第71話 呪われてるんですかねぇ…怖いですねぇ…
『雨宮君、ちょっと本社に顔を出してくれないか?』
「え?」
そんな電話を受けたのはついこの前で、その日僕は諸橋氏と共に東京行きの新幹線に乗り込んでいた……
本社とは我が所属事務所KKプロダクショングループ本部事務所の事である。ちなみに僕は福岡の養成所に入所してからずっと福岡からやり取りしてるから東京本社へ向かうのは初めてだ。
「今回はどう言ったご要件で?」
すっかりサングラスがトレードマークになりつつある僕の問いに相変わらずちょび髭がダンディズムな諸橋氏は「さぁ…俺にもよく分からないんだけど」と返した。その視線には不安の色が宿っている。
「社長が呼んでる」
「社長が……?」
KKプロダクションの社長……
確か、一度だけ会ったことがあるな。
あれは福岡の養成所に入所したばかりの頃。ゲロ吐き女こと小鳥遊夢女史と共に食堂に居た僕の前にその男は姿を現した。
当時漠然と「芸能ならなんでもいいや」と考えていた僕の俳優という進路を決定させた男だった……気がする。
正直、影が薄すぎて全く印象には残っていないけど……
「君、なんかやらかしてないよね?」
諸橋氏の不安な瞳の正体はこれか。
そんな小心者なマネージャーに僕は自信を持ってお答えした。
「僕真面目で優等生で通ってるので、何もしてません。ご心配なく!」
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「これ……お前だな?」
ヤッテ・ランネー・プロダクション 企画部給湯室室長 マーマミヤ・モーハル
ガラステーブルに置かれたふざけた名刺を前に僕は一瞬喉の奥が凍りついた。
対面するガタイのいい中年男性は黒いワイシャツの胸元をはだけさせ男性ホルモンを分泌している。
剃り残しの残る顎髭と、短くシンプルに整えられた黒髪は逞しさと精悍さを兼ね備え、その男はイケおじと表現するのが最も適切な見た目をしていた。きっと若い頃はラグビー部だ。
社長室に通され挨拶もなしに叩きつけられたその名刺は僕が先日、妻百合流家元を丸め込む為に使った名刺そのものだった。
ちなみに諸橋は逃げた。
「……お久しぶりです、社長」
「デカくなったな。お前の事はよく覚えてる。オーディションの時ゲロまみれだったのは後にも先にもお前だけだ。で、これお前だろ?」
「あ、申し遅れました私、こういうものです」
僕は押し付けられる名刺を丁重にお返しした。
「初めまして。KKプロダクションの代表取締役社長、難無と申します」
社長の名刺をゲットした。なにかに使えそうだ。
「で?これお前だよな?」
「違います」
「今こういう者ですって言ったじゃん……」
「違います」
「お前いつからヤッテ・ランネーの社員になったの?あと、なんか探偵事務所でバイトしてるらしいな?」
「なんの事でしょうか?」
「ところで鼻、どうしたの?」
鼻はアロンアルファでくっつけた。ちょっとまだ接着面がアロンアルファでぐずぐずしてるけど、問題ない。
「なんでもないです。社長、どこでこんなふざけたものを?」
「妻百合流家元から貰った」
「……」
「先日ヤッテ・ランネーの折月って人がお礼の電話かけてきてな。お前なんか……『おひねりちょーだい』のゴタゴタを解決したんだって?」
「いや……そんな褒めんとってください」
「別に褒めてないけど……で?他事務所のタレントと日本舞踊のタイアップ勝手に組んだんだって?」
「…………」
まずい流れだ。
社長の目を覗く。彼の瞳に宿るのは呆れの感情。怒りはそれ程でもないと見た。
「……社長、まずは僕の話を聞いてください」
「あとこれ」
社長は追い打ちをかけるように更に紙切れを僕に出してきた。
それは写りの悪い一枚の写真で、粉塵が撒き上がり視界の悪い中で撮られた一枚だ。
そこには謎の覆面戦闘服に顔を蹴り飛ばされマスクが吹き飛ぶ僕の姿が不鮮明ながらバッチリ写っていた。
そう……あの会見の時の……
まずーーーいっ!!
