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第74話 超やべぇ

 最近、首がよく締まるんですよ。

 それでもって、僕の通う中学でも不可解な事件が頻発し始めたんですよ。えぇ。

 同級生が言うんですね。「それ呪いです」って。えぇ。呪術廻戦、始まってますよ?って。えぇ。


 こんにちは。KKプロダクション所属、雨宮小春です。


 初恋の芸能人、日比谷真紀奈を追いかけて三千里…三千里とは12000キロメートル。南極まで到達します。


 そんな映画『渋谷戦争』撮影開始を控えた夢見る南極探索隊は今日も停学明けで意気揚々と登校している。

 相変わらず、天気は雨。

 その日はエカテリーナとかいう先輩が首ゴキッてなって死んだ葬式…つまり僕が電線に絞め殺されかけた翌日だった。



「きゃあああーーーっ!!!!」


 とある女生徒の悲鳴が悲しみの帳が上がりきらない校内の静寂を切り裂いた。


 何事かと生徒が騒ぎ立てる昼休み。バレー部だというその女生徒は体育館の入口で尻もちを着いてその双眸を恐怖に歪めていた…


 その先には…


「おいおい…」「マジかよ…」「これ…どうなってんだよ!!」「まさか…これってあの…っ!!」


 バレー用のネットに磔にされるように絡まる少女……

 その彼女の首には自身の長い黒髪の束が巻きついていた…まるで命を刈り取ろうと獲物に縛りつく蛇のように…


 そう…エカテリーナ先輩と同じ姿で……


 群衆に紛れてその光景を見つめる僕。昨日の妻百合初音の不穏な発言がなぜか信ぴょう性という重みを増して僕の中に深く沈んでいく。

 そんな背筋をなぞる嫌な悪寒をオカンに解消してもらいたいなって思ってた時「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」って1人の男子生徒が雄叫びをあげた。


「呪いだ……呪いだっ!!呪いだぁぁぁぁぁぁぁァァァァーーーーァ〜〜〜〜♪」


 流石狂人の街北桜路市。一般人の悲鳴ひとつ取ってもその後半の伸びには目を見張るものがある。

 死体を目にしてパニックになったらしい生徒は血走った目を……そう、まるでヒトではないなにかに魅入られたような目を周囲に向けて、1番近くに居た僕に掴みかかった。

 掴みかかったんだ。首に……

 またである。


「どうなってんだよぉぉぉっ!?!?」

「ぐげっ!?おっ……落ち着くんだ…くはっ!」


 ……や、やはり呪いなのか?これ……


 コノヤロウどうしようかと思案していたその時。

 何者かの影が僕とその生徒の間に割り込むように滑り込み、気合い一閃の掛け声と共に首絞めヤロウの胸倉を掴む。

 そのまま無理矢理の一本背負いで僕から首絞めヤロウを引き離し床に叩きつけたのは…


「ゲボ……あなたは…………」

「雨宮さん。こっちへ……」


 揺れるショートボブの少女の毛先を視界に捉えながら体育館を逃げるように後にする僕の後ろで、ヒソヒソと話す声が聞こえてた。


「呪いって…うちの学校の呪いって言ったらさ……」「そういえばあの子…たしか『演劇部』を復活させようとしてるって……」


 ********************


 尚雨足の強まる体育倉庫の裏。

 ヤンキーが煙草を吸うのにもってこいな人目につかないその場所に僕と妻百合初音……


「げっ!?お前らは……っ!?」


 ついでにいつかのチンピラ、永谷園が居た。彼はこの土砂降りの中煙草を吸っていた。

 しかし彼は関係ない。


「……見ましたね?雨宮さん…」


『演劇部』復活委員会(勝手に命名)妻百合初音が傘で出来た影を顔に落としながら僕に語りかけてきた。

 ちなみに傘は一本。同じ傘で雨を凌ぐ僕らの距離感はドラマなら恋が始まる3秒前だ。この前もそんな事言って始まらなかったけど……


「見たよ」

「私の話、信じる気になりましたか?」


 私の話というのは『演劇部』の呪いの事だろう。

 彼女曰くこの学校の生徒がお芝居をしたら呪いが降りかかるという。そして役者である僕の仕事が呪いを呼び起こしたのではないのか?コノヤロウというのが彼女の言い分だ。


 しかし僕は中学にあがってから仕事をひとつもしてない。日比谷真紀奈は夢のまた夢。仕事もない売れない役者(笑)である。SNSで「ファンです」ってフォロワーから言われただけで「私モデルやってます」って言っちゃう女子の次くらいに情けない芸能人なのだ。


