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第72話 首ぃ!!

 いつの間にか梅雨に入ったようです。

 時間の流れとは早いものでして、ちょっと前まで桜が覆い尽くしていた空は今、鉛色の雲に覆われてます。


 皆さんいかがお過ごしですか?妻百合初音です。


 私は今、こんな感じで過ごしています。


「……うぅん…」


 がらんどうな化学準備室。かつてここに集った志を同じく…していたかは今や懐疑的な仲間達の賑やかな声は聞こえません。


 そんな薄暗い化学準備室で私はありったけの勇気をスマホと共に握りポップな画面と向き合っています。



 この夏!あなたはスターになる!!



 ……と書かれたホームページはどこかの芸能事務所の新人発掘オーディションへの応募フォームでした。


 不肖妻百合初音、妻百合流を極める道を外れ私自身の憧れの為に邁進する事を決めました。


 幼い頃、姉上に連れて行ってもらった舞台…

 そこで見た俳優さん達の輝き……漠然とした夢のような光景が今は私の目の前ではっきりと像を結び、発熱しているように頭を茹だち私を捉えて離しません。


 ……が、しかし私はお芝居の経験など皆無。

 ひたすら日本舞踊に捧げ続けた人生…急に舞台に立って芝居をしろと言われても難しいでしょう。

 もちろんオーディションを受けるだけなら、プロのような演技を求められることもないでしょうが…


「……やはり、応募はまだ早計です」


 私は不慣れな電子機器を机に置き天井を仰ぎます。

 その途端に緊張から開放されるようにジメジメした空気が喉を通って肺に落ちてきます。

 むわっとした熱気がまとわりつき思わず胸元を煽ぎます。室内の粘っこい空気に耐えられなくなった私は窓を開けました。強く打ち付ける雨粒が部屋に涼しさと共に流れてきました。


 舞台女優になる--


 その夢を叶えると同時に私にはひとつ、やらなければならない事があります。


 我が校の呪われし『演劇部』を復活させること……


 出柄詩先輩、羽場先輩、加納先輩は実際に目にした『呪い』の記録に怖気付き、この『演劇部』復活を半ば諦めて消えました。悲しい。

 一応何度も突き返された部活動設立申請届には彼らの名前は残したままですが……


「現状部員は私ひとり……ですが、ここまでこの学校で恐れられている『演劇部』に入りたいなどという生徒は皆無でしょう……」


 というか、まだ『演劇部(予定)』です。


 この学校の『演劇部』の呪いの恐怖はかなり根強いらしく、諸先輩方が申すところによると教師陣まで恐れて『演劇部』設立を断固許可しません。

 入る可能性があるとしたらこの学校の伝統に疎い一年生…


 その時私の脳裏にあのサングラス鼻なし野郎の顔が浮かぶのです。


 雨宮小春……

 KKプロダクション所属俳優。そう、現役の俳優さん。プロです。

 演技の経験者で、一年生…そして私とは面識もあります。


 兄上の件が片付いて以降顔を合わせていませんけど……彼ならあるいは……


「……いえ、彼は本職の俳優。放課後を部活動に潰す時間などないでしょう……」


 ……やはり一生徒の力では不可能なのでしょうか?

 なにも『演劇部』に拘らなくても自主練してオーディションを受けて芸能事務所に所属すればいい話…演劇をするだけならそれでいいはずです。


 空っぽのパイプ椅子達を見つめながら私はそんなふうに諦めつつありました。


 くしゃくしゃの申請届は先輩方が消えた日から机の上に置きっぱなしです……


 ********************


 --『演劇部』の呪い。

 かつてこの学校には『演劇部』があり、そこには将来有望な女優志望の少女が所属していました。

 ですが、彼女は文化祭での公演を目前にステージ上で首を吊って亡くなりました。原因は不明…

 それからこの学校で演劇を行った生徒は尽く不審な死を遂げるのです。不自然な事故、自殺…


 少女と同じように、首を吊って……



 今日は酷い雨でした……

 傘を差して正門までの道を歩く、ただそれだけで私の肩も足もびしょ濡れです。

 悠悠斎兄様が仰るには「女の子がびしょ濡れになっていいのは好きな男としとねを共にするときだけ」だそうです。この妻百合、下校中にびしょ濡れ。一生の不覚です。


「きゃあああああああっ!!!!」


 その時、遠雷よりも激しい悲鳴が!


