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第68話 エナジードリンクの差し入れは?

「今の妻百合流は父上が家元だ!いいか?初音、妻百合流に男性の家元が就任したのは70年振りだ!これから妻百合は男の時代だ!!」


 神事の舞の舞台で真一郎兄様は私にそう言いました。

 夕焼けの赤が山を燃える上がるように染め上げていましたが、眩しい程の朱は舞台の床に反射すると温度を無くしたように冷たげですらありました。


「次期家元は俺だ」

「……兄上ならきっとなれると思います」


 私は本心からそう言った。兄上との稽古で汗だくな体を撫でる夕方の風が体を冷やします。

 あの日々の冷たさを、私は忘れない--


「何言ってる」と真一郎兄様は力強く幼い私の両肩を掴み笑います。


「お前にだって才能はある。もし…もし俺が家元に選ばれなかったら初音、お前が家元になれ」

「……それは…父上が決めることなので」

「俺以外ならお前しか居ないよ、初音…そしたら俺はお前を支える…俺達は義経と弁慶だ」


 なんだかピンと来ない例えだななんて思いながら私は笑いました。

 兄上も笑っておられました。


 その笑顔がよく思い出せないのはきっと、あの時は夕焼けの逆光で、兄上の顔に影が差していたからだと思います。


 ********************


「お姉ちゃんだってやる時はやるんだから!見てて!!美夜!!」

「姉さん!頼むから運転する時は手錠を外せ!!」


 滑落事故前科持ちの浅野美夜さんに代わり詩音さんの運転で私--妻百合初音はとあるホテルに向かっています。

『おひねりちょーだい』の橋本圭介が危ないかもしれないと言うのです。


『雨宮君、『ヤッテ・ランネー・プロダクション』本社ビルが爆破されたらしい。テロかな…?これは『渋谷戦争』の撮影に影響が出るかもしれない』

「どなたですか?」

『諸橋だよ!?ひどいな!?』

「ああKKプロの……そうですね」

『『ヤッテ・ランネー・プロダクション』からクランクイン延期が申し出されてから立て続けだ…一体何が起きてるんだか……ところで君最近何してるの?』

「停学中なので、お家で大人しくしてますよ?」


 私の隣で緊張感なさそうに電話してるのが、雨宮小春さん。私の中学の同級生で、俳優さんで、探偵でもあるらしいです。


 ここまで騒動を大きくした張本人と言っても過言では無いこの人が言うには、この一連の騒動の犯人は真一郎兄様だと言うことですが…


「……雨宮さんはなにか…確信があって兄様が犯人だと思ってるのですか?」


 通話終了のタイミングで私が問いかけます。それに彼はキョトンとした「さっき話したけど?」みたいな顔を返します。


 そしてじっと私の目を見つめるのです。


「……初音さんはやっぱり、お兄さんの無実を信じたい?」

「信じたいというより……犯人だと信じられません」


 この事に私が言及するのは初めてで、前の方で浅野姉妹が一瞬こちらを伺います。


 雨宮さんはそう答えるのを予想してたように頷きます。


「……でもホテルに弓矢撃ち込むのなんて妻百合の人くらいだと僕思うんだ」

「雨宮さんは妻百合流をなんだと思ってるんですか?」

「あの覆面に弓矢は似合わない……」


 もしかして彼は私達とは別次元の視点をお持ちで…?