「ので、僕のせいじゃないですし呪いかどうかはやっぱり分かりません」

「なにがのでなのかは分かりませんがこれで3人目……いえ、あなたを入れたら4人目です。エカテリーナ先輩と白ひげ先生、バレー部の方…しかもあなたは複数回首を締められてます。この事実は原因があなたであるという信ぴょう性の塊なのです」

「塊魂?」

「?」

「おい!何の話か知らねぇがここで話すなや!先公にバレるだろーが!」


 永谷弟は先公が怖いらしいが先公は今それどころじゃないはずだ。


「とにかく…このままでは学校中に呪いが蔓延してしまう……」

「そう言われても僕ほんとにお芝居してませんよ?」

「……役者なんですから、思い出せないくらい些細なお芝居でも、やってたかもしれません」

「思い出せないくらい些細なお芝居って何?というか、自分のせいじゃないって思いたいから僕に言いがかりをつけてるだけじゃないの?」

「何を言うのですか…私だってお芝居してませんもん……」

「でも『演劇部』を復活させようとしてる」

「……の、呪いの発動条件はお芝居のはずです…」

「それだけって言い切れる?幽霊さんに直接聞いたの?」


 僕は霊魂を信じてる。でも、確証もないのに元凶呼ばわりされるのはちょっと納得いかない。

 僕の少し棘のある言い方に妻百合初音は反省するような目の色を見せた。そして俯く。傘が僕の方に傾いていて、傘から外れた彼女の白いブラウスの肩が濡れて透けていた。


「そういう訳じゃ……ないですけど…たしかにこんな与太話……いきなり押し付けられても困りますよね……でも、私は……」

「……」


 お芝居……演劇……

 つまり観客の前で芝居をする行為だ。

 この一連の事件が呪いだとして、芝居が呪いのトリガーだとして、この僕がそのトリガーを引いたと…………



「………………あ」


 その時、僕の口から思わずそんな声が漏れた。


 確かに仕事や稽古で芝居はしてない。

 ……してない。『役者』としては、“芝居”はしてない。


 ……しかし僕は“演じた”。

 そう、あの日……記者きゃくの目の前で橋本圭介を“演じた”……


 演劇とは観客の前で役者が演技をすること。


 ……あれが芝居、演劇としてカウントされるならば……


 永谷園の煙草の火が雨粒に消火される前で僕の呆けた顔を見た妻百合初音が「……なにか思い出しましたか?」と目を見開く。

 その目に保身の色は無い。自らの不安や罪悪感を押し付ける為に僕に責任を問うているわけでは無い。


 それを確信してから僕は、とっっっても気まずそうに口を開いた。


「……いや、もしかしたら、の話だよ?」


 ********************


 もしかしたらで始まる物語は大抵ろくな事がない。もしかしたらと思ったら退くべし。


「やはりあなたです。間違いありませんこの人殺し」


 いきなり信じられないほど辛辣な妻百合初音の罵詈雑言には先輩方の無念が篭っているのだろう。

 しかしそんな事を僕に言われてもですね?


