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第45話 なんだったんですか?

 桜が綺麗な街……それが、この北桜路市に来て初めて感じた感想でした。

 特に、二月川という川の河川敷から眺める桜は、まるで鏡写しになった桜が上下に連なってるみたいで、夜に見るととても美しかったです。




初音はつねさん、部活どうする?」

「……部活」

「やっぱり私は吹奏楽かな〜」「ダンス部も楽しそうじゃない?」「何言ってるのよ!あなた達」


 そして、もうひとつは……


「アリジゴク制作部に決まってんじゃん!」


 とても変わった街だなと……



 --京都のとある街から中学進学を期に私はこの街に越してきました。

 かつて姉が学生時代を過ごした街…両親の反対を押し切って、息苦しい我が家を飛び出して、姉を追いかけるようにやって来た街…


 狭苦しいお屋敷の外へ……広い世界へ……



「これが、今季の大会に提出するアリジゴクだよ」

「きゃーっ!」「デカーイ!!」「何メートルあるんですか!?」

「これで30メートルかな」

「ふかーーい!」「やばーっ!」「流石アリジゴクの本場だわ〜……中学レベルでこれとか……」

「はは!間違えて落ちないでくれよ?」


 後悔してます。

 外の世界の洗礼というのは私には過酷過ぎました。


「どうよ!初音!!」「この部にしようよ!」「これ!全国クラスだよ!!この中学、アリジゴク作りの強豪なんだ!」


 入学初日から出来た友人達が吹奏楽やダンスより熱く語るアリジゴク……


「……いや、あの…………」

「なれるよ!アリジゴク世界一!!」


 なに?アリジゴク世界一って……

 アリジゴクの大会って何?初めて聞いたんですけど……

 なに?アリジゴク制作部って。アリジゴク作ってどうするんですか?

 深さ30メートルのアリジゴクってなに?


「…………アリジゴク作って…どうするんですか?」

「……」「……」「……」

「…………え?はは…お、面白い子だね…君……」




 どうやら封権的な家で長年暮らしてきた私は外の世界では異端児だったようで……


「……あの、吹奏楽部とダンス部の見学は……?」

「あー……ごめん、いいわ。初音見てきなよ」「ウチら「アマチュア無線破壊部」見学してくるからさ……」「またね」

「…………」


 アリジゴクの大会も知らない私は「変わった子」認定されてしまいまして、翌日には早速ハブられました……



 あの子は変わった子……


 周囲の私を見る目はそんな感じで…


「……別に部活動に興味があるわけじゃないんだけどな…………」


 家業を必死に頑張ってきたけど認められなくて、こうして飛び出した外の世界でもひとりぼっちで……


 そんな惨めさを噛み締める私の目に止まったのは1枚のポスターでした。


 それは運動部の勧誘ポスターから追いやられるように廊下の隅っこに遠慮がちに張り出されたポスターで、イラストもなくて白黒で字だけの、下手したら壁新聞か何かかと見紛うようなポスターでした。


 でも、そんな私そっくりなポスターに踊る字……


「……演劇部」


 その3文字は私の目にしっかり留まりました。




『--同好会の先輩だった方から事務所の方の出る舞台のチケットを頂いたのでございますよ。初音も一緒に行きますせんでございますか?』


 演劇の文字からフラッシュバックする記憶…


 それは姉が家元に選ばれてすぐの、姉との記憶……


 拭い難い才能の差を見せつけられた直後の記憶……


 そして、そんな私にとって、キラキラ輝いて見えた世界の……記憶…………




「……演劇…」


 *******************


『おひねりちょーだい』

 大手芸能事務所『ヤッテ・ランネー・プロダクション』所属の男性和楽器系アイドルグループ。

 メンバーは早川大地はやかわだいち橋本圭介はしもとけいすけ。グループ結成から約5年。今や同事務所の看板『本気坂48』や『2代目エル☆サレム』に匹敵するグループだ。


 目を引くのはその独自のパフォーマンス…

 彼らのダンスはまるで、観音様を見ているかのような多幸感を与えてくれる。『おひねりジャンキー』と呼ばれた中毒者のファンによる暴動は一時期社会問題にもなったらしい。


 橋本圭介--

 そんなトップアイドルの1人である彼こそが、今回この雨宮小春が芝原ききからの誘いにホイホイ応じたキッカケだ。


 我らが唯一神、日比谷真紀奈…

 なんと橋本圭介、その日比谷真紀奈と高校が同じ…

 しかも日比谷教の独自調査によればクラスまで同じだったらしい。


 かつて僕は日比谷真紀奈と共演経験のある『本気坂48』の城ヶ崎麗子とお近付きになる計画を立ててたけど、諸々あって頓挫した。

 そう、あの計画が再始動したんだ。


 共演者の業界人より元クラスメイトの方が近いに決まっている。間違いない…



「雨宮君、君喧嘩したんだって?」

「はい」

「停学ね?」



 雨宮小春、入学式当日に喧嘩して早速停学。

 この期に僕は東京へ飛ぶことになった。

 ちなみにお母さんは泣いていた。


 ……んだが。


 この仕事がまたしても波乱を呼ぶことになるとは…


「……当時の僕は予感してなかったんだ…」

「なんの話?」


 KKプロのマネージャーさんと飛行機に乗って東京へ……

 今回の仕事の面倒を見てくれるのはこのちょび髭が似合うダンディズム、諸橋もろはしさんだ。飛行機の搭乗手続きが出来なかったが、事務所の職員としては10年選手のベテランだと聞いてる。