「なっ…なんだっ!?」「誰かが俺の助けを呼んでいる!?」「今行くよマリナちゃん!!」


 この悲鳴……2年生で最も美しいと評判のマリナ先輩の声に違いありません!なぜなら下校中の男子生徒が漏れなく「マリナちゃぁぁん!」とマリナ先輩の悲鳴より絶叫してそちらに走っていくので…


 何かあったのでしょうか?


 アリジゴクにでも落ちたのだろうと思いつつも私は光に集る蛾の如き男子生徒達の群れに加わりそちらへ……


 悲鳴がした場所は沢山の生徒達で人集りができていて容易に発見する事ができました。

 人集りの中心、グラウンドで濡れた地面にへたり込むマリナ先輩。雨に濡れてお美しいですが風邪をひかないか心配です。


「マリナちゃん!?」「平気か!?」「私が来た!!」「だからなんだよ!すっこんでろ!!」「お前ら!マリナ先輩に触るんじゃねぇっ!!」


 皆さんマリナ先輩よりマリナ先輩に集るライバルに夢中なので僭越ながらこの妻百合、カバンからタオルを出して人集りに突撃します。


「どいてくださいまし」


 ドカッ!!


「ぐはっ!?」「げぼっ!?」「なんというパワーっ!?」


 並み居る男性陣をタックルで弾き飛ばし私はマリナ先輩が風邪をひく前に……


「マリナ先……」

「あっ……ああっ……」


 しかし私も彼女のすぐ側にやって来て彼女と同じように固まる事になるのです。


 現場はグラウンドの端、サッカーゴールが設置された場所でした。


 ざんざんぶりの雨の中グラウンドに出てくる生徒は皆無です。普通は……

 しかしその生徒はなぜか外に出たのでしょう。そして、目の前の光景を作り出した……


 その生徒はゴールのネットになぜか両手足の指を絡ませてまるで磔にでもされたかのように地面から“吊るされて”いました。

 両手は広げられ指をネットの網の目に絡ませ、足は素足で地面に着かないよう後ろに曲げられやはり足の指がネットに噛まされています。両手足に頼りなく支えられた体が重みで前のめりになっています。


