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第1話 織櫛あいについて。

 

 わたしだけの、普通。


 5月のぼんやりとして温かな空気が窓を抜け、緑陵中学校2年1組の教室に差し込んだ。

 さきほどの体育でうっすら冷えた体のまま授業を受ける生徒たちを、心地よい眠りへと誘っていく。

 振り返らなくても大半の生徒が微睡んでいるだろうことが感じられる。

 廊下側最前列の席。それが私の席だ。幸い私に眠気はない。体育でひたすら手を抜いていたからだ。

 右腕で『織櫛あい』と書かれたノートの上に頬杖をつきながら、先程から耳に響いてくるチョークが黒板を叩く音を愉しむ。

 ややあって音が途切れて視線を黒板へ向け直すと、ぴしゃっとした文字を書き終えて振り返

 った。

 黒板に一際太く書かれた『LGBTQIA+』の文字が嫌に目につく。

 朴訥で、話し出すと妙に重苦しい先生の野太い声が教室に響いた。

「私が学生だった頃と君たち学生のいる時代は異なっている。男女二極だけだった時代を過ぎ、レズやゲイがカルチャーとしてのみ取り沙汰される時代は終わり、今はより分化した性……自分がどちらの性別を選択するのか、どんな性別を好むのか、そして愛をどう表現するのかまでより広く受け入れられる時代になったのです」

 私はそれを聞き流しながら、視線を反対側の窓の方へと向けた。

 窓際の最前列に座る少女へと視線が注がれる。

 桜庭もと花。身長153cm、制服のスカートでは覆えない活動的な肉付きのいい四肢、ほっそりした無駄のない胴、よく運動をしているのだろう活発・元気そうな体とは不釣り合いな、幼く自信なさげな表情。

 くしゃくしゃとした無造作なおさげ髪に色の映える唇、小鼻……。眠いのか、目は少し虚ろ気味で、なんとか集中しようと黒板の内容をノートに書き写そうとしている。

 その目線が不意に交わった。

 私は鼓動が速くなっていくのを感じた。

「現在では、性別は男女という二極でなく七色、虹色であると表現されます。世の中にはいろんな性癖・嗜好がありますが、皆さんが受け入れられるものもあれば、受け入れ難いものもあるでしょう。このクラスもそうでしょう。現在そしてこれからの時代、私たちはより多くの多様性を受け入れていく努力が必要なのです」

 聞こえていた先生の話し声や周りとの感覚が希薄になっていく。世界には私ともと花の二人だけになった。

 わたしは、人が生まれた瞬間から決まっているものが2つあると思う。

『性格』と、『性別』。

 その2つはどうあっても変えることができない。

 性格はまだなんとかできる。

 適応というのだろうか、吹き上げられた植物の胞子が異なる場所に根差すように、その環境

 に適応することはできる。

 そう、変え[られる]。

 でもどうあっても性別は変更できない。変えられない。戸籍を変えても、手術を受けても結局、内臓が変わることはない。

 あの子は何を考えているのだろう。


 私が、(わたし)じゃなければ。あの子に好きだと言えるのに。


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