「これ、週間明日の記者から回収した」
「………………」
「これ、お前?」
「……社長。僕は困ってる人を見捨てられない性分でして。それに結果的に『ヤッテ・ランネー・プロダクション』と友好--」
「雨宮小春君。言い訳から入るような大人になっちゃダメだ。言い訳の前にごめんなさい」
「…………それってあなたの感想ですよね?」
「除籍処分にするよ?」
「すみませんでした」
社長は声を荒らげることも無くその視線も柔らかい。どうやらそれ程大問題にはならなかったらしいとホッと胸を撫で下ろしたら「あと昔『本気坂48』の城ヶ崎麗子、怪我させたんだって?」と追撃。
「……それは…………金で解決しましたんで…」
「初めて会った時から思ったけど、お前は変なガキだな」
「そんな僕が好きなんでしょう?」
「野郎からそんな台詞言われたくない。まぁ、今回の件については目を瞑ってやるけどさ……お前はうちの所属タレントなんだからあんまり適当な事ばっかりやってると訴えるぞ?」
大人からの脅迫より怖いものは無い…
「詳しくは聞かなかったけど、『おひねりちょーだい』の活動休止についてお前なんか知ってるの?」
「お茶でも出てきて喉の滑りが良くなれば思い出すかもしれませんが……」
「もう帰っていいよ」
まるでハエでも払うみたいに僕を追い出そうとする社長に僕も軽蔑の視線を返して扉に向かうと「そういえば……」と社長が僕を呼び止めた。
「まだ何か?」
「……怒られに来といて態度デカいよなお前。まぁ、その肝の太さは評価するわ。お前はいつか絶対売れる」
「よろしくお願いします」
「探偵のバイトは辞めとけよ……それとな。いや別に大した用じゃないんだけど……」
ならば聞く必要も無いだろう。
「なら結構です」
「なら結構じゃなくて……小鳥遊夢覚えてるか?お前の同期の……」
思わぬ名前の登場に僕はドアノブにかけた手を止めた。
--小鳥遊夢。
『頼ろう会』に拉致され僕が助け出した子役志望だった女の子。人前に出ただけでゲロを吐く山根くんより胃腸の弱い、けど日比谷真紀奈みたいになりたいと切に願っていた女の子。
「……ええ、まぁ……」
「そうか…アイツ、元気にやってるぞ」
そういえば母親の元を離れて東京の施設に入れられたとは聞いたが、その時点ではまだ所属していたはずだ。
「そうですか。僕のことを、何か?」
「いや……」
どうして急にそんな話を……?
僕が社長に見初められた日、小鳥遊さんも居たから思い出しただけなのかもしれない。
とにかくそれ以上話は無さそうだったので僕はドアノブを引いて退室した。
「ごめんあそばせ」
「ゆるしませんであそばせ」
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「彼岸神楽流…雲渡!」
「おいっ!なんだあれ!!」「人がビルの壁走ってる!!」「オー!リアルジャパニーズニンジャ!!」
社長からの脅迫の後僕はその足で何かと話題の『ヤッテ・ランネー・プロダクション』本社へと走っていた。
正確には、本社周辺は戦場跡のようにボロボロに破壊された状態なので、臨時で本社となっている貸テナントである。
アポは取ってある旨を受付の警備員にはもちろん伝えてある。『ヤッテ・ランネー・プロダクション』の警備は日本銀行の8倍だ。
1階受付まで降りてきた警護係によりまるで囚人かのように連行される僕は件の貸テナントへと足を踏み入れた。
「……おう、よく来たな」
「雨宮さん。その節はお世話になりました」
『ヤッテ・ランネー・プロダクション』が借りているフロアの応接室にて僕を社長さながらに待ち構えていたのは同事務所最強戦力である警護主任、宇佐川結愛と『おひねりちょーだい』マネージャー兼プロデューサー兼ヘアメイク兼家事代行兼公認会計士の折月氏だ。
「約束のマネーランドを貰いに来ました」
そう、浅野探偵事務所への報酬を今日は受け取りに来たのである。
あと、ひとつ文句も言わせてもらいたい。
「金なら今用意させてるよ…報酬は3000万、現金だ。それでいいな?」
「さささささ3000万!?」
僕の名前は浅野探偵事務所正社員マーマミヤ・ハーコル。大手芸能事務所も御用達の超一流名探偵である。
探偵って儲かるんだ!なぁんだ双子探偵があんまりにも毎日ひもじそうにしてるもんだからポックリ勘違いしてましたよ!
