな」
浅野さんはわたしの代わりに話すと、こちらにひどく申し訳なさそうに頭を下げた。
「そ、そんなそんな! 足元ばかり見て下りてたわたしが悪かったんです。つい興奮してたもので!」
「そっかそっかー興奮してたんかー。あ、席ここどうぞ」
山谷先輩はニヤッとして、浅野さんに空いていた椅子に座るよう促した。
「どうもありがとう」
「もしかして、昨日桜庭の制服が汚れてたのってそういう……?」
先輩に気付かれていた。血は洗ったけど、他に汚れがついていたのかもしれない。
「わたしがぶつかったときに浅野さんは水を運んでたので、ぶつかったときに被ってしまったんだと思います。弁償なんてとんでもない、私だって制服汚してしまってごめんなさい」
今度はこちらから頭を下げた。内容は嘘だけれどこの気持ちは本当だった。浅野さんが上手く事情を汲んでくれたことが有難かった。
「そっかそっか、それなら……」
山谷先輩はこちらから目を離すと、考えるような素振りで窓の外へと視線を投げた。
「昨日はいろいろありがとうございました。やっぱり何かお礼をさせてください」
「そんな、別にいいよ」
「でもやっぱり何か……そうじゃないと気が済まないです」
「それなら……デートに付き合ってくれない?」
「え゛っ」
カエルを踏み潰したような素っ頓狂な声を上げたのは、山谷先輩だった。
「実はこの辺りの街のこと詳しく知りたいんだよね。見ての通り僕は他の学校から来ててね。文化祭のテーマもはやめに練らなきゃいけないし。そのための取材がしたいんだ。それにスマホケースのことも。こっちの責任でもあるわけだし」
「……えっ」
どう答えていいか分からなくなって、わたしは先輩と浅野さんを交互に見つめて固まってしまった。
 