 ……ですが。


 何より異様だったのはその生徒の首が大きく捻れ、長く伸ばされたコーンロウの髪の束がまるで自らの首を絞めるように絡まっていたこと……

 首とゴールネットに複雑に絡まった髪の毛…絞められた首は安定を欠き、頭はぶらぶらと揺れていました…


「エ…エカテリーナ先輩……っ」


 その方の顔に私は絶句します。

 そう、その方は『トレジャーハンター部』部長、エカテリーナ・ジョニー先輩でしたから…


 ********************


 その日も土砂降りでした。

 憂鬱な気分を加速させる雨は降り続け、この街に暗い帳が降りています。そんな土曜日、エカテリーナ先輩の葬儀が執り行われました。


「うわぁぁぁぁっ!!先輩ぃぃ!!」「部長…あたしら……部長の事忘れねぇッス!」「ひぃぃんっ!!」


 葬儀会場に悲痛な叫びが木霊する中私は遺影に映る先輩の顔を見つめていました。私の心には重たい鉛が沈んでいるようでした。



「やはり自殺ではないだろうな……」

「あんな死に方…1人では不可能だ。しかし犯人の手がかりもない…」

「なんと言ってもあの不可解な死に方は…」


 そんな時先生方のヒソヒソ話が聞こえてきたのです。

 あんな死に方でしたから…学校関係者の間に漂う空気は異様な緊張感に包まれていました。


 ……そう。あの…恐ろしい死に方は……


「……妻百合さん」

「羽場先輩」


 1人隅で佇む私に声をかけて来たのは『演劇部(予定)』の羽場先輩。実に数週間ぶりの再会です。

 オカルトを探求する為に『演劇部(予定)』に参加したこのよく分からない方は当初、『演劇部』の呪いを前にしても呪いの探求を諦めない姿勢でした……

 が……


「聞いた?エカテリーナの死に方……」

「実際に見ました…その……首が……」


「始まったのかもしれないのだよ」


 怯えた表情の羽場先輩と私の間に入ってきたのはオカルト誌ムーを聖書のように抱えた我が校のバーソロミューくまこと、沖島先輩。


 彼女は深刻な表情で悲嘆に暮れる生徒達の列に視線を向けて呟くのです。


「連綿と受け継がれる我が校の歴史が…あの忌まわしき『演劇部』の呪いが……」

「……っ」

「沖島さんよ、ちょっと待ってよ。それって何?私らが『演劇部』復活させようとしたせいでエカテリーナ死んだって聞こえるんだけど?」

「他にあるのかね?」


 私達の会話に何人かが反応します。

 重苦しい雰囲気の斎場の電灯がチカチカと点滅します。それが余計に場の不気味な雰囲気を加速させていきます……


「演劇したら呪いで死ぬって話じゃなかった?『演劇部』まだ復活してないから」

「……たしかに。しかし彼女のあの異様な死に方。他に説明はつかないだろう」

「まだそうと決まった訳ではありません。それに私はまだ呪いというのに懐疑的です」

「まだそんな事言ってんの妻百合さん!」


 パァン!


「オカルト舐めんな!」


 痛い!?なぜ打たれたのですか羽場先輩!!


「妻百合さん……今すぐ『演劇部』設立を諦めるんだ……君達のやろうとした事でこの学校に呪いが伝搬し始めているのであれば…」

「……沖島先輩、私は--」

「なぜそう頑なになる?」

「……私達は演劇をしてません」


 私の頑固な反応はきっと、臆病な自分への言い訳でしょう。口ではそんなことありえないと言いつつも、私は--


 バチィッ!!


「あぶなぁぁぁいっ!!」

「「「え?」」」


 その時でした。

 突然会場全体が暗闇に落ち、線香花火のような火の粉が降ってきました。

 突然の事態にその場の全員が上を見上げました。そんな全員の目に映ったのは、広大な会場全体に設置された直管蛍光灯が一斉に砕け散る様だったのです。


「きゃあああっ!?」「うわぁ!!」「痛いっ!」

「羽場先輩!沖島先輩!!」

「うひゃん!?」「私が沖島だっ!!」


 咄嗟に2人の頭を抱えて私は床に伏せました。


 突然数十本の蛍光灯が砕け散るなんて……


 パニックに陥る会場で生徒達の足音やパイプ椅子が倒れる音がガチャガチャと鳴り響く中、斎場の職員が「落ち着いてください!」と悲鳴じみた声をあげます。


 私はとにかく無数に降り注ぐ破片から先輩達を守るため両腕で2人の頭を抱えて伏せていたのですが……



「ぐげっ……かかっ…………かっ……」


 視界の不鮮明な暗闇の中でそんな呻き声が聞こえてきたのです。

 私は震える瞳で恐る恐るそちらを見ました。



 --その先生はあの、私が何度も設立届を突っぱねられた白ひげ先生でした。

 パニックになって逃げようとしたのでしょうか?あるいは避難経路を確保しようとしたのでしょうか?

 その先生は会場の入口付近に居たのです。


 入口の重たい扉にネクタイを噛ませた状態で…


 扉に挟まれたネクタイは先生を拘束し、降り注ぐ破片から逃げる術を奪いました。

 頭に無数に蛍光灯の破片を浴びた先生は更にパニックになったのでしょう。そのまま逃げようとしてネクタイが首に深く食い込み……



「きゃあああああああっ!!!!」


 どなたかの叫び声が聞こえたのと同時でした。


 視界が像を結ばない暗黒の中で赤い軌跡が白ひげ先生の傍で煌めいたのです。



「--彼岸神楽流、プチ炎斬」

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