第46話 あなたは覚えられますか?
「…じゃ……なんですか?」
「だから……ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」
「ジャン…アンピエール…ルイコッホ……」
「ルイホッコ」
「ルイホッコ…………」
「マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」
「…………」
「ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」
「…………」
「あ、雨宮君……」
福岡から東京まで約2時間。一時トラブルに巻き込まれつつもなんとか切り抜け、着陸を目前にした機内でこの僕、日比谷教教祖雨宮小春12歳にさらなる試練が襲いかかる。
隣でドン引きしている今回のサポート役、諸橋さん通称マネさんが僕の記憶力に不安と共に息を呑む。
その前で僕は過去最大の敵と対峙していた!
「……ごめんなさい、ジャンさんとかでよろしいですか?」
「……私はそんな名前じゃない」
「……」
「私は…ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」
「……ジャン・アンピエール・モルケッチャ--」
「ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」
名前--
それはその人個人個人を区別するべく付けられる、子が親から生命の次に贈られる贈り物。
故に間違えは失礼、許されない。そしてコミュニュケーションをする上で欠かせない。
とにかく声をかける時、名前は使う。
「〇〇さんは〜」から始まる会話は数え切れない。というか、話し出しには話しかけるその人の名前を必ず呼ぶと言っても過言では無い。
しかしここに!そんな当たり前を超難易度にしてしまう怪物が現れた!!
過激派テロリスト『ベルサイユ』を数秒でダウンさせてしまったこの謎の美少女--
恐らく外国人。白人特有の透明な肌に金髪碧眼の、歳の頃は僕と同じか少しだけ上くらいのこの謎の強者……
僕は彼女の強さに興味を抱いた。
そして踏み込んだのだ。安易に……人と人とが最も深く繋がっていくその、ファーストコンタクトへ……
名前はなんておっしゃるんですか?
答えは--
「ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世。ちゃんと呼んで」
なんということだ……
恐ろしい事に彼女、自らの名前をちゃんと呼んでもらう事に並々ならぬプライドがある。
つまり残りの短時間でこの…ジャンなんとか三世をフル暗記しなければこの後「お強いですね〜」「何されてる人?」「東京へは観光で?」的な会話が続かないということだっ!
「……ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカーサー・モルケッチャノフ・ハルハルタン……」
「ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」
「なに?違ったか…?えっと…ジャン・アンピエール・ルイゴッコ・マッカンシー・モルケッチャノフ・ハルハル……」
「同じところで間違えてるから…ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」
「くそぅ!」
「雨宮君……っ!」
『当機はまもなく、羽田空港へ着陸します。皆様、衝撃に備え、頭を甲羅の中へお納めください』
恐ろしい文字数で尺を奪っていくジャン……分からない。覚えられない。彼女が合コンに参加したならば男達は戦慄することだろう……
ビービービーッ!!
『きっ!機長ーっ!!』『あかーーんっ!』
そしてついにフルコンプリートする事なく我らの機は目的地、東京羽田へ突撃した。
多分、時速500メートルくらいで管制塔へ。
ちなみにハイジャック犯うんぬは全く関係ない。
まぁ北桜路市の空港発なので、これくらいは仕方ない。
「うわぎゃああああああっ!?」
マネさんの悲鳴と共に、僕達は銀幕の世界へ……
*******************
結局何者だったんだ……?
東京へ追突して直ぐに彼女は煙のように姿を消してしまった…一体なんだったんだ?
そしてハイジャックの上、管制塔にダイレクトアタックしてもこの機はほとんど狂人の街から客が乗ってるのでほとんど誰も気にしてない。なんなら凄くいい笑顔だ。
そして僕も謎のピカソもどきにいつまでも意識を持っていかれている場合では無い。
東京へ降り立ちすぐに僕らは然るべき人達と諸々の話をして、諸々あって正式に映画への出演が決まった。
大事なところは決まり、さらに諸々の話をマネさんがしてる間に僕はキャスティング会社のオフィスから一時退室しある場所を目指す。
「おい!なんだあれ!!」「人がビルの壁走ってる!?」
もちろん彼岸神楽流『雲渡』で。基本的な彼岸神楽流の歩法です。
雨宮小春が目指したのは渋谷のビル群の立ち並ぶ区画の中でも特にでっかいビル。その前に降り立った。
『ヤッテ・ランネー・プロダクション』本社。
「そう……僕が今回この仕事を受けたのは『おひねりちょーだい』とお近付きになる為……」
過去になんやかんやあった『ヤッテ・ランネー・プロダクション』…しかし金と共に全ての遺恨は精算済みである。
正式に共演が決まったわけだし、ここは1秒でも早くご挨拶にあがり橋本圭介の連絡先をゲットしよう。そして電話帳から日比谷真紀奈の番号を手に入れるのだ。
アポ取ってないけど大丈夫かな…?大丈夫だよ。
「……あの、KKプロダクションの雨宮というものですが」
「いらっしゃいませ」
東京は受付嬢の肌にシミがない。
「あの『おひねりちょーだい』の橋本圭介さんとお約束を……」
していない。しかし、昨日生霊飛ばしてるので約束したようなものだろう。きっと僕の名前を聞いて「昨日のあの生霊の…っ!」的な感じで本人が登場するはず。
そう、ホラー映画とかで主人公とキーマンが初対面する時みたいな感じで--
ジャキンッ!!