「まさか雨宮君が芝原ききと知り合いとはなぁ…」

「デビュー作で共演したんです」

「『虚空』だっけ?…そういえば、あのドラマ、幽霊騒ぎがあったんだっけ?」

「えぇ、まぁ……」

「出たの?本当に?」

「もちろん」

「もちろんて…」


「てめぇら動くんじゃねーーっ!!」


 幽霊話に引いてるマネさんの声が直後に差し込まれる怒号にかき消されていた。

 次の瞬間、黒鉄の銃口が客席に向けられる。


 何事かと僕らがそちらを見ると、そこにはテンプレートの覆面を被りショットガンを携えたお手本のようなハイジャック犯が……


「ひぃぃっ!!」「おいっ!!嘘だろ!?」「助けてぇっ!!」


「この飛行機は『ベルサイユ』が制圧した!!この飛行機はこれからドバイまで向かう!!」


「べ!ベルサイユ…!?」「あの過激派か!?」「テロリスト!?」


 なんということだ……


「ベルサイユは共産主義社会の実現とマスタードの撲滅を目的にする過激派テログループ…しかし!なぜこの日本にこんな…っ!」


 だ、そうだ。流石マネさん、的確かつ迅速に敵の正体について説明が入った。


 騒然とする機内。その中でCAさんが恐る恐るといった感じでハイジャック犯に近寄る。


「お、お客様…」

「お客様ではない!ベルサイユだっ!!」

「当機は国内線ですので…ドバイまでは燃料が持ちません……今回は諦めて、大人しく東京に着いてからドバイへお向かいくださいませ」

「ならん!俺はドバイまで逃げるんだ!!東京で乗り換えていたら捕まるだろーが!!」

「そう言われましても……とにかく、これでも食べて落ち着いてください……」


 差し出したのはホットドッグ。しかしこのCAさんはベルサイユの事を知らなかったようだ。

 恐ろしい事にホットドッグにはマスタードが……それを見た犯人の目の色が変わる。


「ふっ…ふざけるなぁっ!!」

「きゃあっ!」

「俺達はマスタードがこの世に存在することが許せねぇんだっ!!舐めてんのか!!てめぇっ!!」


 ホットドッグを叩き落としCAさんに銃を向ける狂人!彼らの人生の中でマスタードとどんな因縁があったのかは気になるところだけど、そんな事を呑気に考察している場合では無い。


 あの目--引き金を引く!


 僕が立ち上がろうとするのをマネさんが咄嗟に制止した。


「なにしてんの!?」

「離してください。僕が倒します」


 我ながらなんという勇ましさ。たまたま乗り合わせた飛行機でハイジャックに巻き込まれた中学生俳優とは思えない。

 まさにリアル主人公……

 しかし残念ながら東京本社からやって来たマネさんは常識人だった。


「馬鹿を言うんじゃない!やめるんだ!!うちの養成所の教官じゃあるまいし!!」

「僕、あの人達より強いですよ?」


 なんて言ってる間にも犯人は引き金に指をかけた。

 まずい!間に合わないっ!!


「めんご」

「うっ!?」


 マネさんを手刀で素早く気絶させて僕は彼の手を振り払い、席を立つ。

 あんなものを機内でぶっぱされたら外との気圧差で機内が大変な事になってしまう。


 僕は飛行機に傷をつけないよう、細心の注意を払い力を調整し、手刀を振りかぶる。


「ケチャップを持ってこいっ!!」

「きゃああああーーーっ!!お助けーーーっ!!」


「--彼岸神楽流--」


 狙いは犯人の毛根…残念だが、彼には多大な犠牲を払ってもら……



「やめなさい--」



 その時、大パニックの機内に清流のような声が流れたかと思った次の瞬間、男の手の中のショットガンとホットドッグが宙を舞っていた…


 突然犯人とCAさんの間に割って入った何者かの影が下から猛烈な蹴りを放つ。

 その一撃は実に美しく、繊細かつ、力強く犯人の顎を跳ね飛ばして、犯人の意識を無傷のまま彼方へと連れ去った。


 地面を転がる犯人の両腕を素早く極め、腰に巻いていたベルトを引き抜き縛り上げるまで3秒。

 そんな拘束の必要もなく、犯人にはもはや抵抗の余力も意識もなかった。


「……な、何者?」


 あまりの早業、そして強さ……

 彼岸神楽流八段雨宮小春。出番を奪われた事も忘れてただ呆然とその“女”を見つめていた…


 その女はキャップの下から長いブロンドをなびかせ、僕の呟きにカリブの海のような深い蒼の視線を向けながら降ってくるホットドッグをキャッチした。


 そして、ホットドッグをマスタードごと躊躇なく噛みちぎり応えた。


「…私は……ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」

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