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第488話 どんな人とも話し合えば分かり合えるのです

 敗因…それはラップ力。


 運命とプライドを賭けたアレックス・アーガイルとのラップバトル。互いの愛した女への想いをビートに乗せてぶつけ合う。

 結果として雨宮小春は地に伏した。


「ごふっ!」

「雨宮ぁぁ!!」


 ジャッジマンとしてアレックスに軍配を上げた裏切り者、片桐氏が悲痛な叫びと共に駆け寄る。

 そして僕を見下ろす勝者が歩み寄ってきた。


 負けたら好きにしろ…そう約束した。

 アレックスは嫉妬の権化。自分の愛する女が夜の新宿でちょっと男とラーメン食べただけで相手を殺そうとする束縛系彼氏。

 彼の目的が僕の命である以上、僕は殺されるのだろう。これはそういう戦い…


「It was wonderful(見事でした)」


 何故か吐血する僕はアレックスに賞賛を贈る。彼はそれを黙って受け取った。


「It's a promise... If you want to kill me, please kill me(約束です…殺すなら殺してください)」


 とか言いつつ僕はこっそり懐から鬼畜男爵から奪ったナックルナイフを抜いていた。

 この体勢からでもカウンターを取れる…

 ラップバトルに持ち込んだ事で、アレックスの周囲から護衛を引き離せた。

 今なら殺れる…


 ここまで計算づく。これがフェニックス。

 フェニックスに敗北は無い。フェニックスは約束を反故にする気満々だった。


 ……しかしアレックスは何もしない。ただ僕を見下ろしていた。

 訝しむ僕を前にアレックスは口を開く。


「It's the first time you've resisted me so far(私にここまで抗ったのは君が初めてだ)」


 ……おや?


「Aren't you afraid of me?(私が怖くないのか?)」

「…… You are scary. But... that's not a reason to run away from you(あなたは恐ろしい。ただ…それはあなたから逃げる理由にはならない)」


 アレックスは僕の答えを満足気に聞いていた。


「…… It's been a long time since we fought on an equal. I remembered that I was a man(対等な戦いなど久しぶりだ。自分が男である事を思い出せたよ)」


 アレックスは僕に手を差し伸べたのだ。

 そこに、あの霞のように姿の見えない怪物の姿は無い。そこに居るのはただ等身大に一人の女性を愛する、愚かしくも真っ直ぐな男だった。


「It's a pity to kill(殺すのは惜しい)」


 僕はアレックスの手を握った。アレックスに起こされ立ち上がると、勝手に集まっていたギャラリーから拍手が起こった。


Bravo(ブラボー)」「Moved(感動した)」「Thank you!(ありがとう!)」「If you look closely, isn't that a Japanese four-legged actor!?(よく見たらあれ、日本の四股俳優じゃないか!?)」


 拍手喝采の中僕はアレックスに支えられステージを後にする。何故かラップで致命傷を負った僕は肩を貸されながらアレックスに問うた。


「…… I know you love Ava Ashcroft. If that's the case, there's one thing I don't understand(あなたがアヴァ・アッシュクロフトを愛してるのは分かった。だとすると一つ分からない事があります)」

「?」

「Why are you letting her replace your sister?(あなたはなぜ彼女に姉の代わりをさせているんですか?)」


 僕の問いにアレックスは目を細め、感情を覆い隠す。しかし僕の目は彼の瞳に差した感情を見逃さなかった。

 それは…憂い。



 That woman is deep in karma(あの女は業が深い)




 鬼畜男爵が言っていた言葉が頭を過ぎっていた。


「I'll ask you too(私も問おう)」


 アレックスは質問に質問を返すという愚行に打って出る。アメリカでは疑問文に疑問文で答えると教わっているというのか?


「If I leave it to you, can she do the best job in Japan?(君に任せれば彼女は日本で最高の仕事が出来るのか?)」

「…… If……you're going to give me that Van Gogh…it's not that I don't promise(もし……あのゴッホをくれるというのなら…約束しないでもないですね)」


 僕は忘れてないぞあのゴッホの『ひまわり』


「…… Let's talk in my office(私のオフィスで話そう)」


 *******************


 南戸監督を殺害した犯人が逮捕されたそうです。

 逮捕されたうちの一人は村雨プロデューサーでした。

 世界に名を轟かせる名監督の死にまだ世間は悲しみにくれている最中の事、このニュースは瞬く間に世間を駆け巡ります。

 同時に監督の遺作となる『若人達』への注目も天井知らず……


 これも全てあの人の思い描いたシナリオなのでしょうか……?