……その時、僕に向けられたのは受付嬢の優しげな視線でも何言ってんだこいつみたいな冷たいツッコミですらもなく。
それは冷たく重い金属音と共にどこからともなく無数に出てきた銃口だった。
「橋本圭介様とどう言ったお約束ですか?」
目の前で穏やかな微笑みを浮かべながらM19の銃口を突きつける受付嬢。分かる、この人プロの殺し屋だ。
「えっと……」
ああ、そう言えばカー・ネル教官が言ってたな…「時間厳守、アポは絶対」って……
「あのすみません本当はアポ取ってなくて…」
「何者でございましょうか?」
「いやだからKKプロの……」
ホールドアップのまま本日2度目の銃口を前に全ての銃口の角度を冷静に計算し避けられるのか否かを確認する。そう、まるで撮影中にカメラの位置を確認する役者のように……っ!
ってしてたら……
「やめろ」
その鶴の一声と共に僕の頭に見事に向けられた数十の銃口がスっと落ちた。
その聞き覚えのある、出来ればもう聞きたくなかった声と場を圧倒する威圧感……
もはや引力すら伴うその生物として破格の存在感がこの場を冷静に収めた。
その人物は……
「そいつは問題ない。多分……大丈夫だ。いざとなったら私が殺すからな」
「警護主任…」「お疲れ様です」「お疲れ様です!」
「……宇佐川結愛さん…」
*******************
宇佐川結愛さんに拘束され通された応接室にて僕は『ヤッテ・ランネー・プロダクション』の人と対面していた。
そして後ろには軽機関銃で武装した職員が……
「KKプロダクションの雨宮小春さんですね…私、『おひねりちょーだい』のマネージャー兼プロデューサー兼ヘアメイク兼家事代行兼公認会計士の折月早田照と申します」
「結局なんなんですか?あなた……」
「警護主任の宇佐川だ」
「知ってます」
「久しぶりだな雨宮…その節はうちの城ヶ崎の毛根が世話になった」
「グサッ」
「あいつ……結局植毛に1000万かかったよ」
「グサッ」
「ところで最近見ねーな。仕事してんのか?」
「グサッ」
恐らく軽機関銃の掃射より効果的にダメージを与えてくる宇佐川主任。
ところでなぜ僕はこんな所に拘束されているのでしょうか……?
その答えは折月さんがお答えしてくださった。
「まずは、突然の無礼を詫びてください」
「あっ…………すみません」
詫びさせてくださいじゃねーのかよ。
まぁ、いきなり来て会わせてくれと言えばそうなるか…彼らも忙しいだろうし……
「しかし…なんですか?この物々しい警備体制は。ここ、ステーツでしたっけ?それとも日本銀行?」
「現在我が本社事務所は日本銀行の8倍の警備体制を敷いています」
「雨宮……お前うちの橋本に会いに来たらしいじゃねーか。目的は?」
「目的……いや、あの。今度映画で共演することになったんで……挨拶に……」
「「1人で?」」
「1人で」
そう説明すると2人は少しだけ警戒を解いた様子。
これは何かある……どうやら久しぶりの大仕事はまたしても波乱に満ちているようだ…
日本銀行の8倍という世界レベルの警備体制に訝しむ僕に宇佐川主任は事情を説明し始めた。
が、その経緯説明には少しばかり困惑した。
「……実は今、うちの『おひねりちょーだい』に脅迫が来てる」
「きょーはく?」
「脅されているという事です、雨宮さん」
「分かりますよそれくらい。それは、誰から…?」
「……分からん。とにかく「お前ら殺す」と言ってるんでな……」
なんて乱暴な……
「こうなってしまっては今まで通りのスケジュールを回すかどうか、慎重にならざるを得ないわけだ…」
「宇佐川さんが居れば大丈夫な気もしますけど……」
「相手はどこのドイツ人かも分からないんだぞ?」
「宇佐川主任。実はこの件、今朝進展が……」
と、この場で速報をアナウンサーに届けるスタッフの如く折月さんが宇佐川主任に耳打ちをし始める。
しかし耳元の会話は丸聞こえだった。
「実は今朝も脅迫文が……」
「なに?そういうのは私にすぐ言えって言ったろ?」
「いやしかし……朝から橋本君とお楽しみだったようなので…………」
「覗いてたのかてめぇ!!あれは警備の一環で24時間一緒に居たら暇ダカラソノ……」
なに?
「で?なんて?脅迫文がどうした?」
折月さんは一瞬僕の方を伺うように一瞥してから、更に声量を小さくして囁く。
が、やはり筒抜けだった。
そしてそこからは、衝撃の一言が……
「脅迫文には「盗作をしたお前らを私は許さないから殺す」と……」
暗雲立ち込める新作映画撮影--
雨宮小春は平穏に芸能活動は出来ないのでしょうか?