「えーっ?事務所が大変なこんな時にそんな大金、いいんですかぁ?」
「多めに出す代わりに、も一個仕事を頼みたい」
「彼岸神楽流、蛇滑走」
彼岸神楽流、蛇滑走は彼岸神楽流の走術のひとつ。地面を這う蛇のような不規則な軌道で敵を幻惑しつつ素早くその場を立ち去る技なのだ。
「待て」
「くえっ!?」
が、北桜路の魔人は僕より速かった。出口へとダッシュする僕の首を後ろから鷲掴みにしてそのまま持ち上げる。
「ぐげぇーっ!じぬっ!!じぬじぬじぬじぬじぬじぬ!!」
「何逃げてんだよ?」
「かはっ!?……そ、それは浅野探偵に直接電話で依頼して……っ!!」
「お前、神楽の弟子だろ?強い奴に頼みたいんだわ」
「ならご自分でどうぞ……くはっ!」
あっ……やばいこれ死ぬ…………
「頼みたい事ってのは……先日妻百合真一郎がうちに差し向けてきたあのふざけた覆面ヤローの事だ」
「ひっ……彼岸……神楽流…………卍抜け」
あろうことかこの万力で首を絞めたまま話続けようとするので彼岸神楽流の技で脱出。
がしかし全く意に介さず、それこそ「あれ?首なんて締めてたっけ?」みたいな顔で宇佐川結愛は続ける。
「あのヤローは結局取り逃した…正直言って強かった。街のど真ん中で本気を出せなかったって言い訳はあるが……」
本気出してないってビル周辺が完全に崩落して周辺100キロ四方のインフラに甚大な被害が出たそうですけど……?
「あのヤロー……このままにしておく訳にはいかねぇのよ」
「このままにはって……どうするんですか?」
「奴が捕まって初めてこの件は解決だと思わねぇか?」
「思いません」
「思うよな?」
「はい」
「いじめっ子は許しちゃならない…」
僕としてはもう関わりたくないんだけど……
「だからお前アイツ探し出して私の前に連れて来てくれよ」
「……ご自分で…………」
「連れて来てくれよ?」
「……………………」
「幸いなことに名前は分かってんだ」
そこまで分かってるなら自分でやって?
どう断ろうかと思案していると後ろの扉が開いて若いチャンネーが重そうなジュラルミンケースを提げて入ってきた。
「おらぁ!」
結構ダイナミックにだ。
そして武闘派を思わせるそのチャンネー、何カッコつけてんのか知らんけどループタイなんてしてたんだけど……
「警護主任、頼まれてた金持って--」
突然である。チャンネーの首に絞められたループタイがシュルルッ!と伸びて僕の……
「ぐげっ!?」
「……えっとだな。ちょっと待て。名前がな……」
なんと生き物みたいに僕の首に絡まったんです。えぇ。何故なんでしょうか?これも宇佐川結愛の神通力なんでしょうか?怖いですねぇ…
「きゃあ(怒)あたしのループタイが!?」
「ぐげっ!?かかかか……っ!!」
「………………ごめん忘れた」




