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第13話 牧本先輩

余談ですがぶっ通しで書いてたので原稿の方に各章のサブタイはなく……

割と思い付きです。後々変更するかもです。

 家に戻ると、強烈な反動が体を襲った。うねる波のような疼きが体中を駆け巡る。

 生理――――。

 その言葉が脳裏を掠めた。私の女性の部分が悲鳴を上げている。苦しみに耐えていると、自分でも気づかないうちに布団で寝ころんでしまっていた。


「ハッ!?」

 再び目が覚めると既に時刻は9時を過ぎていた。もう1限目が始まっている時間だ。

 でも、もうそんなことはどうでもいい。

 考えるべきことはもと花とこれからどういう関係を作るかということだけだ。

 それを練らなくてはならない。

 私はもと花と結ばれたい。そのためにはどんな私が一番なのだろう。

 織櫛あいと繋がりのある人物ではなく、新しい私でなくては。

 いろんな人物案を出していくが、あいのいない時間で接触できる人、そして私生活ではあまり関わりをとれない人物という線が現実的だ。

 私がもと花と接触できるのは、休み時間や放課後のわずかな時間ぐらいだ。

 現実的に私が演じることのできる人物となると、生徒ということになる。

 それならまずは制服が必要だ。

 同じ学校の生徒でなく、他校の生徒であれば接触を減らせるだろう。交換学生や他校の生徒会役員、部活の交流……。

 けれど、どんな人物になろうともと花を傷つけたり、操ったりするようなことはしたくない。

 嘘はつきたくないのだ。

 …………。

 私は首を振って“矛盾”という言葉を頭から追い出した。

 もっと、もと花のことを知らなくては。

 私は私服に着替えると財布をポケットに入れて外へ出た。


「あいちゃん、やっぱり学校来ないのかな」

 わたしは4限目の授業を聞き流しながらスマホの画面を見つめた。

 もう何回見返しているのだろう。メッセージの返信は来ていない。

 学校に来ていないと分かってから心配して何通かメッセージを送ったのだが、既読すらついていないのを見るとがっかりせずにはいられない。

「体調悪いのかな……」

 放課後、先輩ときちんと話せたお礼を直接あいちゃんに伝えたかった。でも何も来ないなら仕方ない。代わりに先輩からさっき送られてきたメッセージに改めて目を通した。

――お昼、食堂でいっしょに食べないか……?

 どうしよう。行ってみたいしお誘い受けちゃおうかな。

 一人でいると不安だ。孤独は耐えられない。

「お願いします、っと」

 わたしはそう返信した。


 午前中の授業が終わり昼休みに入った。先輩からの返信を確認して私は足早に食堂へ向かう。

「ニワ」

 廊下に出た瞬間、その刺々しい口調に思わず足が竦んだ。

 こんな呼び方をするのは――、

「牧本先輩」

 胸元で青いリボンが揺れた。3年生だ。

 おかっぱに納まる蛇のようなツリ目が、咎めるような視線を向けて来る。

 だから私は一人でいると不安なのだ……この人が来るから。

「ちょっと来い」

 先輩は私をあごでしゃくった。

「……はい」

 拒否権などなかった。私は周りを見渡しても助けてくれる人はいない。

 これからされることを想像して体に震えが走った。

 どうしよう、止められない。

 普段はあいちゃんが傍にずっといてくれるから何もないけど、彼女のいないときの自分が本来の私なのだ。

 一人ぼっちで仲の良い人など全然いない。情けない私が、本当の自分なんだ。

「あの……友達が待ってるんです」

「てめぇの連れは今日休みだろうが。お前のクラスメイトから聞いてんだよ」

「でも――っ」

 いきなり襟首を掴まれる。それだけでわたしは萎縮してしまった。

 先を行く牧本先輩の後をついていくと、隅のほうにある女子トイレへ入るよう促される。

 整備の追い付いていないほうのトイレだ。

 歴史の古い緑陵中学校では和式はさすがになくなったものの、タイル張りの古めかしい洋式トイレはまだある。ここもその一つで、急ぎでもなければ誰も人が来ないような場所だ。