「……初音さんがそう信じられないならそれで構わない。誰がどう憶測を立てようと、起こってる真実は変わらないから…そして僕らは誰かを疑うのが仕事なの」

「あなたは結局なんなんですか?探偵さんが本職で良いのですか?」


 こんな事を口にするのは…と思いながらも私は俯き--彼が私の気持ちを読まないようにと視線を伏せてから言います。


「……兄はこんな事をする人では無いという私の意見は、参考にならないのですね」

「身内の意見ですから」


 彼は呆気からんと言った。彼は言いにくいこと、恥ずかしいことを簡単に言う。

 冷たく言い放った後で少し言葉に温かさを乗せて彼は続けます。


「なので、あなたはそれを確かめたらいい。そして仮に、どういう真実だったとしても真一郎があなたの兄である事は覆らない事実でもある」

「?」

「お兄さんがあなたを大切にしてくれたように、あなたも兄を大切にしてあげたらいいという事……」


 私の過去を覗いたかのように彼は言った。


「どんな結果だったとしても…」


 彼は再び視線を車窓の向こうに移して会話を切りました。

 彼は分かってるのでしょう。初めて会った時から彼は、私の瞳を通して私の奥の奥を見透かすような人です。


 こんな気持ちを抱きながら『おひねりちょーだい』と妻百合を繋げる協力までしたのは、全てこの目で確かめたいから……


 ……そして、兄の無実を信じてるわけでもないと……


 そう思ってると彼は知ってるのでしょう。

 だからそれ以上、彼は何も言いませんでした。


 ********************


 ……東京が揺れている。


 あの人の力の奔流を感じて肌が粟立つのが分かった。僕は口の端から垂れる涎を拭う。


 今日、脅迫事件の犯人を捕まえるとかなんとか結愛が言っていた。ホテルの部屋を出る時の結愛の頼もしい背中に僕は「マウンテンゴリラかな?」って思ったものだけど…



「お客様!すぐ近くでテロが発生してます!もう…爆発して爆発して大変な事になっています!!」

「なんてこった……」「日本の安全神話が…」


 ホテルの従業員が青ざめて部屋に飛び込んできて、同時に高層ホテルに伝わる振動にロケットランチャーを抱えたボディーガード2人の顔から血の気が引いていく。

 どっちがテロリストか分からないけど、東京に移住してから思ったのは東京民はみんなちょっと臆病するぎないかなって事だ。


 ちょっと街が爆発して世界が震えてる程度でこの大騒ぎ。僕の地元のあの街なら週一で避難である。


「橋本さん!避難しましょう!」「テロです!ここも吹き飛びます!!」

「あぱーーー」

「おいエナジージャンキー!こら!動け!!舐めてんのか!?」「もういい逃げるぞ!!」


 ロケランあれば大概は怖くないと思うけど彼ら警護犯はあろうことか僕を置いてトンズラこいてしまった。

 彼らはきっと結愛に殺されるんだろう…


 僕は逃げなかった。


「大丈夫、今日終わらせる」って結愛が言っていたから……



「--逃げないのか?」


 その声は無人になった沈黙のホテルの空気を震わせて入ってきた。

 僕を守るセキュリティは皆無となり、裸単騎となった僕に冷徹な声の主の殺気が浴びせられる。

 僕は虚ろな瞳を揺らしてその人を見た。


「会いたかったぜ…橋本圭介」


 その人は黒いフードを目深に被って顔を隠していたけど、直感的に僕には分かった。この人と僕とは、遠いところで繋がっている。そう、5G回線のように……(?)


 彼は真っ黒な鉄の塊を手にしてた。

 それはテレビの向こうでしか見ないような殺意の塊だった。それを向けられた時、不思議と僕の心に恐怖は去来しなかった。


 遠くで戦ってるであろう結愛の力を感じていたからかな……


「あぺ?」

「……」

「ぺへーーーー…」

「…舐めてんのか?」


 エナジードリンクが切れちゃった…


 僕の視界がくるくると回り出す。冷静な思考が出来ない。この回転を止めるには僕自身も回転するしかない。僕は回転することにした。


「あはははははは…」

「……」


 きっとなにも怖くないのは脳がエナジードリンクに浸ってるからだと思う。


「……残念だ。どうやらこの手で始末をつけるまでもなかったみたいだな…でも、トドメを刺さないとは言うまい……橋本圭介。己の罪を噛み締め……いや、お前には噛み締めることすら許されない」

「くるるるる……えーーぺーーーー」


「……死ね」


 口の中に黒い塊が突っ込まれる。

 無理矢理口を広げられ入ってくる異物に僕はもがくけど、残念ながらエナジードリンク切れの僕にはどうすることも出来なかったんだ。


 苦しい……息が出来ない……


 眼前に迫った「死」にようやく僕の体が少し震え出した……

 いや。エナジードリンクが切れただけだった。


 そんな時--



 誰も飛び込んでくるはずのない部屋にその人は飛び込んできた。

 その瞬間、この橋本圭介は確信に近い直感を抱いたよ。


 この、至近距離から見つめ合うこの男に今もっとも必要な人が現れたと…

 その人とこの男は同じ瞳の色をしていたんだ。そう、5G回線のように……(?)


 ……僕は彼らがエナジードリンクを持ってきてくれた事を期待した。



「橋本!?」「橋本君!!きゃあっ!!」

「……っ」


 飛び込んできたのは4人。しかし、エナジードリンクは……

 ゼロだ。

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