「確証はないのにそんな言い方やめてくださいよ。それに、そうだったとしても起きてしまった事はどうしようもない」

「おいおい…お前まさかその台詞が通ると思ってんのかよ」


 妻百合初音に半強制的に引きずられる僕になぜか追従するのは永谷弟。話に入ってきているがこいつはなにも理解出来ていない。

 さっき「『演劇部』の呪いって知ってる?」って訊いたら「エンゲージの野々井?」とかほざきやがった。


 じゃんじゃん降りの中、体育倉庫の影から飛び出した僕らの姿を通りすがりの生徒数名が目で追う。

 その目は好奇に満ちていて、少し引っかかった。


「原因があなたにあるなら、責任を取らなければなりません」

「僕だけじゃないかもよ?」

「訂正します。私達です」

「俺も!?」


 違う。



 妻百合初音に引きずられやってきたのは図書室だ。

 生涯踏み入れる事はなかろうなのだと思っていた活字の宝庫に立ち入った時、静かに読書を嗜んでいた生徒達の視線が一斉に集まる。


「うっ!うわぁぁぁぁっ!?」


 そして文学をこよなく愛する彼ら彼女らは失礼この上ない悲鳴をあげながら図書室から逃げ出した。ショックである。


「……」

「なんだアイツら」


 お前がなんだ永谷。


「……おかしいな。鼻は復活したのに…」

「こっちです……」


 妻百合初音に連れ込まれたのは司書不在の受付カウンターの向こう側。図書室の準備室だ。


 そこには雨粒に濡れる窓の向こうを眺めて立つ何者かの姿があった。


「沖島先輩」

「私が沖島だが?」


 沖島先輩らしい。


 振り向く麗人に対して僕と何故か永田を妻百合初音は紹介した。


「こちら同級生の雨宮さん…と永谷さん。この雨宮さん、役者をやっておりまして…」

「役者?」

「あ、2人とも。こちらオカルト研究のパイオニアの沖島先輩です。『演劇部』の呪い研究の第一人者としても知られています」


 彼女はきっとパイオニアという言葉の意味を知らないか勘違いしてる。

 そしてパイオニアたる沖島先輩は僕の職業に興味を示した。と、同時に瞳に表れるのは微かな不安の色。


「……沖島先輩、呪いが再発した理由が分かった気がするんです」


 僕に冤罪疑惑を吹っ掛けてくる妻百合初音は棚からいくつかのファイルを抜き取り取り出した。

 それらは過去の新聞記事をファイリングしたもので、そこに記されている記録の数々は…


 ……確かにこの学校の怪談を予備知識として読んだら不気味に感じられた。

 同時に嫌な感じも……


「……ご覧の通り、ここに記されているのは過去我が校に降りかかった『演劇部』の呪いについての記録だ」


 と沖島先輩。しかしまだ早計だ。


「……偶然では?」

「沖島先輩。お仕事や部活以外のお芝居が呪いが発生するトリガーになる可能性は……?」

「……妻百合さん、それは分からない。ただ…」


 と、何やら意味深な瞳を僕と妻百合初音に向けて沖島先輩とやらはこう推測を述べた。パイオニアの推測だ、学会では重要視されるに違いない。


「……かつて舞台女優に憧れた少女の怨念が、現役役者と同じく舞台女優を志す者の心に共鳴し、呼び覚まされてしまったという可能性は……考えられるだろうな。霊魂とは自分に近しい、あるいは憧れを抱いたものに固執する」

「それってあなたの感想ですよね?」


 本気で僕のせいにされそうなのでひろゆきしておいた。


「過去幾多のオカルトを研究してきた私の知見からくる推測だよ」

「これは説得力抜群ですよ人殺しさん」

「そうだね。オカルト話なんてどんなこじつけも効くもんね人殺しさん」


 妻百合初音と雨宮小春の罪の擦り付け合いが始まった。



 …………とは言えだ。


 僕自身、自分(首)と周りに巻き起こる怪現象に対して不自然なものを感じているのは事実。

 そしてこのファイリングされた黄ばんだ新聞記事から漂ってくる濃密な悪寒……


 もし、もし仮にだけど、呪いが実在してこんなギリギリなラインで呪い発動のトリガーになるなら……

 僕が映画撮影始めたらもしかしたら……


 そんな予感は僕の中で不安になり、それはこの学校に根付く厄介極まりない悪霊との戦いの、幕開けでもあったのだ--



「……雨宮君としては永谷君の意見も聞きたい」

「やっべ……超やべぇ…………」

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