 あの人といえば例の記者会見。

 記者会見の度にお茶の間を戦慄させるでお馴染みの雨宮さん、なんか小鳥遊らいむさんとの熱愛をカミングアウトしたらしいです。


 ……まぁ、カミングアウトしたのは影武者のらいむさんなんですが。


 これについても後で問い詰めなければなりませんが、何となくらいむさんの暴走な気がしてます。


 ……さて。


 この映画がどうなるのか誰にも想像がつかない中、私は急ぎ足である場所にやって来ていたのでした。


 不肖、妻百合初音。私もまた今芸能界をホットに湧かせている女の一人です。

 そんな記憶が復活した私がこんな時にも関わらずやって来たのは……ホテルでした。


 ホテルの前には報道陣らしき人達が陣取っていて、何やら物々しい雰囲気……

 そんな中現れた私の姿をカメラは逃しません。


「おい!妻百合初音だぞ」「『若人達』の演者だ!」「妻百合さん!今日はどうされたんですか!?」


 私は押し寄せる報道陣に向かって肩に乗っていた劇団クレセントムーン社長--チョココロネさんをぶん投げました。


「きゃあ!?」「おいっ!カタツムリだっ!」「デカイぞ!?」


 社長が足止めしてくれてる間に私は滑り込むようにホテルへ……




 こうして私がやって来たのはとある客室の前でした。

 部屋をノックしますと中から黒服の外国人さんがぬっと顔を出します。どうやら、まだ中に居るようです。


「ドナタデスカ?」

「突然すみません。エレナ・アッシュクロフトさんの共演者の妻百合です」

「……エレナハ今疲レテイマスノデ」


 取り付く島もない様子で部屋の扉を閉めようとする外人さん。私はドアの隙間に足を挟み込んでそれを阻止しますと、無理矢理扉を開けて押し入ります。


「Hey!!」


 殺気立つ外人さんを無視して部屋に飛び込むとその先--窓際のテーブルで湯気の立つコーヒーカップを揺らすブライド・花嫁オブ・ゴッドが居ました。


 彼女は騒ぎを聞きつけこちらに顔を向け、私の姿を見て驚いた様子でした。


「……突然すみません」


「What the hell are you up to!(てめぇなんのつもりだ!)」


 TOEIC900点の私の耳に怒号が聞こえてきます。

 後ろから肩を強く掴まれますが私は意に介さずまず、エレナさんに頭を下げます。


「……マネージャーから話を聞きまして…居ても立ってもいられなくなりお訪ねしました。ご迷惑かと思いますが……」

「……」

「Hey!!」


 エレナさんは私の顔をぼんやりと見つめたまま外人さんに小さく言います。


「It doesn't matter(構わないわ)」





 エレナさんは向かいに座る私には目も向けず、白く澄んだ東京の冬空をぼんやりと眺めています。

 私も、目の前で立ち上る湯気を見つめていました。


「…………マネージャーさんが逮捕されたと聞きました」


 沈黙を破ったのは私の言葉です。

 エレナさんは視線をくれません。


「……村雨プロデューサーと共謀して南戸監督を殺害した……と…」


 自ら罪を自供した村雨プロデューサーはこの事件にエレナ・アッシュクロフトのマネージャーが関与している事を話したと言います。

 外に居る報道陣もこのセンセーショナルな事件の真相を嗅ぎつけ、エレナさんから何かしらのコメントを貰おうと押しかけていたのでした。


「……どうしてこんな事になったんでしょう」


 私は心からの思いを口にします。


「ただ映画を撮っていただけなのに…立て続けにこんな事になって……」

「私ナンカヲ呼ンダカラ」


 私の呟きを拾ったエレナさんは淡々とそう返しました。


「……何があったんですか?…いえ、話したくなければ結構です。でも…一つ訊かせてください」

「……」

「あなたは関わっているんですか?」


 エレナさんはしばしの沈黙を返します。その後……


「……警察ニハ知ラナイト答エタ。デモ…原因ハ私」


 そう、私に話してくれました。


「…………そう、ですか…」


 この答えをどう受け止めればいいのか、私は込み上げる色んなものを唇を噛んで呑み込みます。

 そうしながら考えます。

 私は何故ここに居るのかと……

 ただ、このままでは終わりたくないと思っています。


「どうして警察にも話さない事を私に?」


 エレナさんは初めて私の方を向きました。


「……ドウシテカナ。分カラナイ…多分、アナタガ執拗イカラ」


 実に的を射ていて、そして言葉以上のものが込められている気がする彼女の返答に私は薄い微笑みを返しました。


「……そうですね。私はしつこいですね…もし、何か私に話したい事があれば、何時でも言ってください。私からは何も訊きません」

「……」


 ポツリポツリとした会話のやり取りが続きます。


「……アナタハドウシテ、私ニ拘ルノ?」


 エレナさんは私を見つめながら尋ねます。彼女の瞳はぼんやりと焦点が合っていなくて、私を風景のように捉えているようでした。

 こんな時ですが、そんな彼女の姿はとても美しいです。

 吸い込まれる存在感がそこにはありました。


「……私は多分、あなたとお芝居がしたいんだと思います」


 名前のつかない感情を私は言葉で表してみました。


「エレナさんは……どうですか?今の私とお芝居してみたくありませんか?」


 感情のままここに来ていました。

 エレナさんに会って、何を話すのか、そんな事考えもせず……

 そんな迷惑な私を前にしてもエレナさんは私に対して真っ直ぐ向き合ってくれている気がしました。


 不思議とかつての険悪さは今はありません。


「……私ニコノ映画ニ出ル資格ガアルノカナ…」

「……ありますよ。あなたは役者ですから」


 エレナさんが少しだけ、笑った気がします。


「……オ芝居ハ好キジャナイケド…妻百合初音ノ本気ノ芝居ナラ…見テミタイ…カナ」


 彼女はこんなふうに言ってくれました。


「私もあなたの本気を見てみたいです」

「…………妻百合サン、私ハヒドイ女ナノ」

「……」

「私ハ…………」


 何かを言おうとしてます…

 ですが、言いかけて彼女は形のいい唇を噤みます。

 まだ信頼感が足りませんよね……


 私は先を促す事はせずに立ち上がりました。彼女は不思議そうに私を見上げます。


「映画は完成します。必ず……」

「……」

「なので、あなたにも出てほしいんです」




 目を閉じて、思い出します。

 かつて演じた私……かつて没入した私……

 記憶の中に深く刻まれたあの役は私の中に戻ってきてくれていました。


 妻百合初音が沈んでいって……記憶の中からあの、中学時代の彼女が入れ替わるように私の体を染め上げました。


 エレナさんの視線を感じます。

 その中で私は目を開きます。

 私の目の前はもう、ホテルの部屋の中ではなく、あの『かえるの王さま』の森の中でした--

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