 入口から少し足を踏み入れたところで、前にいる牧本先輩が振り返ると、私の手を引っ張って奥へと押し込んだ。

 窓が背に当たり、すっと冷たい風が首元を抜けた。振り返ると換気のためか窓が開いており、錆びたつっかえ棒が頼りな気に揺れている。

 慌てて向き直ると、牧本先輩の平手が張るように私に伸びて――――。

 瞬間、大きな音が響いた。

 痛みはなかった。代わりに乾いたような音が耳元で響いてくる。

 私が凭れる壁に彼女は自分の平手を打ち付けたのだ。

「山谷に近寄るなって、私言ったよな?? お前は理解(わか)りましたって言ってたよな? なに約束破ってんの? どういうつもりなの? お前」

 平手でタイルが何度も叩かれ、そのたびにわたしの心臓が跳ねた。

「なぁ、聞いてんだけど?? もしかしてあいつにアタシの事まで言ったわけ? ねぇ」

 胸倉を掴まれる。何か、答えなきゃ。

「――ぃ、――ぃって、ないで――」

「おい!」

「なにも言ってないです‼」

「ほんとかよ、お前」

 胸倉を掴んだまま、壁に押し付けられる。

 わたしは後頭部をぶつけて鈍い音が鳴った。。

「昨日何話したんだよお前」

「山谷先輩はわ、わたしが部活辞めたことを心配して、声かけてくれただけです……」

「それだけな訳ねえだろ! あいつは用事を放り出してまでわざわざお前んところに行ったんだよ!」

 ふざけんな! という罵声とともに平手が飛んでくる。

 張られた勢いのまま地面に突っ伏すと、今度は鈍い痛みが横腹から走った。

 蹴られている。何度も何度も。

 衝撃が止んで、わたしは恐る恐る顔を上げる。牧本先輩は荒々しく息を吐くと、

「おい、お前スマホ出せ」

 断ることなどできなかった。おずおずと差し出したそれを奪い取ると、先輩は指を走らせた。

 履歴が読まれているのだ。先輩はひとしきり確認すると、右手でスマホを窓の外へ放り投げてしまった。

「お前が私と山谷の間に入ってくんなよ。関わりを持つんじゃねぇ。お前がいるとあいつは腑抜けになるんだよ」

 汚いものにでも触れたかのように右手をスカートにこすりつけながら、先輩は再びゴム靴の先を私に打ちつけた。

「ああムカつく。お前がもう二度とあいつと会えないように、その顔を潰してやろうか?」

 くの字に折れて抵抗しない私の顔面へと、その一撃が入ろうとして――――。

「何してんの?」

 中性的な声だった。静かに怒気を孕んだ声が先輩の後ろの方から向けられている。

 こちらからは先輩が影になって、顔は見えない。

 女子トイレのなかに入って来る。長い灰色のズボン……他校の男子生徒だ。

「誰だお前――っ」

 先輩よりもその男子の方が速かった。

 男の腕が矢のように伸びて先輩の頭を正面から掴むと、個室の壁へ打ちつけられた。

 個室トイレの壁から木が折れるような豪快な音が鳴ったかと思うと、先輩が片目を押さえて悲鳴を上げた。男の指が入ったのか、堪らず先輩は横に逃げて走ってトイレから出ていった。

 壁に凭れて震えていたわたしは、一連の動きをただ茫然と見ていることしか出来なかった。

 男は先輩がいなくなったのを確認してわたしの傍にしゃがみこんだ。

 二重の凛々しい眼差しが私の全身を上から下へ心配そうに見つめた。

「大丈夫?」

 さっきまでのことは嘘のように優しい声音を向けられて、わたしは思わず安堵してしまう。こらえていた涙が一斉に溢れ出した。

「あっ……、あっ……」

 わたしは男に抱きしめられた。

「大丈夫だよ、大丈夫。傍にいてあげるから」

 女の子みたいな柔らかい香りがする。どこか馴染みがあるような。

 昔、同じ言葉をかけられた気がする。

 わたしが触れているこの人は初めて会う人のはずなのに。

 それなのに、どうしてこんなにも落ち着くんだろう。


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